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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第三章
32/108

国主討伐は、コウスと高尾のニコルに白羽の矢が 一

 外に出て胸を撫で下ろしたヒサラ。どんな怒りや罵声が飛んでくるかと怖れていたが、妃の助言とイ・リサネの提案によって、思いのほか静かに収まって安堵した。

 イ・リサネは歩きながら腰に両手を添え、どんより曇った空を仰いで物思いにふけっている。


「軍師、次のためにカカミが意表を突かれ、慌てる案を考えているのですか。拙者は、ほとほと疲れて何も考えられません。」


「拙者も緊張して、疲れ申した。思案しておるのは、景行様に我々を超えた思考力がお有りなので、明後日に考えを話すと仰せられた時、妙な胸騒ぎがしたことだ。間者の策か、違う戦法か、何か空恐ろしいのだ。」


 いくらカカミが強くても、戦略に長けていても、五千を超える大隊を率いても、恵枇一国で纏向は攻められない。

 西は吉備、針間を突破せねばならず、北は舞鶴、弦臥が、東は那張、木須が塞き止める。南は葛城、由埜が睨みを利かせている。


 何もせず、恵枇軍を迎え撃って弱体化させることもできるが、天皇はそれを考えていない。荒くれ者の進撃を許せば、多大な犠牲が出ることを嫌っているのだろうと、イ・リサネは思った。


十一 

 二日目の朝、再びヒサラとイ・リサネが天皇の自室に入った。今日は天皇の隣にいるはずのイナビヒメがおらず、卓を挟んで右にコウス、左に橙色の着物を纏った女人が座っている。


 天皇は、ヒサラに横に座るよう手招きし、コウスの横にイ・リサネを座らせた。つまり天皇と政務官の二人と、イ・リサネ、コウス、女人の三人が向かい合った状態だ。

 卓には五人分の茶が用意されていた。天皇が茶椀を手に取り、左手を差し出して皆に勧める。


「さて全員が揃ったところで、美しい女人を紹介しよう。先の会談で話に上がった、剣術に長けたニコルと申す御方で、高尾のクロエ首長の許しを得て、今日の席に招いた。」


 紹介を受けた女人は、座ったまま一尺ほど後方に下がり、ゆっくり両手を突いて平伏した。腰まで達する黒髪の端を橙色の紐で結び、まるで高尾の姫様だ。どう見ても剣士の風姿はない。


「景行天皇、直々にご紹介いただき恐縮しております。私は高尾から参上いたしました、名をニコルと申し十八歳です。よろしくお見知り置き願います。」


 その素振りに品性が漂い、流れるような仕草の中に柔と剛の気が溢れ出る。向かいのヒサラと横のイ・リサネは目を見開き、身震いを覚えながら見つめた。


「御妃の仰せられた、剣術に長けた御方にお会いでき、光栄に存じます。拙者は纏向の政務官を仰せつかっておるヒサラと申します。御方は、お一人で参られたのか。」


「いいえ。纏向から御迎えのお二方が見えられまして、私は警護の者五人と参上致しました。その者は、別の御室に控えております。」


 コレイとリ・シオラが、高尾へ女人を迎えに行ったのか。天皇が会談を一日空けたのは、そのためだったのだ。イ・リサネは何かがあると、再び妙な胸騒ぎが起こった。


「拙者は軍備や兵の指導を仰せつかっておるイ・リサネと申します、お見知り置き下され。お若く美しいお姿に似合わず、剣豪として際立っているとは驚きです。ぜひ、お手合わせも願います。」


 天皇の正面に座っているコウスは、昨日の夕刻に、天皇と高尾から来たニコルに会っている。そして天皇から、西国の恵枇えびタケルと名乗る国主が倭都への侵攻を策略している経緯と、その人物像を聞いた。


「恵枇の国主は、儂が熊曽討伐に向かった時分は、カカミ国主と名乗っておった。奴は武力に長けて頭がよく、敗戦が色濃くなると姿を眩ませおった。それから恵枇山で勢力を拡大して倭南州を壊滅し、次は倭台、その次に倭都を狙っておる。」


 恵枇軍が倭南州を攻めた時に、なぜ倭台軍が防衛・救助に走らなかったのか、コウスは疑問に思って天皇に聞いた。倭台が恵枇の国主に牛耳られていると感じたが、それは違っていた。

 倭台も兎農とのうも恵枇の倭南攻めを察知し、急遽防御に向かったが到着すると、すでに倭南は焼け跡になっていたらしい。それほど素早く、手賢い戦略者だと答えた。


「皆の意見や提案を聞いた結果、儂の考えを伝える。纏向のコウス皇子と、高尾のニコル女史が西国の砦に潜入し、協力して恵枇タケル国主を討つ。いろいろ策を練ったが、この戦法が最も現実的と判断した。」


 苦しそうな声で話す天皇であったが、まさしく下命だ。部屋が冷酷な空気に包まれ、席の五人は息を詰めて聞いた。まさか嫡子を失っておりながら、第二皇子のコウスが間者になって、討伐に向かうとは……。


「これは単純な作戦だ。恵枇の国主だけ殺せば、目的は終わる。美しい女人であれば、奴の傍に座るのは容易い。そして間髪入れず、仕留める剣術があること。これを達成できるのは、其方二人しかいないのだ、敢行してくれるな。」


 ニコルはうつむき、返事に迷っている。まさか敵の陣に潜り込んで国主を討つなんて、無謀にも程がある。

 たとえ国主を殺せたとしても、周囲の側近や兵が黙っているはずがない。無数の矢や槍に襲われる修羅場が脳裏に浮かんだ。この命令は断れるのだろうか。

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