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赤い蜜は罪に濁る  作者: 竪川杼緯


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11.さらに奥へ

 そして男たちから三度目のいっせい発砲がおこなわれた。そこでとうとうゴドフリーの膝が折れる。がっくりと膝をついてうずくまってしまった吸血鬼を見た男たちは歓喜の声をもらして、再び銃弾の装填のために手元へと視線を向ける。これまでの経験から反撃はないと高を括っていた男たち。

 けれど男たちが下を向いた直後にリリスは床を蹴っていた。開け放たれたままの鉄格子の扉をいっきにくぐって男たちへ肉薄すると、電光石火の早業で手に持ったままの闇の剣を振るって男たちの首を次々と刎ねていった。

「ただの人間……?」

 周囲を見渡したリリスは小さく呟きながら首をかしげた。銀の銃弾ではなく、銃弾のなかに銀を仕込むという細工は、男たちが人間ではなく、人に擬態した魔のものだからだと思っていたのだ。それゆえ闇の剣を使って首を刎ねたわけだが、タガーのまま切りつけるだけでもよかったかもしれない。もっとも闇の剣を使ったほうが人でも魔でも素早く屠れるのだからなんら問題はなかったわけだが。さすがにリリスも人間だったからといって見逃すことはしない。なんといってもゴドフリーを傷つけたのだから。

 牢のなかから、小さな金属の塊が石畳のうえに落ちて転がる音がいくつも響く。それはゴドフリーの体に撃ち込まれた銃弾を外に押し出したものだった。体内の異物を魔力ですべて除去したゴドフリーは、今度は傷口の治癒をおこなう。荒い息遣いだった呼吸も徐々におさまっていく。治療を終えて呼吸も整ったころ、彼はようやく顔をあげた。ゴドフリーが膝を折るようにしてしゃがみこんだのは、男たちに撃ち込まれた銃弾のせいではなく、リリスが余剰分の吸血を終えたからだ。男たちの油断を誘って反撃の手がかりとするためだった。大きく深呼吸するようにして息を吐きだしたゴドフリーはおもむろに立ちあがると、リリスのそばへやってきた。

「全員人間だったのか」

 ゴドフリーも床に倒れている男たちをざっと見渡してリリスと同じ言葉をつぶやいた。

「そうみたい。どうして魔と手を組むことにしたのかはわからないけど」

「ただ単に金で雇われただけじゃないのか? 俺の横にいた奴は多少事情に通じていたような感じはあったが、ほかの奴らは俺が吸血鬼だということは知っていても、それ以外は言われたとおりに動いていただけにしか見えなかったからなー」

「そうなの?」

「ああ。だからこいつらも命じられた相手を排除するようにしか指示されていなかったんじゃないかな」

 いったん牢から逃げ出した男が応援要員として連れてきた拳銃を手にした男たち。こうした場面には慣れているようだった。それだけたくさんの人間を手にかけてきたということだ。同情などする気は欠片も起きない。たとえ魔に雇われていたと知らなかったとしても知っていたとしてもどちらも違いはない。リリスとゴドフリーに傷をつけた。敵対した。理由などそれだけでじゅうぶんだった。

 ゴドフリーがリリスに向けて手を差し出す。

「とりあえずブロルを探しに行こう」

「どのへんにいるかしら?」

「アルベルト――白髪の男が名乗った名前なんだが、そいつと一緒に別の場所に連れて行かれているところまでしか見ていないからわからないが、たぶん地下のどこかだろう」

「……レイも悪魔召喚だと思う?」

「ほかにないだろうな」

「そう……よね」

 ふうっと息を吐きだす。どこか諦めたように、けれど瞳に憂いを宿らせて薄く微笑んだ。ブロルは悪魔が好むプラチナブロンドの髪の持ち主だ。特に召喚した悪魔を憑依させて使役するにはうってつけの器だといえる。いつまでたっても尽きないのが欲とはいえ、アルベルトの真意ははかりかねた。魔であることは違いないだろう。吸血鬼ではなさそうであるが、それに近い種族だと思う。だが悪魔召喚という方法を選ぶ意味がわからない。ライバルを増やしてどうしようというのか。本来魔は獲物を独占したがる性質を持っている。ほかのものを排除して獲物を専有しようとはしても、仲間を増やそうと考えるような魔の存在は聞いたことがない。

「使役目的ということは、ライバルでも仲間でもないだろう。むしろ邪魔な魔を片付けさせる目的でもあるんじゃないか?」

 ゴドフリーの言葉にリリスはそうかもしれないと思った。

 人のなかに紛れて人と似たような生活をする魔もいる。人からはなれた場所で人とかかわらずに過ごす魔も。平素は人からはなれたところにすみかを構えておいて、餌を欲するときだけ人に近づいてくる魔も。魔と一口に言っても画一的な生態というものは実はあるともないともいえる。だがまったく異なるかといえばそういうわけでもない。共通項はいくつかある。

 まず基本的に群れない。ひとりを好むことなどまさにそうだ。だが同種と相容れないくせに、利用する際は嬉々として近づいてくる。近寄られたほうも条件が合えば手を貸すし、逆になんらかの要求を突きつけて利を得ようとすることもある。気の向くままに己の興味を優先させる。魔とは基本的にはそういう存在だ。

 だが稀に変わりものがいるのも事実。リリスとゴドフリーが常に行動を共にしていることも、ほかの魔からすればじゅうぶん異質であり変わり種とでも思われているのだろう。

 ある日突然いずこかより生まれ落ちる魔に親などおらず、故に親子の情といったものは理解できない。友もおらず、仲間もいない。ほぼ生まれたときの姿のまま一生を過ごすものもいれば、成長するものもいる。また動物が幼生から成体になる過程で形態を変えるのとよく似た変態をおこなうものもいれば、取り込んだ餌に似せた形態に変態するものもいる。なにもかもが自由気ままと思えるほどに統一性に乏しい。『魔』を『魔』としか表現できない――説明できない理由でもある。

 それだけに容易には行動が読めないが、いずれにせよ早くブロルを見つけて救出しなければ厄介なことに巻き込まれる可能性が高まってしまう。リリスたちは悪魔召喚がおこなわれそうな場所を目指して牢をあとにした。


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