エピローグ 主に人の望みや命論の中に在ったモノ
「モグラは太陽を求めて地上を目指すが、それを見た瞬間に目は潰れて光を失う」
そんな始まり方をした映画を見終え、良い時間となった望夜とジャネットはディナーを楽しんでいた。むしろ望夜にとって映画は退屈なものでこの時の為に文句を言わずに耐えていたのだと言っても過言ではない。
それ故か、フルコースの最後まで食らいつくした望夜はナプキンで口を拭うとぽつぽつと語りだした。
「『モグラ』は暗闇である土の中に住んでいる生き物だから目は退化しているんだ。だから、もし地上に出て太陽を見たとしても目が潰れることは無いんだよ」
そして悪びれずに続けた。
「ちょっとデリカシーの無い発言だったかな? まあ、台詞を書いた人だってそれくらいは分かっているだろうけど」
ジャネットはそれに対して何かを言い返す事は無かったが、何か言いたげな表情はしていた。会計を終えて外に出るともう日は完全に暮れてしまっていた。
別れ際に望夜は言う。
「これから先、新しい世代……『第二世代』の魔法少女が出てくる。私はその中で『最強』の存在としてあなたと出会う事になるだろうね、だから今日からその日まで私達はアカの他人だ。ここまでの根回しは済んだ、でも表舞台に出るからには今までのように私が自由に動く事は難しくなる。今まで以上に役に立ってもらうよ、ジャネットちゃん」
「……………………」
「それじゃあ、またね」
踵を返した望夜をジャネットは鋭く呼び止めた。
「待って!」
「……………………」
ジャネットは縋るように問う。
「君は本当に『最強』だったの? 『最強』って何だったの?」
「…………んー、そうだねぇ」
望夜はとぼけた様子で告げた。
「カワイイが『正義』なら、カッコイイは『最強』ってトコじゃない?」
「………………それは!」
ジャネットが言葉を続けようとした時、望夜の姿はすでに雑踏に紛れて見えなくなっていた。
☆
「…………違う!」
コスモフラワーはジャネットの細い首を絞めていた指から力を抜いた。解放されたジャネットは床に落とされると「げほげほ」とむせ返った。
そして芋虫のように床に転がりながら不思議そうに聞く。
「どうして止めるんだ? 君の彼への思いはその程度なのか!?」
「ふざけないで!」
「!」
コスモフラワーは殺意とは違う、別の強い意志を秘めて語る。
「あなたはそんな邪悪な人間なんかじゃない、私の為に犠牲になろうとしていることくらい分かるよ。多分、こうする以外に方法なんてないんでしょ? だけど私はそんなの認めない。私は私の信じる方法で未来を勝ち取ってみせる!」
「コスモフラワー…………」
胸に手を当てて祈るようにコスモフラワーは呟く。
「もし、この力が人の為に作られた『本当の幸い』だというのなら、私の全てと引き換えにしてもいい。失われた奇跡と忘れられた魔法をもう一度呼び戻し、悪夢を断ち切れ! EXPシステム発動!」
『LEVEL―UP』
コスモフラワーの体から目には見えない力があふれ出し、世界へと伝わっていった。EXPシステムは質量保存則を超えた力――『魔法』であった。因果も時間も常識も全部ひっくり返すデタラメなパワー。
しかし、それはEXPシステムが持つ力ではない。コスモフラワーそのものが『魔法』や『奇跡』を体現した存在であった。システムはあくまでそれを出力しているにすぎない。
世界を思うがままにコスモフラワーが書き換えると、廊下から足音が近づいてきてやがてそれは部屋へと入ってきた。
二足歩行の猫の獣人はコスモフラワーを見るとその成長を喜ぶかのように顔を綻ばせた。
「これが君の思う『本当の幸い』なんだね」
「カンパネルラ………………」
「チャオ! しばらく見ないうちに立派になったね、コスモフラワー。そしてラズワルドも。こうしてまた会えてよかった」
ジャネットは驚いたように語る。
「奇跡……なのか? 死と生の狭間で封印されていた君がボクという封印を壊さずに外に出てこられるなんて」
「カンパネルラ、話してくれるね? どうしてこんなことになっていたのか」
懐かしむようにカンパネルラは語りだす。
「うん……そうだね、どこから話したものかな。この世界には『望夜の闇』という監視機構が存在していて自らに都合の悪い存在を力づくで排除していたんだ。EXPシステムを作り出した僕……そしてそれを組み込まれた君はその排除ターゲットに指定された。因果律すら意のままに操る『概念』という特殊な存在に対し、僕は手も足も出なかった。そこで僕は敵の目を騙すために『死にながら生きている状態』になることにした」
「それって俗にいう『シュレディンガーの実験』的な?」
「ある意味では似たような物かもしれない。ラズワルドの中に僕という存在を仮死状態的に格納し、僕の死を信じ続ける人の意志によって蓋をする。そうすることによって僕はこの世界から居なくなることができたし、そのせいで君に起こった変質により排除ターゲットから外すこともできた。しかし、その歪みのせいで“ノイズ”のようなものが発生していたようだけどね」
自動的に動き続ける『正義の味方』、それはカンパネルラでありながらカンパネルラではないものだった。こうして本物が現れた今となっては泡のようにゆりの中からは消え去っているだろう。
「あのカンパネルラはそういう事だったんだね」
「結局の所、これはあくまで一時しのぎにしかすぎず、『望夜の闇』を破壊しない限り犠牲は出続ける。世界の命運は『決意』の担い手に委ねられた。僕がこの世界に今居るという事は彼女は勝ったのだろう。彼女は今どこに?」
「…………カンパネルラ」
ジャネットの表情から察したカンパネルラは残念そうに語る。
「そうか…………。いや、しかし、だ。僕は彼女に助けてもらった、だから今度は僕が彼女を助けてあげたい。コスモフラワー、力を貸してくれるかい?」
コスモフラワーは呆れたように苦笑して言った。
「アイツはろくでもない人間だったよ。テキトーでへらへらしてて自分勝手で……だけど、世界がちょっと良くなったのなら一人分くらいならそういう人間の居場所もあるんじゃないかな?」
涙ぐみ、逃げ出そうとするワーズワースの手を取ってアルトゥースは言った。
「待ってください」
「…………?」
優しい表情でアルトゥースは続けた。
「僕は嫌ですよ、言いたかったことを先に言われるのは」
おもむろに小さな箱を取り出すと、アルトゥースはその蓋を開けた。その中に入っている指輪の意味を説明されなくてもワーズワースは分かった。
アルトゥースは告げた。
「僕の物になってくれますか? ワーズワース……いや、“イリア”」
「…………!」
驚き、そして喜びに溢れたワーズワースは勢いよくアルトゥースに抱き着いた。
「アルトゥゥゥゥゥゥス! なるなる! 私はお前の物だぞ、アルトゥース!」
「んんんんんんんんんん!?」
体が宙に浮くほどのガッチリホールドを決められたアルトゥースはバシバシと背中を叩き、ゲシゲシと足を蹴ったがしばらくの間、解放を許されなかった。
やがて、解き放たれた時にはアルトゥースはヨレヨレになっていた。
「はぁはぁ……あの、そういうの控えてください。そのうち死にます」
「良いではないか。私はお前の妻なのだぞ?」
「……やっぱりなかったことにできます?」
「指輪は貸してやらんぞ。そもそも元はと言えば最初に惚れたのはお前の方だ、観念するんだな」
「はぁ………………僕は大変な相手を選んでしまったようですね」
だが、そう語るアルトゥースの表情はまんざらでもないといった様子であった。二人は長い間すれ違っていたが、もう何のわだかまりも無く、心は通じ合っていた。これからどうなっていくのかは分からないが、それでも二人なら乗り越えていけるだろうという希望があった。
「アルトゥース………………」
「イリア………………」
アルトゥースはワーズワースを見つめ、見つめあう二人の顔は段々と近づいていき、そして――――――
『ピーピー!』
「!?」
その時、アルトゥースの持つ端末に望夜が変身機能を使用したという情報が入った。二人は鳩が豆鉄砲を食ったような表情をして、顔を見合わせたまま気恥ずかしそうにはにかむと表情を正して現場へと急いだ。
「望夜…………!」
その場に力無く座り込み、絶望の面持ちでことかがうなだれていると、ようやく気が付いたらしいのかなは淡々と言葉を紡いだ。
「そっか、彼女は逝ってしまったんだね。自らの使命を果たして」
他人事な台詞を聞いたことかは怒りを露わにしてのかなに食いかかる。
「どうしてそんな冷たい言い方ができるんじゃよ!? 私達は仲間じゃったじゃろ! お前の力で望夜を蘇らせてみろ! 蘇らせとくれ…………! 頼む…………!」
「…………………」
のかなは語る。
「彼女は闇を滅ぼすほどに強大な力を持っていた。そんな彼女がこの世界に戻ってきたら一体どうなるかな? ローインフェルノのように人々の心を弄んだり、ミリ=バアルのように世界を意のままにしようとしたりするかもしれない。もちろん彼女がそういう人間ではないかもしれないけど、そうならない保証はどこにも無いよね?」
「人はみな善と悪の心がある。人の悪だけを見続けることに正しさは無いじゃろ!」
「危険性は否定できないよ。彼女は闇の一部だった、そういう存在だったと考える方が自然だよ。魔法少女として悪を蘇らせることはできない」
「のかな! お前という奴は!」
ことかが怒りのあまり殴りかかろうとした時、声が響いた。
「待ってください!」
「アルト君、ワーズワースさん…………」
やってきたアルトゥースは語る。
「大体の事情は察しました。めろんがまた迷惑をかけたという事なんでしょうね。正直に言えば、のかなさんの主張はあまり間違っていないとは思う。めろんは善良な人間では無かった。でも、悪逆というだけでもなかった事は分かってほしい。僕が今こうしてイリアと一緒に居られるのはめろんのおかげだ。これはあの子だからこそ起こせた奇跡だと思う。そういう心の持ち主を悪の可能性だけを見て排除するのは違いませんか?」
「…………………」
「アルトゥースの言う通りだよ」
ジャネットを先頭にして、コスモフラワーとカンパネルラも現れる。
「もし、彼女が本当に悪人だったらボク達がこうしてここに駆け付ける事があるだろうか? 助けてもらったら助けたいとかそういう簡単な話だけじゃない。ボクは……ボク達は彼女に戻ってきてほしいんだ。テキトーでへらへらしてて自分勝手で……でもたまにカッコよくて最強な彼女がボク達には必要なんだ」
「まあ、私としてはあんな奴なんてどうでもいいけど、あんな奴でも居ないとせっかくカンパネルラが戻ってきてもハッピーエンドって感じがしないでしょ?」
「だけど………………」
カンパネルラは全てを見通した優しい瞳で言う。
「本当は君だって彼女に戻ってきてほしいと思ってるんじゃないかな?」
「!」
「…………のかな?」
のかなは固いままだった表情を明確に惑わせ、そして申し訳なさそうに語りだした。
「彼女は……めろんちゃんはシャイニングエクゾダスの光によって概念レベルで『破壊』された。それは単純な肉体再生じゃ蘇生するのが不可能だって事だよ。なら、いっそのこと理由を付けて蘇らせないという事にした方が……私だけが悪者の方がみんなが絶望しなくて済むんじゃないかな…………?」
ことかはのかなの言葉にショックを受けたように言う。
「のかな、どうしてお前はそうやって辛いことをいつも一人で背負い込もうとするんじゃよ!? お前は私の事をなんじゃと思っとるんじゃよ!」
「ごめん、ことかちゃん………………」
のかなは他の人間が知る通り、非情ではなかった。だからこそ、他の人間の為に自己犠牲をして非情なように見せる人間であった。
アルトゥースは聞く。
「のかなさん、何か方法は無いんですか?」
「無いことも無い……とは思う。シャイニングエクゾダスの力はおそらく『無限じゃない』、本当にそれが限りのない力なら私達の持つめろんちゃんの記憶も消し去れるはずだから。あくまであれは圧倒的なパワーを秘めただけの単なる物理現象に過ぎないはずだよ」
のかなはどこからか小さな『モグラ』を取り出して語る。
「これはめろんちゃんが残した欠片。ほんの小さな取っ掛かりだけど、シャイニングエクゾダスですら消しきれない私達の持つめろんちゃんの記憶を注ぎ込めば、概念レベルで蘇生する事が理論的には可能であるはずだよ」
「ならそうすれば…………!」
「でも、失敗すれば私達はめろんちゃんだけではなく、彼女が居たという記憶すら失ってしまう事になる。決して高くない可能性に賭けるくらいなら、ちゃんと覚えていてあげた方がいいのかもしれない」
皆が決断に迷う中、ことかは言った。
「やってみる価値はあると思うんじゃよ。無論、失敗して何にも無くなる可能性は分かっとる。じゃけど、あいつはずっと悲しみ続ける事を私達が選べばきっと馬鹿にするじゃろう。なら、選ぶべき道は一つしかないじゃろ」
「みんなはそれでいいの? めろんちゃんを助けるために決して高いとは言えない可能性に大事な物を賭けて平気なの?」
のかなが見た皆の顔つきからは強い意志が窺えた。それは間違いなく望夜という人間が与えた影響であった。あらゆる不可能や理不尽に負けない力や思い、それを与えてくれた人物を失わせてはならないのだと言葉にせずとも伝わってきた。
「…………分かった。私達の祈りが奇跡を起こすことを信じて、魔法よ……もう一度だけこの世界に光を!」
奇跡を求める魔法少女達はあまりにも無力で矮小な存在だった。しかし、純粋で穢れなき強い意志を持ち、どんな困難にも屈しない不屈の魂であった。
魔法少女達の祈りを空へと還し、かざされた機械剣から放たれた魔法の力が世界を包み込み、そして――――――
☆
「ねぇ、飾りつけってこれくらいでいいかな?」
パーティという事で部屋の飾りつけを行っていたゆりはそろそろお腹が空いてきたのか様子を窺うように呟いた。料理などを担当するくみはその堪え性の無さにため息をつき、これ以上頑張らせても無駄かと諦めて席に着かせる。
「にゃあ、本日はお招き頂きありがとうございます」
「今すぐ帰ってもらっても構わないわよ、エイリアン女」
「ふーん、せっかく奮発して高い寿司持ってきたんだけどなぁ」
「そうなの!? えへへ、私お寿司大好き。くみちゃん、かすみちゃんにそんな事言っちゃダメだよ」
「このダメ人間………………」
もはやゆりに掛ける言葉は無いと見限り、くみは真心に聞いた。
「望夜の奴、あとどれくらいで来るんですか?」
「魔法少女の集まりに顔を出すだけって聞いてたから、そんなに時間は掛からないと思うけど…………」
「先始めちゃってもいいんじゃない? めろんちゃんなら許してくれるよ」
「駄目よ、そんなテキトーな事できない。ただでさえ最近は緩みきってるんだから」
「そんな肩に力入れるような集まりじゃないと思うけどねぇ」
だらだらと無駄口を叩き合いながら、なんだかんだで望夜を待ち続けていた面々だったが、ある瞬間に何かが変わった。
「…………あれ?」
「どうしたのよ、ゆり」
「ねぇ、くみちゃん。私達って誰を待ってるんだっけ?」
その言葉にくみは驚いたように返す。
「ゆり、あなた何を言って…………!? ……ちょっと待って、私も思い出せないんだけど?」
「何者かの広範囲攻撃を受けているのか、それともそんな人物は初めから居なかったのか」
突如として『記憶を失った』かのような反応をする一同に真心は焦って呼びかける。
「みんな急にどうしたの!? 私のお姉ちゃんの事を忘れちゃったの?」
「対名さんのお姉さん……? えっと……それって誰の事?」
「ごめんなさい、対名さん…………私には何が何だか………………」
「!」
異常な事態に困惑と恐怖を覚えていると真心は自分の中の望夜の記憶が消え始めている事に気づいた。手の中から零れていく砂のように止めることのできない喪失感に襲われ、助けを求めるように真心は心の中で叫んだ。
(お姉ちゃん――――――!)
その時だった、
「パーティってもう始まってる?」
「……!」
「あ、良かった。まだみたいだね」
見慣れない女性がさも当然のように入ってきた事にくみは戸惑う。
「すいません、どちら様ですか?」
「やだなぁ、くみちゃん。いつからそんな他人行儀になったの?」
「私はあなたなんて知りませ…………えっ、ちょっと待ってもしかしてアンタ!?」
ゆりは安堵したように寿司を食べながら言った。
「ああ、良かった。もう食べてもいいよね、もぐもぐ」
「へー、元から顔とスタイルはいいんだ。モデルさんみたい」
その女性は真心を見ると若干はにかんで言った。
「んー……私、望夜だった時の記憶もあるんだけど、もしかして見ず知らずの他人にしか見えなかったりしない? のかなちゃんに他人行儀にされた時、割とショックでさ…………。えっと……どうかな? 真心。私の事、分かる?」
「……………………」
真心は驚きのあまり言葉を紡げないでいたが、やがて大粒の涙と共に駆け寄って抱きしめた。
「お姉ちゃん!」
望夜――――対名命論はその勢いに押されて一瞬びっくりしたような顔をしたが、やがて優しく抱きとめると微笑んで言った。
「ただいま」




