第五章 4 決意完了
絶対であるはずの闇が揺らぎ、軋んだ。しかし、それを認めようとしない闇は鋭く呟く。
「【全ては闇】!」
暗黒が世界に立ち込め、事象を歪めようと蠢く。だが、光はそれを掻き消し、一切の干渉を拒んだ。因果律の改ざんが出来ない事に気づいた闇はその事実に驚きを覚える。
「この私が『結果』を自由に出来ない? 意味不明の攻撃に因果律が狂わされてコントロール出来ないとでも言うの!? そんな事があるわけがない! あっていいはずがない!」
かつて――――旅立ちの日に我々が宙へと投げ放った一枚の金貨はまるで怪物の胃袋に飲み込まれてしまったかのように音も無く闇へと消えていった。
闇は際限の無い悪夢のように思えた。我々は精神を擦り減らし、肉体は疲弊し、一握りの希望さえも消え失せてしまったように感じられた。我々は『モグラ』のように無力な生き物であった。
それでも我々は進み続けた。苦労したから報われたいとか、今までやってきた事を無駄にしないためとかではなく、ただ己が決めた事を――――『決意』を果たすためだけに。
そして今、我々は旅立ちの日のコインを底から再びこの手に拾い上げ、闇が限りある物だという事を知った。
底を叩く金色の音色が闇に響き渡った時、我々は揺るがなき確信を以って告げた――――――
「闇の底は見えた」
「!」
光明だった。
敵を挑発するためでも自分を鼓舞するためでもない。ありのままの真実を証明したというだけの言葉だった。そして、望夜のその宣告を聞いて生き延びた者は一人も居ない。
それが闇の激昂を引き起こし、望夜の闇は憤怒に荒れ狂う。
「低次元存在が! お前の見ている物は全てまやかし! 私にほんの少しダメージを与えた所で何も変わらない。もうお前を闇に戻すための手加減はしない、全力を持って叩き潰す! 【悪意虐殺】!」
望夜の闇から暗黒の触手が伸びて襲い掛かる。だが、シャイニングエクゾダスの光を胸に宿した望夜は無限のパワーを持ち、あらゆる攻撃を自動的に打ち消す。
そして、大いなる意志を秘めた瞳で波動銃を構え、もう一度闇を貫く光を放つ。
『決意塊』
「シャイニングエクゾダス」
初めに光ありき。
次に熱があり、そして音があった。それは激流だった。放射線状に広がっていく光はどこまでも限りなく無限に突き抜けていくかのようだった。
溢れ出した光の奔流にろくな抵抗も出来ず望夜の闇は呑まれる。だが、その表情は先ほど不意打ち気味に受けた時とは違い、余裕が見られた。
「ウェヒヒヒヒ! ……かかったわね。『初めに闇ありき』だと伝えたはずよ。お前の『シャイニングエクゾダス返し』もすでに私の支配下にある。私にはもうこの光は通用しない。でも、命論であるお前はあと何発この光に耐えられるのかしら? お前はもうお終いよ!」
闇は汚泥のように噴き出し、山の如き怪物として振る舞う。人が無力なのだと突きつけ、抵抗する気力さえ奪い去るだろう。
しかし、我々は知っている。どんなに膨大だとしても闇に限りはある、闇は決して無敵のモンスターなどではない。
闇の底はここだ、闇壊すべし。
「………………おおおお」
「えっ?」
闇は聞こえるはずの無い声に困惑し、まるで命論であるかのようにきょとんとした表情をした。そして、次の瞬間に光の中へと突入してきた望夜を見て驚愕した。
「侵入って来た!? すでにこの望夜の闇が中に居るのに!?」
「おお…………!」
『望夜』の果てに何を見る?
「ち、近寄らないで」
「おおおお…………!」
闇か、それとも光か、はたまた『空』か…………。しかし、私にとってはそれがどんな物だとしても同じ事だ。
「や、やめ」
「おおおおおお……………!」
この胸に『決意』ある限り、私は『最強』なのだから。
「やめろおおおおおおおお!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
――――そう思うだろう? お前も。
「シャイニングエクゾダート」
拳を振りかぶった望夜はまっすぐに闇の顔面を殴りつけた。その瞬間、爆発するかのように手の中から光が弾け、太陽の存在に依存することなく世界を照らし出した。
「ご……ご、あっ…………!」
殴りつけられた闇の顔面が陶器のようにひび割れ、砕ける。その頭の中に無限の闇などはなく、ただの“空っぽ”であった。人の顔のように見えていた物も、擬態のように人型の闇に張り付けられただけの模様であり、強大な支配者のように見せかけていたものは全てハリボテであった。
完膚なきまでに打ちのめされた闇はもはや体裁を保つ余裕すら無く、うつろな目で呟きを漏らす。
「なぜどうして!? 闇は完全であるはずなのに!」
「闇は不完全だよ、そこに私は居ない」
「闇から一体何が奪われたというの? お前の正体を見せなさい!」
まるで“スキャン”するかのように望夜の闇は緑の閃光を飛ばし、望夜の中を見透かそうとするがその表情は驚きに染まる。
「こ、これは…………! 得体の知れない熱い塊がこいつを支えている……? この命論は減衰する事の無い無限大のパワーを持っているというの!? こんなでたらめな物が? お前は闇などではない! 一体どこから来た!?」
闇は何かに気づく。
「そうかお前は…………お前のその横顔は! 神なる祖の…………では、まさかお前は!?」
望夜の杖型魔導装置が変形し、大砲のようになる。その破壊装置は己の主人からだけではなく周りからも貪欲にエネルギーを吸い上げ、全てを滅ぼすための力を蓄える。
まるで波が引くような嵐の予兆を感じ取った闇はそれに対抗すべく最大級の攻撃で迎え撃つ。
「お前が例え“そう”なのだとしても、“かつて”と同じにならないわ。歴史は繰り返さない、お前は神話の中にだけ居ればいいの! 【悪意抹殺】!」
望夜の闇から暗黒の衝撃波が放たれ、世界を包んでいた粘性の漆黒がそれに集い、無限に圧力を増していく。逆に言えばこの攻撃こそが闇の全てであり、限界でもある。
怒涛のような黒の壁を前に怯むことなく望夜は引き金を引く。
「決意射撃!」
世界の果てまで届くような疾風を置き去りにして光の柱が撃ちだされる。それは黒の力とぶつかり合い、激しく鎬を削る。
白と黒の力は永久に続くかのような競り合いを繰り広げるが、元々の耐久力の差の為か段々と望夜は押され始める。それを見て闇は勝利を確信して笑みを浮かべる。
だが、望夜の目はまだ諦めてはいなかった。
「トリニティハート、破壊回路起動!」
魔導装置から強制的にパーツがパージされ、砲撃をしながらさらなる吸気を行う。エクゾーストを取り込み、唸りを上げる駆動体は限界などとっくの昔に超えていて今にも壊れそうなほどにフレームが軋み狂う。
漏れ出た力が翼のように駆け抜けていくと望夜は赤く染められた禁忌の発射ボタンを押した。
「シャイニングプラズマブレイカァァァァァァ!」
先ほどよりも勢いを増した光は誰にでも分かるように鮮明に、誰にでも届くように力強く、闇を押し返していく。
望夜の闇は焦りながらなんとか抵抗しようともがくがこの空間にある闇は全て攻撃に回してしまっている。もうこれ以上パワーを上げる手段は存在しない。
目の前まで迫ってきた破壊を認めることが出来ずに闇は逃避の言葉を口にする。
「や、闇が負けるはずがない。闇に終わりや果てなんて無い! や、闇は絶対……闇は不滅……闇は永遠……闇は……闇はぁぁぁぁぁぁ!」
「そこから先は私が言うよ」
望夜は静かに告げた。
「闇は消える」
「オォォォォォォォォォ…………!」
光に闇が呑まれ、消える。
それは図らずも古の時代に起きた最初の奇跡と同じだった。そして、それを起こした者もまた同じ顔をしていた。
やがて光の奔流が止まり、熱で溶け切った砲口が静かになると役目を終えた破壊装置は何の反応もしなくなり、この場にあるガラクタの一つへと還った。
闇が無くなった空間は果て無くどこまでも瓦礫が続いていく事が見て取れたが、太陽の向かう先には何もないゼロの荒野があり、それこそが未来なのだと信じられた。
望夜は満足げに目を閉じて佇み、溢れ出した光に身を浸した。
「………………………闇はもう見えない」
我々は遥かなる旅路の果てに闇の底見果てたり。己が全てを以って其れ全て消し去った事をこの太陽と不死炎の下に永久に証明す、
完 決
了 意
―――Hyper.Plasma.Max―――
「破壊した」
闇はあまりにも強大で一見すると限りが無いように見えた。しかし、それは闇が作り出した幻想に過ぎなかった。人を超えた力を持ち人の運命を思うがままに弄ぶ事が出来ても、破壊の宿命から逃れる事はできない。
闇から奪われた『望夜』という欠片は“破壊”を司っていた。その事を本人はおろか闇さえも知ってはいないが、知っていたところで結末は変わらない。
決意であれば、闇には破壊と当てる。
いかに因果を操り、行くべき道を見失わせたとしても絶対に果てはあり、進み続ける限り必ず“底”に到達する。
それが概念存在には理解できない人の意志であった。瓦礫に道を築くのが人の力なのだという事に『結果』や『真実』を捻じ曲げる闇は気づかなかった。炎で刻まれた道の果てに“底”があるのなら、どんな存在であろうともそれを誤魔化すことはできない。
歪める事が出来ない人々の意志の存在に闇が気づいた時には、
もう、どの世にも闇は無かった。
――――――――――――
――――――――
――――
「ハッ!」
激しい閃光の果てにことかが目にしたのは吹き飛ばされて地面に倒れているのかなの姿と満身創痍で佇んでいる望夜の姿であった。あの一瞬でどうやってそこまで負傷したのかは理解できないが、先ほどまであった闇の気配が跡形も無く消えている事と何よりその穏やかな表情から戦いの終結を悟った。
「望夜……終わったんか? それじゃ、もう戦わなくてもええんじゃな?」
「………………………………」
ことかは安堵したようにほっと胸をなでおろした。
「そっかそっか……一時はどうなる事かと思ったけど、なんとか無事に済んでよかったんじゃよ」
「………………………………」
「……ってお前、片腕どうしたんじゃよ、全くしょうがないヤツじゃね。のかなを起こして治してもらわんと。ほら、のかな、起きんか。……おーい、ちょっとー? のかなさん?」
「………………ことかちゃん」
「こりゃ完全に延びとるな…………ん? なんじゃよ、望夜」
「………………………………」
「…………望夜?」
何かに感づいたことかは震える声で縋るように語る。
「そ、そんな……お前勝ったんじゃろ? 成し遂げたんじゃろ!? じゃったら…………!」
望夜は強い意志を秘めて語る。
「闇はまだここに残ってる。闇を全て消すまで私の戦いは終わらない」
「なにか……なにか方法があるはずじゃ! お前が死ななくて済む方法が!」
「……………………………」
望夜は苦笑して言った。
「概念世界で闇と共に消えてしまえば良かったのかもしれないけど、なんでか一度戻ってきちゃった。私は忘れられても困らない『嫌な奴』で、ずっとそうやって振る舞い続けてきたつもりだった。でも、本当は心のどこかで孤独や寂しさを感じていたのかもしれない。それは私が本当は何者でもないのだと……闇の一部だと無意識では気づいていたからなのかもね。だから、誰かでもいいから私の事を覚えていて欲しかったんだ。私が生きていた事、やってきた事に意味があったんだって思いたかったんだ」
「望夜………………」
今までずっと気を張り続けた望夜にとって本音を吐ける瞬間など、吐いていい瞬間などなかったのだろう。だが、それは風船から空気が抜けていくように己を支えていた物を少しずつ捨てていく行為でもあった。
「ありがとう、ことかちゃん。私の事は嫌いだったと思うけど、それでも私の友達で居てくれて……嬉しかった」
「駄目じゃ、望夜! 逝くな! 私に好かれたいのならこれからなんとでもなるじゃろ! ここで死んでしまったら、終わってしまったら、もう私はお前の事を好きになる事なんて無いんじゃよ!?」
ことかの必死の訴えも望夜に届く事は無かった。闇に全てがあるというのなら、闇を失った望夜はすでに空虚でしかなかったのだ。
「………………………」
「望夜!」
苦笑して望夜は語り、
「ごめんね、ことかちゃん。私、最後まで『嫌な奴』みたい」
そして一切の憂いの無い笑みで告げた。
「さよなら」
「!」
その刹那、何もかもが幻だったかのように望夜は残り香も無く消えた。ことかは現実を受け入れる事が出来ずに軋み、
「も、望夜? あ、ああああ…………こんなの……こんなの…………嘘じゃ、嘘じゃよ………………」
叫んだ。
「望夜あああああああああああ!」
――――どんな存在だとしても、シャイニングエクゾダスの光の下にその姿は消える。
望夜の消滅を窓際から見届けたジャネットは部屋の中で独り言ちた。
「そうか……終わったんだね。だからボクは思い出したのか、あの時何があったのかを、ボクがこれから何をしなければならないのかを………………」
ジャネットが部屋の中で佇んでいるとドアを“こんこん”とノックする音が聞こえた。それをした人物は返事を待たずに中へと入ってくる。
「ジャネット、私に重要な話があるって?」
「ああ、コスモフラワー。悪いね、せっかくのパーティだっていうのに呼び出して」
「別に、私と馴れ合いたい人なんて居ないし」
「………………………」
静かにジャネットは語り始めた。
「カンパネルラの事だ。実はようやく殺した犯人が分かってね、それを君に伝えようと思ってたんだ」
「……! 一体誰なの!? 彼を殺したヤツは!」
「それは………………」
刹那、ジャネットはまるで魔女のように邪悪な笑みを浮かべた。
「それは“ボク”だよ」
「…………え?」
唖然とした表情で状況が理解できないコスモフラワーにジャネットは続ける。
「彼は強情だった。いくら闇の危険性を説いても、EXPシステムをボク達に渡そうとはしなかった。だから彼には死んでもらったんだよ。君から学習する事も出来るけど、その為には彼が邪魔だったしね」
「ジャネット……あなた何を言って………………」
あっけらかんとジャネットは言う。
「楽しかった? ボクとの『友情ごっこ』。クフフ……どんなに悪ぶって見せても君は愚かで純粋で人を疑うという事を知らない無垢な少女だ。大切な人を殺した相手だとも分からず子犬のように懐いてくる君はとっても可愛かったよ」
「ジャネット……ジャネットぉぉぉぉ!」
「あれ? 怒ったの? 真実を聞かされるまで恋する乙女のような瞳でボクの事を見つめていた癖にさぁ!」
「…………してやる」
コスモフラワーは髪を逆立て鬼のような形相で叫んだ。
「殺してやるゥゥゥゥゥゥ!」
怒りのままにジャネットへと駆け寄り、にやけたツラのその首に両手をかけた。体が簡単に浮き上がるほどの剛力に抵抗することすらままならない。
(そうだ……これでいいんだ………………)
ワーズワースはこの街が本当に正しく戻ったのかを確認するためにアルトゥースと共に調査を行っていた。だが、本当の目的は別にあった。アルトゥースが何故よそよそしくするのかの理由を知った今、ワーズワースはその憂いを絶たなければならないと思っていた。
仕事も大方片付き、二人っきりになれたところを見計らってワーズワースは切り出した。
「あ、アルトゥース、少しいいか?」
「はい、なんですか?」
「あー……えーっと、なんだ…………。その……お、お前は私のモノになれ! アルトゥース!」
「…………つまりそれは」
恥ずかしさで赤面しながらワーズワースは言った。
「そうだ、プロポーズだ! かつて、私はお前の気持ちが分からずに傷つけてしまった。だがこれは罪悪感からではない。お前と疎遠になって初めて私は自分の気持ちに気づけた。もし、まだ私の事を好きでいてくれたら答えてほしい」
「……………………」
アルトゥースは静かに言った。
「僕は嫌ですよ」
「!」
拒絶の言葉を聞いたワーズワースは動揺し、そして残念そうに呟いた。
「そ、そうか…………まあ、当然か…………。学生の時からずっと追いかけてくるような重い奴を受け入れてくれるわけもないよな…………は、ははは…………すまなかった……私はお前が誰にでも優しいから勘違いしてしまっていたようだ。このことは忘れてくれ……………」
「……………………」




