船の修理に夙卦津に寄り、ニコルの提案で乗り合いに
屋形の柱にしがみついて目を閉じ、尾道の首長にもらった懐の御守札を握りしめるコウス。平和を望むと言いながら、人を殺しに行く愚行が海神の怒りに触れたのか。
「わあ、来たぁ。父上、母上、叔母様、お護り下さい。」
高い波が容赦なく、荒々しく船に襲い掛かった。激しい波との衝突音が船を包み込み、屋形に潮が激流となって押し寄せ、朝餉の膳や荷物が流される。
もう上下左右が分からないほど揺さぶられ、天井や柱に頭や背中が何度もぶつかる。
船が砕け散ったと思う軋みの中、海水にまみれたコウスの身体が、ふわりと宙へ舞い上がった。
「息はある、大丈夫そうだ。血を拭き取って、その横に寝て頂こう。」
人の話し声で気が付いたコウス。声の主はマイヤだ。
ここは天国で、征西隊は地揺れと高波に遭い、船もろとも海の藻屑になったのだ。吾は天国でも、マイヤの世話になっている。
「お気付きになられましたか、良かった。痛むところはありますか。コウス様。」
今度はニコルの声だ。目を開くと屋形の梁が霞んで見え、シモンも横に座っている。マイヤは右手を布で巻き、首から吊っていた。ニコルも額や首を治療した跡があって痛々しい。
「背中と首が痛い。船が転覆して砕け、吾は海の中へ飛ばされて死んだ。それなのに船にいるようだが、他の者もおるのか。」
「ここは天国ではありませんよ、未羽の船です。高波が来た時、ちょうど船の先が波の方に向いたので倒されず、多くが怪我をしましたが、全員助かりました。」
ニコルがコウスの手を取って、船は転覆せず砕けもしなかったと、笑顔で話した。ニコルの柔らかな手の温もりで、コウスは生きていることに気付き、喜んだ。
横にいたシモンが、この船は凄かったと、身振り手振りで船を讃える。
「船が波に乗った時、こんな波に負けてたまるかと、船首が天に向かって吠えたぞ。その煽りを食らって拙者らはあっちへ飛び、こっちへ転がり、海の中には飛ばされなかったが、打ち身と怪我で散々だった。残念なのは、船員三人と漕手五人が海に呑まれて死んだことだ。」
海神は我々を懲らしめただけで、容赦してくれた。伊勢の叔母様のご加護もあった。ハリマ王、尾道の首長、父も母も祈ってくれたとコウスは思う。
皆に感謝し、西国では誰一人犠牲者を出さずに、目的を果たして家族の元へ帰したい。
何よりも、船首が高波を乗り越えれば転覆は免れると、漕手が懸命に方向を変えた努力は、計り知れない。犠牲になった八人の冥福を祈り、決して忘れないようにしよう。
十三
海は治まったが船の損傷がひどく、最も近い夙卦津に寄って、修復するための作業が始まった。
船底の刳木、中胴の面木と棚木、両側の舷側板は強固に組み合わせていたため、幸い損傷も繋ぎの抜けもなかった。
海水さえ汲み出せば、そのまま己実津まで行けそうだが、漕手の身体を支える船底の下梁の仕切板が流出し、海上部は棚木が割れ、船首の波除板も流失していて、方向が定まらない。
修復は一日を費やし、出発は明日の夕刻と聞いた。夙卦の者は、この三十三人が征西隊であることを知らない。もし勘付かれたら目と鼻の先にある西国へ、直ちに情報が流れる。
コウスの同道隊は全員が負傷している。治療も併せて宿舎を手配する前に、どうすれば勘付かれないかマイヤ、ニコル、シモンに相談を持ち掛ける。
「多くの大人が、同じ己実津へ向かっているのだ。いくら遊山の旅と言っても信じてもらえまい。また五隊に分けても同じ船に乗るので、目眩ましはできない。急いで手配した今夜の宿が、最も危険になる。」
マイヤは腕を組んで思案するが、良い策が出ない。シモンも同じだ。するとニコルが自信無げに、ひとつの策を出してきた。
「どうでしょう。二人か三人ずつに分けて、誰もが面識のない乗り合わせにすれば……。この中に伝助も嗅助も潜んでいて、物資の交易人や行商人も。もちろん家族だって。船上で軽い挨拶や、話はあっても名前や身元、行き先を明かす人はいないはず。」
己実津行きの乗り合い船であれば、災難に遭って気の毒な旅人たちになる。良い策だとマイヤが言ったので、コウスはこれで行こうと決めた。
まだ日は天頂を過ぎたばかりで、行動を変更する時は十分にある。
「まだ皆は桟橋で、修理中の船を眺めている。よし、この四人が別々に皆のところへ行って、役目を決めて歩こう。ひとり旅が七人で伝助、二人旅は五組で嗅助と伝助、三人旅は四組で女人と子連れと大人だけの家族、四人旅はひと組で物資買付だ。」
組み合わせを作ると、四人は桟橋へ向かった。コウスは修理中の船を眺めながら、左から一人ひとりに小声で役目を伝えて歩く。
「この隊は、今から互いに面識のない旅人になる。この七人は伝助でひとり旅、ここから十人は嗅助と伝助の二人旅だ。船が治って乗り込むまで、他の旅人と話をせず、互いに目も合わさないように。」
ニコルは右から歩き、小声で三人旅を三組指示する。コウスとマイヤ、シモンは三人旅の家族にして四組目だ。




