ここまでは順調、最も警戒と緊張が高まる未羽津に
「集落の向こう側に低い木が沢山生えた、畑のようなものがある。人が植えて、育てている木かな。」
道案内人は手で夕日を遮り、目を細めて四丁先にある集落の向こう側を見つめる。
「あんな遠いところが、よく見えますね。あれは梅の木で、鉢峰の人たちが力を合わせて梅を収穫しています。二百本は植わっているでしょう。梅は春の実なので、今は葉だけですが。」
「旅のみやげ話に、梅の木畑を眺めてみたい。裏の道から宿へ行けないか。」
裏からは回り道になるが、梅の手入れや収穫、荷出しに使う広場や広い道があると、案内を引き受けてくれた。
後続はどこから入るか。マイヤが後護隊の方向を見ながら腕を組み、思案していると馬の足を摩っていたニコルが、コウスを見上げて言った。
「一旦集落を通り過ぎ、暗くなるのを待って戻り正面から入ればどうでしょう。反対の方向から宿に来れば、誰でも別の旅人と思うのでは。」
それは妙案だと、コウスがマイヤに目で合図すると、ひとりが伝言に走った。
道案内人は分かれて出発した旅人が、遊山目的でないと薄々感じていた。
これほど伝助と嗅助に強い注意を払うのは、何処かの豪族か領主による政治的な行動だと、ここで確信した。
この人たちは誰も親切で、礼儀が正しく若い女人と童子連れだ。
身分を明かさず行先も知らないが、悪い人ではない。案内中は気付かない振りをして、無事の旅を助けようと思った。
山沿いの三隊が宿に着き、夕餉で空腹を満たした。コウスは同道者の疲れ具合や、健康状態を知りたいと思い、マイヤに道案内人が泊まる宿舎へ出向き、体調が悪化した者はいなかったか聞くよう指示した。
「どなたも元気でした。もっと厳しく、距離のある山越えと思っていたらしく、意表を突かれたと笑っておられました。尾道からの船は助かった、ハリマ王に感謝だとも申しておりました。」
コウスは報告を聞き、もしも針間からの陸路だったら、今頃どんな山道を歩いているだろうと想像してみた。ハリマ王の気遣いと機転に感謝し、心で手を合わせた。
「坂を下りる時、海が見えましたね。海に近い山沿いだから、低い山や丘なのでしょう。ひょっとして海沿い隊は、案外近くを歩いているかも。我々は並んだ二本の道を進んでいるのでしょう。こちらは街道や海上から見えないだけで。」
行進は二日目、三日目とも何事もなく経過した。海沿い隊は嗅助をあしらう術を習得し、旅を楽しむ仕草も身に付け、もう下っ端の陽気な門番や、見回り役になり切っている。
山沿い隊は伝助や嗅助の往来道を歩いたが、一度もそれらしい者に出会わなかった。
代わりに集落や村の人々が山に入って薪を集めたり、木を伐り倒して運んだり、木の実狩りをする姿は多く見た。
この人たちも、嗅助の巧妙な情報収集手段ではないかと疑い、仲間同士の会話は極力控え、向こうからの挨拶にも短く応えて通り越した。
馴れ馴れしく話しかけて来る者、収穫した木の実を差し出す者もいたが、荷物になるからと相手にしなかった。
十一
四日目の朝、いよいよ未羽津に着く。朝餉を済ませると、五隊が別々に宿主に礼を言い、間合いを見計らって出発する。
山沿い隊は、宿から一里ほど平地を歩き、その先に見える高い丘の麓の半分ほどで、道案内人が役目を終え、借りていた馬も返して別れた。
丘を抜けると未羽津が二里先に見えるだろう。背負う荷物は増えたが、あと少しで到着だ。
日が天頂を超えた時分に、海沿いの先導隊八人が未羽津に到着した。
津では代表と役人十人が民衆の衣装で迎え、敵の嗅助に見つからないように、急いで己実津へ向かう船に乗り込んだ。
それから一時半ほど過ぎて、代表が走らせた伝助の報告が入った。
「先ほど山沿いの先導隊七人が、乃呂の丘を抜けました。元気に歩いていますので、もうすぐ着きます。」
急いで代表と役人が船を下り、征西隊は船の甲板や屋形から、民衆の中に敵の嗅助らしい怪しい者が紛れていないか、注意深く見回しながら待つ。
「山沿いの先導隊が見えたぞ。津に怪しい動きをする者がいないか、よく見張れ。」
色付いた木が秋の到来を告げる乃呂の丘を背に、田畑の細い道を一列で歩く旅人。振り向いたり、指を差したり、楽しそうに話しながら近付いて来る。
緊張した津へ、先導隊七人が到着した。未羽の代表が駈け寄り、迎えの挨拶をしながら船に案内する。
三丁先に後続が現れた。だが先頭を歩いていた童子と娘子が、途中で左に折れて走り出した。海辺に近い街道に向かうようだ。それを大人たちが追う。
「あれは山沿い隊じゃないぞ。いや、山沿い隊だ。変だな、どこへ行くのだろう。」
甲板で警戒していたひとりがつぶやき、他の者も不安そうに目で追っている。すると針間のひとりが笑顔で、つぶやいた男に近付き耳元で囁く。
「そう思うだろ、まやかしだよ。この津は西国への出口だから、敵の嗅助と伝助が必ず潜んでいる。だから敢えて童子と娘子を目立たせて、遊山の旅人に見せた。コウス皇子とマイヤ隊長が考える、流石の目眩ませ策を使ったのだ。」




