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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第四章
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実戦の経験がないコウスとニコルが、遂に尾道津まで

「手慣れたものだなあ。赤い旗の船が、この船を綱で曳いて導くのか。」


「周りを気色の悪い海賊船が囲んでいると、襲うに襲えないし。こりゃ、安全だ。」


 次々に近づく小島を避け、海面下で見えない浅い岩礁も回避して、右へ左へと曲がりながら針間船は西に向かう。


 日が水平線に沈み、暗くなっても進む。天気が良いので、天空は輝く砂を撒き散らしたような、満天の星が美しい。

 このまま朝まで、いや夜が明けても、回鬼水軍に曳かれて進むのだ。


 水先案内なしでは、到底この海峡は越えられまい。安心して休ませて貰おう。明日の夕刻には、無事に尾道おとうに着くだろうから。


 夜が明けて、コウスが甲板に出ると、マイヤとニコルも出てきた。前方の小島が数少なくなり、開けた海と水平線が蒼く横たわっている。

 晴れているが昨日より風が強くなって、時々甲板の柵に掴まらないと足許が危ういほど、船が揺れる。


 まだ回鬼水軍の曳航は続いている。頻繁に白い波頭が弾け、水軍の船が転覆するかと思うほど、高波に乗り上げて傾く。


「真夜中に島の間を通り抜けたのですね。まだ水軍の船と繋がっているのは、海が荒れているので尾道おとう津まで曳いて戴くのでしょうか。」


 ニコルは遠くの海を眺めながら、ひとり言のように語りかけて来た。心細そうな小さい声だ。尾道津に上陸すると、次は陸路で未羽みわ津、そこから四日の航路で西国の上陸地、己実みみ津だ。


 もう先々の話ではない、命を懸けた戦場が刻々と近付いている。ニコルは格段に優れた剣士だが、果たして真剣で斬り合いをした経験があるのか。なければ、恐怖が募って当たり前だろう。


 コウスも木剣を使った鍛練や申し合いばかりで、人を斬った経験は兄のオウスと、川内の盗賊撃退だけ。

 盗賊の時は遮二無二突っ込んで七人斬った。それだけの経験だ。そんな二人が初めて潜入する敵陣内で、国主の恵枇の国主を斬る。


「この船は夕刻に着くと聞いておるが……。今さら変なこと言うが、吾はまだ十六歳なので戦場に出て人を斬ったり、刺し殺したりした経験が一度もない。ニコルも十八歳で、何しろ女人だ。真剣勝負や人を斬った経験って、あるのか。」


 ニコルは遠くの海を眺めたまま、ひとり言のように小声で返答した。


「一度もありません。」


思った通りだ。いくら覚悟を決めたとはいえ、殺し合いなんて恐怖以外の何物でもない。


「そうだよな。恵枇の国主を殺るのは皇子である吾の役目だ。ニコルは吾の後ろを見張ってくれるだけで十分だ。斬り合いは避けて、自身の身を守ればいいから。」


「……。」


 目を伏せてうつむくニコル。マイヤがそっとニコルの肩に手を置く。


「潜入は二人だが、後方で四十人が二人をお護り致す。ご安心くだされ。」


 海から右手の方向に、高い山の連なる陸地があり、そのどこかに尾道おとう津がある。


 空に白い鳥の群れが飛び交って賑々(にぎにぎ)しい。

 その下の海面には荒れ狂う波を物ともせず、おびただしい数の漁船が操業している。まるで命知らずの黒い蟻の群れに見える。


 尾道の入江に差し掛かかった海峡で、回鬼水軍は針間船から離れ、小島の陰に消えた。漕手が掛け声勇ましく櫓を漕いで入江に入ると、左奥の方に大小の船と、民家、倉庫が立ち並ぶ津が現れ、白い昇り旗を八本立てた桟橋が見えてきた。


「長旅お疲れ様でした、尾道津に到着です。桟橋に係留するまで、もう少々座ってお待ちください。」


 夕日が沈むには、まだ時がある。海上で強かった風は、入江に入ると微風に変わり、高かった波はもうない。船はゆっくり昇り旗のある桟橋に横付けになり、多くの人が係留作業に精を出している。


 船長の合図で渡り板が敷かれ、コウスを先頭に桟橋へ下りる。針間に比べると小さな津で、迎えの兵も二十人ほど。見物の民を合わせても五十人くらいで静かだ。


 首長らしい初老の男と役人五人が前へ出て、初老の男が迎えの挨拶をした。代表者が十六歳の童子で、高貴な豪族の子息と聞いているため、コウスの前に来て片膝を突き、丁重に頭を下げた。


 尾道は各地の権力者や、豪族の嗅助が頻繁に行き交う情報交換の要所でもあるため、征西隊が尾道津へ入った理由や、行先・目的は一切知らせていない。針間の船も、すぐに引き返した。


「はるばる針間からお越しいただき、有難うございます。手前は尾道で首長を務めますキル・タオと申します。来られた海峡は風が強くて、さぞお疲れで御座いましょう。小さな田舎の村ゆえ、ご満足に足りるお構いは出来ませんが、ごゆるりとお休み下され。」


 マイヤが前に出て首長に応礼し、コウスはその後ろで黙って立っている。総勢四十六人は編笠、胴巻き、草鞋の旅姿で、年端のいかない童子の外遊旅として信用させ、扱わせるためだ。


「わざわざお出迎えくださり、誠に恐縮でござる。皇子は船に揺られてお疲れだ。さっそく宿舎に案内願おう。今夜と明朝は食事と酒を頼みたい。明日は山沿いと海沿いに分かれて西へ歩くが、不案内な土地なので、十五里ばかり道案内人五人が必要だ。ここまで船で参ったため馬もない。明日の日が昇る頃に、道案内人と騎馬五頭、荷馬五頭を用意して戴きたい。」

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