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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第三章
33/108

国主討伐はコウスと、高尾のニコルに白羽の矢が 二

 下命を受けたコウスは、震えが止まらない。兄者を殺した償いだ、恵枇の国主を殺して死ねと、天皇の冷めた声が聞こえた。

 武術鍛錬中にイ・リサネは、コウス皇子は誠に強い。まだまだ上達して強くなるぞと、よく励ましてくれた。そのたびに吾は強いかと、自問自答しながら朝の鍛錬に励んできた。


「父上、お話は賜りました。手前は男で美しくはなれないですが、身の丈が低いので女人に化けることができましょう。でもニコル様は高尾の御方です、無理強いはしないよう願います。ご都合が悪ければ、手前ひとりで国主を討ちます。このために鍛練に励んできたのですから。」


 それを聞いたニコルは顔を上げ、目尻を上げて天皇を睨む。だがすぐ真顔になってコウスを一瞥し、西国へ同行すると告げた。


「コウス様は景行天皇一族にとっても、纏向にとっても大切な第二皇子。その御子息を危険な西国に向かわせるとは、余程の苦慮の末とお察しし、私は覚悟を決めました。コウス皇子のお供をして二人で敵陣へ潜り込み、力を合わせて恵枇の国主を征伐致します。」


 遂にコウスとニコルが、敵の嗅助や伝助に勘付かれない人数で西国へ向かい、恵枇の国主を討つ命令が下った。


「恵枇の国主にどんな方法で近付くか、殺した後の脱出方法は。その場にいないと判断できぬので、二人に任せる。見事征伐を果たし、無事に帰って来るよう祈る。」


 まさか、まさか、こんな結果になるとは……。恵枇の国主を討つ白羽の矢が、コウスに当たるとは夢にも思わなかった。イ・リサネは真っ赤な目を瞬かせて、間者の策を持ち込んだ愚かな自分を悲しんだ。


 おそらく国主は、地理的な利便性を考えて、焼き討ちした茶連ちゃれ山の麓に砦を構えるだろう。兵千二百を抱える敵陣は二重、三重の柵が張り巡らされていよう。

 どんなに手際よく国主を討っても、無事に帰還できる可能性は微塵もない。コウス、勘弁してくれ。


十二

 翌日、兵の鍛錬を終えた後に天皇、ヒサラが謁見の縁に姿を現した。その中庭で、木剣武装して待機していたコウス、イ・リサネ、ニコルが礼をして迎える。

 女人剣豪ニコルとの申し合いが始まった。まずイ・リサネが剣を合わせて三歩離れ、双方が中段に構えて微動だにしない。互いに隙がなく、痺れるような緊張が走り、動けないのだ。


---驚いた、ニコル様は想像以上の手腕だ。どこからも攻撃できない。


 先にイ・リサネが剣を振り上げて仕掛ける。ニコルが体を左に避けて剣を下げ、逆袈裟で振り上げた。ニコルは回りながら、イ・リサネから三尺まで迫っていたのだ。咄嗟に剣を立てて凌いだが、普通の兵なら終わっていた。ニコルは八双の構えで、次に備えている。


---うおっ、速い。この御方は強くて的確だ。コウスとの申し合いは大丈夫か。


 申し合いではあるが、ニコルは〝受けて断つ極意〟に長けた盤石型の剣士だ。左手でニコルを止め、剣を下ろしたイ・リサネ。満面の笑みでニコルと天皇に頭を下げ、振り返ってコウスを手招きした。


「いやぁ、素晴らしく強い。高尾の首長が自慢するだけのことはある。次はコウスが申し合いを願え。強いから遠慮はいらんぞ、本気で挑め。」


 離れて見ていたコウスが、不敵な笑みを浮かべて天皇とニコルに一礼し、前へ出た。剣を合わせて間を取り、共に中段に構える。やはり隙が見つからず、どちらも動かない。

 身の丈四尺半のコウスに対峙したニコルも、似た身の丈だ。武装しているので、遠巻きに見物している兵たちからは、童子の対戦に見える。


 コウスが右足を蹴って跳び上がり、兜を狙って真上から剣を振り抜いた。その剣をいとも簡単に払うと、コウスの後方に回ったニコル。今度は半身で剣を左脇の下に隠す、陰の構えで攻撃を待っている。

 自ら攻撃をせず、敵の剣を払って返し一気に斬る〝受けて断つ極意〟を見せつけられ、天皇は固唾を呑んで見入る。これほど際立った手腕の女人剣士は、二人と居ないだろう。


「背後を取られた、コウス様が危ない。」


 ニコルの冷静な剣捌き、体捌きを見てイ・リサネもヒサラも、中庭の見物兵も、皆がコウスに分がなく、この申し合いは負けると思った。


 振り返ったコウスも影の構えを取った。そのまま体当たりの姿勢で突っ込むと、木剣が折れたと思うほどの音を立てて弾け合い、二人は当初以上の間を取った。ここで一息入れるのか。

 だが間髪を入れずコウスは間合いを詰め、直前で四尺近く跳躍して兜を狙い、剣を振り下ろす。その素早い動きに、ニコルは少し慌てた素振りを見せたが、その場を動かず態勢を低くして、高返しの振りで攻撃を捌いた。


「そこまで。」


 イ・リサネの号令で、申し合いは終わった。わずか一刻(十分強)の立ち合いだったが、当人はどうだったのか、見ている者は何倍も長く感じた。中庭の見物兵にどよめきが上がり、大きな拍手と歓声が沸き上がる。


「もの凄い立ち回りだったなあ。木剣だが、当たりゃ死ぬのではと震え上がったよ。」

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