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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第四章
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津で何事も起きず船は出航したものの、海に異変が

「そうか。同じ道を歩かず、大っぴらに娘子や童子を走らせるなんて。」


 山沿いの後護隊も到着し、三十三人が船に揃った。船内の広間で、未羽の代表・役人と征西隊が改めて挨拶を交わし、代表が倭都からの長い旅を労った。


 コウスは、己実津まで大きな船を出してくれる未羽の代表に謝礼した。代表はマキム天皇が与えてくれた文明で豊かになったと、逆に謝礼された。


「五年前、マキム天皇にお立ち寄りいただいた際、新しい工職や植林のみならず、交易の仲介、文字という記録手段までご教授いただきました。お陰様で、こんな田舎の村にも活気が生まれ、人も増えました。何もお役に立ちませんが、船だけは何時でも何処へでも、ご用立てさせていただきます。」


 挨拶が済んで首長と役人が船を下り、入れ替わって船長が来た。


「今から出航致します。半時後には夕餉の支度が整いますので、それまで皆様、屋形や甲板でおくつろぎください。」


 この地は早く津を離れた方が危険の度合いは低くなる。


 屋形は四人が寝られる板の仕切りが十部屋あり、部屋割りはマイヤとシモンが決めて、各自が部屋に散り、コウスとマイヤ、シモンが同部屋になった。


 己実津まで向かい潮だが、小島や岩礁がほとんどなく海は穏やかだ。天候が良ければ三日で上陸の予定と聞き、また一日早くなりそうだ。


「三十櫓の新しい船で、檜の香りが気持ちいい。他の部屋も三人ずつなので、陸路の疲れは十分に癒せるな。」


 旅人との乗り合い船は、何があるか予期できないので、コウスは伊勢でヤマトヒメに戴いた二着の御衣、神剣、懐剣を麻袋に入れて身体に巻き付けた。


 夕餉の席で、誰もが未羽は良い所だったと、声を揃えて言う。シモンは兵士の姿がなかったことに驚き、役人に理由を聞いたらしい。


「未羽は地理に恵まれ、戦さに巻き込まれた事がないと聞いたぞ。暮らしやすそうな土地だな。」


 戦乱のない世を作ると天皇が言った言葉を、コウスは思い出した。

 それには政治の安定と盛んな交易があってこそ、民が自らの生活を豊かにしてゆくと、改めて感じ入った。


 それで倭台市を西国の交易窓口とし、川内の難波を開墾して畿の交易玄関口を作っている。

天皇は、この未羽も交易拠点になり得ると見て、凱旋中に働きかけたのだ。


「未羽は対岸の亥世いよ苅田かりた、南の夙卦しゅくけ、己実津、東の鵜多うた、針間へと、漁船や交易船が行き来しているそうだ。」


十二

 未羽津を出航して三日目の朝、船がきしむような異常な音を発し、前後に大きく揺れた。屋形で朝餉の最中だった半数が甲板に飛び出た。

 漕手も櫓を止めて甲板に出る者、船内の損傷を調べる者、船員を連れて船底へ走る者と、慌ただしい。


「何だろう今の音と揺れは。岩礁にぶつかったのか。」


「船底が壊れて浸水すれば、船はどうなるのだ。沈むのか。」


 あちこちで心配そうな声が飛び交う。船員が船底から上がり、船底は無事ですと甲板の騒ぎを抑えて歩く。


「岩礁に接触した形跡がなく、船底に水は入っておりません。他の場所も調べていますが、ひとまず大丈夫そうです。」


 船員が去ると、海面の細かな波が次第に大きくなり、無数の尖った波頭を作った。まるで海面一帯が鳥肌を立てて、震えているように見える。


 朝から好天気で風も穏やかだった。澄み渡った秋の空に魚の鱗のような、白く輝く雲が広がった美しい景色なのに、海面だけが妙とは不気味だ。

 だが尖った波頭は次第に消え、なぎに戻った。


 数人集まって小声で話をしていた船員のひとりが、南の海を指差して甲板の全員に聞こえるよう、大声で叫んだ。


「おそらく海底の何処かで、地揺れが起きたと思われます。高波の恐れもあります。高波が襲って来ると、大きく揺れて危険です。急いで屋形へ戻ってください。」


 高波が見えたら、船の笛で知らせてくれると言う。どちらから来るかが判ったら、柱などに掴まって難を避けるよう言い残し、船員はどこかへ走り去った。


 征西隊は、船員に従って船室へ戻った。船は止まって、高波が来る方向に船首を向けるよう、漕手がの先を高く広げて待機する。転覆するほどの高波でなければ良いが。


 船の笛が鳴り響き、遠くの海面から高さ一丈ほどあろうか、横に長い波が白く砕けながら向かって来る。

 見えたのは南の一里ほど先だったが、大きく高くなりながら急速に迫って来る。


「うわっ、右だ。あれが高波か。来たら右側が上がるぞ、荷物は左に寄せて、柱に掴まろう。」


 マイヤが叫び、自ら荷物を左側に押して寄せる。コウスとシモンも手早く寄せ終え、左側の柱にしがみついた。


 船は懸命に高波の方向へ舵を切っている。波が横胴に当たると、潮の圧力と高さで転覆しかねない。転覆を防ぐには、舳先へさきから波に乗り上げる方法しかないのだ。


 漕手は必死の掛け声を上げながら、左側の櫓を前方へ右側を後方へ漕ぐ。船がじわじわと向きを変え、迫り来る高波との競争状態になっている。

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