針間津で祖父ハリマ王に歓迎され、宴席で酔い潰れ
一
桟橋から渡り板が上げられ、コウスを先頭に並んで下船すると、人出は三百人ほどの針間兵だった。桟橋の左右に二列ずつ、武具を纏った揃いの衣装で整列し、右手で剣を立てる剣礼の儀で征西隊を出迎えた。
---わずか十八人なのに、大袈裟な出迎えだ。
コウスは厳粛な心持ちになって桟橋を歩く。兵列の間に祖父のハリマ王が、側近に守護されて椅子に座っていたが、先頭のコウスと目が合うと、立ち上がって両手を差し伸べた。
「じじ様だ。会うのは兄者の祝言以来だ。王がわざわざ、迎えに出て下さったのか。」
コウスは走り寄って抱き付いた。懐かしくて嬉しかったが、この場は礼を正そうと考え、すぐ離れて祖父の膝元に座り平伏した。
祖父ハリマ王は五十九歳。まだまだ元気と思っていたが、近寄り難かった往年の面影が影を潜め、白髪が増えて顔がやつれ、痩せていた。
「じじ様、オウスの弟コウスでございます。お会い出来て嬉しく存じます。じじ様はお元気で何よりです。手前は髪を上げておりませんが、十六歳になりました。ばば様もお達者でしょうか。」
「婆は足が悪いので来られなかったが、家で首を長くして待っておるぞ。コウスは十六歳になったか。西国の国主討伐の大将になるとは、少し見ぬ間に逞しくなったものだ。父上、母上に変わりはないか。」
迎えの針間兵が、隊長の号令で五列縦隊に変わった。一糸乱れぬ美しい動きに、コウスは目を見張った。伝統ある針間州の重みを垣間見て、身が引き締まる。若い兵がコウスに駆け寄って立礼し、緊張した面持ちで言葉をかけてきた。
「夜が更けておりますので、恐れながら迎えの儀は省かせていただき、今より宮廷へご案内致します。我が王とご一緒にどうぞ。」
兵が向きを変え、足並みを揃えて先導を開始する。籠に揺られるハリマ王とコウスが並んで後に付いた。その後に同道者十七人が付き、半里ほど先の針間宮廷へ向かう。
遠くの景色は暗くて見えないが街道は広く、両側に大きな高床の倉庫や商家、民家、兵舎が並び、纏向とは違った趣がある。街道には隊列を見ようと、大勢の民や商人たちが出ていた。まるで祭りでも始まったかのように騒ぎ、賑やかだ。
針間宮廷の正門をくぐると、纏向と同じくらいの中庭があり、さらに三百人ほどの兵が隊列を組んで、針間と纏向と伊勢の昇り旗を高く掲げ、迎えてくれた。
この光景にコウスは、王の気遣いに心が熱くなり、胸に込み上げる何かを感じた。皆も感動しているだろう。
「じじ様は若くして猛々しかったが、歳を重ねて温かい。吾もそうありたいものだ、生きて帰れば。」
宮廷の大広間は奥に長く、突き当りに舞台がある。ゆったり二百人は入れるほど広い宴の間だ。征西隊は舞台の前に案内され、コウスとマイヤ隊長を挟んで三列で座った。
少しして、針間から同道する兵十五人が入って来た。左右に七人ずつ座り、王と隊長格の兵が舞台を背にして立ち、歓迎と顔合わせの挨拶が行われた。
まずコウスを代表とした征西隊の紹介、そして乾杯と続く宴が始まった。夕餉は済ませているので酒と酒肴が出されて、美しい踊り子十人が舞台で舞う。
初めて乗った船に揺られ、初めて針間の地に立って気が張り、コウスは身体の芯から疲れが湧き出るのを感じている。
そんなことはお構いなしに、針間兵が間断なく挨拶に来て酒を注ぐ。いよいよ目の前の舞台と踊り子が、歪んで見える。吐き気もする。もう駄目だと思った瞬間、目の前が真っ暗になった。
二
雀のさえずりで目が覚めた。柔らかな敷き布団と、さらりとした掛け布団に包まれて寝ていたのだ。辺りを目で探ると、枕元に水桶があり、白い布が積まれている。
部屋はあまり大きくなく、暗い。周囲が板で囲まれていて明かり取りの窓はなく、四隅に行燈の灯が揺らいでいる。
布団の左側に針間の世話役らしい女人が二人、右側にマイヤが座っていた。
「ここは……。」
起き上がろうとするコウスをマイヤが制し、世話役らしい女人が寄って来て、まだ寝ているように促した。
「お目覚めになられましたか、ご気分は如何ですか。皇子は針間兵と顔合わせの途中に、意識を失ったのです。船旅でのお疲れと酒で、心身が限界だったのですね。すぐお休み部屋をお借りし、お運び致しました。今は朝で、かれこれ四時半は眠られておられました。」
体調が戻っていたので、コウスは起き上がった。だが枕元の水桶と白い布が気になり、宴の席で吐いたと思った。まだ十七歳の童子が酒に浸って潰れた。征西で代表を務めるには若過ぎると、針間兵に思われたのではないか。
「吾は宴の席で吐いて、寝てしまったのか。針間兵やハリマ王に醜態を晒したようだな。後々に響かないと良いのだが。」
マイヤは、コウスが突然嘔吐して意識を失い、ぐったりした哀れな姿だったと、笑いながら答えた。笑顔なので、困った結果ではないと感じたが、やはり気になる。
「吐いた時は大騒ぎで、宴は中断しました。誰も彼もがひどく酔い、針間の兵も吐きました。そこで王が宴を閉じようと仰せられ、解散したのです。実は拙者も酒が過ぎ、限界でしたので助かりました。」




