14.ばったりと
幾つもの列車やバスを乗り継いで長い長い距離を移動する。とはいえ向かう先はチェコの隣の国、ドイツ。さほど遠いというわけでもない。ただ目的地が人里をはなれた場所にあるため、最終的には延々自らの足を使って移動しなければならない。そのせいでやたらと遠く感じるというだけの話ではあった。
その後さらに気が重くなったのは、食堂車に向かった際にばったりと出くわしてしまった存在のせいだ。
「なぜここにいるのかしら?」
リリスの目の前には見つかって気まずそうにしているブロルとペトルの姿があった。
「通路を塞いでいたら迷惑になるわ。食事はまだなんでしょう? とりあえず食堂車に移動するわよ」
二人を連れて食堂車に足を運んだリリスはさっさとあいている席に腰を下ろしてから、向かい側の席を手のひらで指すようにしてどうぞと着席を勧めた。注文を済ませたところで再び問う。
「それで? どうしてあなたたちがこんなところにいるのかしら?」
ブロルとペトルは互いに顔を見合わせるとブロルが口を開いた。
「なにか役に立てることがあるかもしれなくて」
ペトルへと視線を向けると同意するようにうなずいた。
「僕も助けてもらったお返しになにかしたかったんです」
リリスは頭を抱えたくなった。
「今回のことは夢だと思って忘れなさいといったはずよ。これ以上かかわると今度こそ命を落としかねないからそう忠告したのだけど、言葉の裏の真意が理解できないほどあなたたちは未熟だったということかしら」
あからさまに愚弄するような言葉を選べば、やはりペトルが即座に反応した。あからさまにむっとする。そういうところがお子様だと言っているのだが、事実「少年」でくくられる年齢なのだからそれもしかたないのだろう。リリスとしては困ったことに。
「いくらなんでもそういう言い方はないんじゃ……」
「でも『次に捕まったら今度こそ確実に殺されるからしばらく家から出ないように』ってはっきり言ってたらこうして追いかけてきた?」
「そんな脅し」
「脅しじゃないわ」
反論しようとしたペトルの言葉を遮るように強い言葉で否定する。これは事実脅しでもなんでもないのだから。
「脅しなんかじゃなくて、事実あなたたちはまだ安全とはいえない位置にいるのよ」
二人の瞳を交互にまっすぐ見返しながらゆっくりと言い聞かせる。ブロルのほうは無表情でずっと口をつぐんだままだったが、ペトルは驚きをあらわにしていっきに顔を青ざめさせた。
「え、だって、もう、召喚は……」
「バカね。召喚が成立したからって贄が要らなくなるわけじゃないのよ。依り代は不要になったけれど、あいつの願いを叶えるためにはさらに相当数の贄が必要になる。あなたたちは依り代としても贄としてもじゅうぶん素地があるの。だからこれ以上かかわらないように忘れなさいと言ったのよ」
贄だって誰でもいいわけではない。食べ物に味や栄養素の違いがあるように、贄にも得られる力の差は歴然とあるし、魔によって好みもある。
「金や銀が好きなのは、なにも人間だけじゃないのよ」
ブロルのプラチナブロンド。ペトルのゴールデンブロンド。大多数の魔を傷つけることができる銀は特に羨望を集める色だ。手に入れて、銀の代わりに蹂躙したい気持ちにさせる色なのだ。
「だって、それは、僕たちのせいじゃ」
「ええ、あなたたちのせいじゃないわ。けれどそんなこと関係ないのよ。魔は自分が楽しむためなら仲間すら平気で手をかけるような存在だから」
「そんな……」
絶句するペトルにリリスは冷たく言い放った。
「わかったらこのまま引き返すことね。ここの食事代くらいは出してあげるけれど、以後はなにがあっても関与しないからそのつもりでいてちょうだい。私も魔のひとりだって忘れないでね。命令を受けたとき以外に人を助けるなんてことはありえないから」
「命令?」
ここでようやくブロルが口を開いた。
「ええ」
世界のバランスが崩れるおそれがある場合だけ使者が訪れて命をくだす。リリスたちは魔ではあるが、ある事情によりこの使者にだけは隷従を余儀なくされている。
「誰に?」
「それは言えないわ」
ほんの少しだけ弧を描く口元は決して優しいものではなく、むしろ冷たいものだった。蔑みをあらわにした冷笑。とたんにペトルの眉間にくっきりとシワが刻まれる。その素直すぎる反応にリリスの笑みはさらに冷ややかさをもって深まる。
「聞けばなんでも答えると言った覚えはないわよ。ましてや知られたら殺さなくちゃいけないもの。面倒は御免なの」
別に彼らのために言っているわけではない。これは事実なのだ。魔とはいえリリスたちも世界の理に縛られている。いや、理でありながら不条理かもしれない。いわゆる『無知は罪』に通ずるものだから。もちろんそんな事情を他人に暴露することはしないけれど。
「とにかく忠告はしたわ。私はあなたたちの味方でもなんでもないただの通りすがり。大事なのは自分とレイだけ。食事を食べ終わったら次の駅で乗り換えておとなしく家に帰るのね」
ちょうど話の切れ目を見計らったように注文した料理が運ばれてきた。あとは無言で食べ進める。リリスは言うべきことはすべて伝えたからだが、ペトルたちは真実を前にして打ちひしがれて言葉も無いといった感じだ。リリスはそれでいいと思っている。人は人として生きていくのがいい。魔とかかわらずに一生過ごせることが本人のためなのだ。
食べ終えたリリスは彼らを待たずに会計を済ませて席へと戻っていった。寝台付きの個室を取るほどの距離でもない。腕を組んだリリスはシートの背もたれに体を預けると目を閉じた。ただゴドフリーを一日も早く取り戻すことだけを考えて。




