第五章 3 全ては闇
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――――――――闇を。
――――――――――――闇の中を歩いていた。
コッコッと足音が響いていた。いつからそうしていたのか、初めからだったのか? 人は初めから無意識の内に闇の中を歩かされていたのか? 一体誰に?
道端に散らばる瓦礫の山がここが退廃的で何も生み出さない場所だという事を教えてくれる。望夜はこの場所を知っていた。ここには“アイツ”が居る。
瓦礫の山の上に腰かけて足を組み、それはやってきた望夜に声をかけた。
「久しぶり……とでも言うべきかなぁ? 概念である私には命論どもの時間感覚というのはよく分からないのだけれど」
「望夜の闇………………」
それは概念存在であり、全ての『望夜』を司る“闇”そのものだった。姿形こそ子どものようであるが、実際はそんな生易しいものではない。
「“同じ”とはいえ、まさか概念領域に再び侵入してくるなんて、命論の“レベル”も少しは上がったって事なのかしら?」
望夜は自身と同じ顔をした女に言う。
「あなたはのかなちゃんを殺した。それだけじゃなく、運命を支配し様々な人を苦しめた。だから破壊されなければならない」
「んー…………それは合っているとも言えるし間違っているとも言えるわね」
「誤魔化すつもり?」
「いやいやそんなまさか………………この望夜の闇は真実を言っているだけだよ。命論は忘れてしまっているみたいだから特別に思い出させてあげよっか、あの時の事を」
ぱちん、と望夜の闇が指を鳴らすと、望夜は自身の手が血に濡れている事に気づく。そして目の前にはの見た事も無いはずの“知っている”死体が横たわっている。それを見ているとどういうわけか心臓が早鐘を打ち、息が荒くなる。
「!」
「命論であり、ただの器に過ぎないとはいえ、竜は強くてね。この望夜の闇ですら割と苦戦したなぁ。そのせいで闇をほんの少しだけだけど“掠め取られた”。人格保存装置である不死炎により制御までされちゃうなんて、オルライト様が覚醒しておられたら概念破壊を免れないくらいの失態だったね」
「何を……言ってるの?」
望夜の闇は楽し気に語る。
「どうしてお前が千里眼を初めとした様々なアビリティを使えて、他の望夜では扱えない闇の力すら持っているのか、考えた事はある? 無いよね? 不死炎により縛り付けられて、思考が制限されているから。とっても簡単な話だよ、お前は私で私はお前。お前の正体は闇、この望夜の闇から切り取られた闇の一部なんだから」
「…………………!」
瞬間、望夜は全てを理解した。自分自身が過去だと思っていた事、“のかな”の事、自分を姉だと慕う妹が本当は誰を慕っていたのか何もかもを鮮明に思い出し、その真実の重さに顔を歪めた。
「そっか……私は記憶の欠落からいつからか天使様の存在を現実だと捉えるようになっていたんだ…………こんな…………こんな事が………………っ!」
「回収には端末程度でも十分だと思っていたのだけれど、どいつもこいつも不甲斐なくて。ま、いいわ。理解したのなら闇に戻りなさい。闇が分かたれた状態はあまり良いものではないの」
「………………………」
望夜は血に濡れた手を握りしめると闇を切り裂くような鋭い視線を向けた。
「それでも……それでも私は引き継いでここに来たんだ。ホロやミリ=バアル、そして…………“私”の思いを。私が何者だとしてもこの『決意』は変わらない。闇は破壊されなければならない」
「……………………」
望夜の闇は面倒臭そうに言った。
「まあ、そう簡単に話が着くなんて私も思ってはいないわ。『不死炎の少女』……竜達の間に伝わるカビの生えた伝承によるとそれは私の邪魔をする愚かな存在のようね。この世界には『秩序』が必要なの。過ぎた力を持てばやがて世界という枠組みすら壊し、誰も止める事の出来ない厄災へと変わる。それを未然に防ぐのが『望夜』という機構。『最強』という力の上限を規定し、世界を守る者……『救世主』なのよ。だというのにお前はその役目を忘れ、あまつさえ上位存在である私に牙を剥くという………………許されざる行為だわ」
闇の中よりサーベルを召喚し、望夜の闇は構える。
「誰が主人なのか少し分からせてあげるわ。所詮は命論、その身を刻まれ血を流せば、論理的正しさなど必要無しにその精神すらも屈服せざるを得ない」
「……!」
――――闇が歪む。
「我は救世主なり、ウェヒヒヒヒヒヒヒ!」
闇が輝きを放つとしたらそれは視覚的な物ではない。“死”――――そのものだ。それが線のような錯覚として人の脳に映し出されているのだ。
概念存在である望夜の闇の挙動は物理的な制約を受けない。幽霊のように上空から降りかかり、そして地を滑る怨霊のように命を刈り取る。
だが、万物王である望夜もまた物理法則を超越している。振るうサーベルは虚空を切り裂き、返す刃は嵐を起こす。
二つの強大な力はまるで彗星のように離れては近づき、束の間交錯しては激しく火花を散らす。
「ざぁーこ、ザコザコ、雑魚命論!」
「くっ!」
望夜の力が闇を源流とするものならば、その大本である望夜の闇に勝る道理は無い。まして通常領域とは異なる概念空間では不利は否めなかった。
(強い……! のかなちゃんみたいな技術的な強さじゃない、スペックが桁外れに高い事で他の全てを圧倒するような歪んだ強さだ。真正面からはとてもじゃないけどやりあえない。でも、だからこそ対処法はある)
望夜は構えを変え、攻撃に対して防御的に立ち回り始めた。魔法少女である事の優位性を活かし、杖から発生するバリアをまるで盾のように使って攻撃を受け流す。
「そんな小細工でこの望夜の闇をどうにかしようだなんて…………低次元な発想ね」
「……………………」
シールドを使って器用に立ち回る事で巻き返しを図る。だが、そんな戦略を嘲笑うかのようにさらにパワーを上げて望夜の闇は踏み込み、望夜の手からサーベルを弾き飛ばした。
「もらった!」
(……ここだ!)
望夜の闇の視線が宙を舞うサーベルに移った一瞬の隙を突き、望夜は盾のように扱っていた杖のエネルギーを今度は剣のように練り直し、踏み込み過ぎて回避の遅れた望夜の闇を切り裂いた。
「!」
恐るべき反射神経により、致命傷こそ避けられてしまうがそれでも切断された腕は地面に落ち、断面から黒い煙をくゆらせる。
人間なら叫び声をあげてもおかしくないほどのダメージのはずだが、望夜の闇はそもそも痛覚という物が存在しないのか平然と起こった事を分析する。
「ふーん…………まあ、流石にお遊びが過ぎたかしら?」
「素直に一杯食わされたと言えばいいよ」
「……命論は何か勘違いをしているようね。それとも理解しているからこそ、目を逸らしているのかしら? 概念の力に抗う術を持たない矮小な存在だという事に」
望夜の闇は暗黒の力をその身に滾らせると、呪文のように呟く。
「【全ては闇】」
――――歪み/捻じれ/狂う。
現実が/因果が/結果が、時間という【概念】を無視して逆行し、世界を/未来を/空間を自在に作り変えた。
そして気が付くと望夜はまるで『事象を押し付けられた』かのように片腕を失い、望夜の闇は何事も無かったかのように五体満足で佇んでいた。
鈍い痛みに襲われた望夜は理解が追い付かず、感情のコントロールも出来ずに叫ぶ。
「うあああああああああ!」
「私にとって『何が起こったのか』はさして問題ではないの。どんな『結果』であろうとも、それが誰に及ぶのかは私が選ぶのだから。お前達は決して『真実』とか『底』にはたどり着かない。そう……全ては闇なのだから!」
闇は尊大に告げる。
「“千里眼”してみなよ、この望夜の闇を」
「くっ、うっ……ぐっ………………」
望夜は痛みに蝕まれながら“スキャン”するかのように視界に緑の線を横切らせるが、途端に砂嵐のようなノイズが走り、それは無意味となる。
「闇に『果て』なんてものは無いの。お前達がどんなにもがき、底を求めて彷徨ったとしても、闇は無限に広がり、終わりを見せる事は無い」
闇は嘲笑うかのように告げる。
「せっかくだから辞世の句でも聞いてあげようかしら。どう? 何か言い残す事はある?」
「…………あれば」
「ん?」
望夜は痛みを堪えながら闇を睨みつけて言う。
「光さえあれば…………!」
「!」
それを聞いた瞬間、望夜の闇は獰猛な肉食獣のように破顔し、そして心底愉しそうに呟く。
「ウェヒ! うぇひひひひ! そう……お前は光が欲しいというのね。ならば、その願い叶えてあげようかしら。光を求め続けてきた者が光に呑まれて死ぬ、考えただけでも素敵ねぇ。準備してあげるわ、ちょっと待ってね」
望夜の闇は暗黒へと姿を消した。その姿が次に現れた時、望夜には本当の終わりが来るだろう。圧倒的な力の差の前にひとかけらの勝機も見出す事が出来ない。だとしても、望夜の心はまだ折れてはいなかった。
(サーベルを振るうだけの余力は残されていない。でも、波動銃の引き金を引く事くらいは出来る。せめて一撃……一撃だけでも…………! だけど、敵の位置が分からない。このままじゃ何もできないで終わるだけだ。一体どうすれば………………)
望夜は走馬灯のように過去の出来事を思い出した。友達の事、今まで戦って来た敵の事、楽しかった事、悲しかった事、ジャネットに見せられた変な映画の事。そして、その事が脳裏にある種の可能性を見出させた。
(この世で初めて光を見つけた人は「光あれ」と言うだけでそれを成し遂げたらしい。でも……そんな都合のいい事があるはずがない。仕組みを知らない人には魔法のように思えても、実際には深い洞察と絶え間ない実験と検証で答えを見つけ出したはずだ。闇が『全て』だというのなら、その中に光もあるはず。そして、それを見つけ出す方法もどこかにきっとある!)
自らの千切れた腕へと這い寄り、望夜は己の胸に手を当てるとそこから不死炎の力の一部を取り出した。
(不死炎の力は闇さえも作り変えるほどに強力だ。おあつらえ向きに材料はあるし、一か八かやってみる価値はある)
腕を不死炎の力により変化させ、新たなる生命として『モグラ』を生み出した。
(『モグラ』は太陽を求め、それを見る事によって目が潰れるという逸話を持った生き物だ。実際がどうであれ、この概念世界ではそれは真実になる)
キョロキョロと何かを探すように辺りを見渡した『モグラ』は土を掻き分けるかのように宙に昇っていくとやがて闇の天井を穿ち、世界に一筋の光をもたらした。
『モグラは太陽を求めて地上を目指すが、それを見た瞬間に目は潰れて光を失う』
太陽の光を受けてリィドライトで作られた波動銃が波動を放つ。それは闇へと伝わり、その中に潜む邪悪をいぶり出す。
「分かる……闇の中に潜む悪意の場所が! そこだ!」
望夜が波動銃を向けると望夜の闇もまた同じように銃を構え、突きつける。永遠にも思えるほどの一瞬の後に引き金が引かれる。
「【初めに闇ありき】――――シャイニングエクゾダス」
数々の敵を葬って来た破壊の光が今度は望夜に襲い掛かる。枷の外れた暴力の前ではチャージされた波動銃であっても無力だ。
望夜の体は抵抗も出来ずに光に呑まれる。
「ウェヒヒヒヒヒヒ! どう!? 今まで縋っていた力に滅ぼされる気分は?」
「………………おおおお」
「…………!?」
もし本当にシャイニングエクゾダスの力が“無限”だというのなら、その“反動”もまた無限であるはずだ。当然ながら無限の反動に耐えられる者は存在しない。ならば、なぜ望夜は今まで滅びずに居られたのだろうか?
万物力は無限の反動をコントロールする事が出来る能力だった。無意識の内に行っていたそれが今、無限の攻撃力と釣り合い、空へと至る。
「おおおおおおおおおおおお!」
シャイニングエクゾダスを波動銃に込め直し撃ち返す。それは闇を穿ち、巨大な風穴を中心にぶち開けた。
“ぱぁん”という音が他人事のように通り過ぎて行った。煙が揺らめき、焼けた闇がタールのように臭かった。どこかで嗅いだ事のあるそれが望夜の脳裏に何かを思い出させようとしたがそれは形にはならなかった。
「そ……そんな………………」
闇が己に刻まれた空洞に震え、叫んでいた。
「そんな馬鹿なあああああああああああああ!」
「シャイニングエクゾダス――――“返し”」




