第十七話 目まぐるしい変化
ガードナーの亀裂対応が閣議決定された日の夕方。
司さんは舌打ちしながら事務所を出ていった。
「ちょっと協会に顔出してくる。認可の件、確認しないと気が済まない」
「社長、お疲れ様です」
「お気をつけて」
俺たちはそんな司さんを見送った。
☆
司さんが出ていった後も、訓練は普段通り続いた。今日は桜華とシオンも参加している。
「じゃあ、基本動作から確認するぞ」
「はーい」
桜華がガードナーに乗り込み、慣れた様子で起動させる。隣では香織さんが、その動きをじっと観察していた。
「……桜華さんの動き、なんか滑らかですね」
「見て覚えようとしてるのか?」
「はい。参考になりそうで」
香織さんは桜華の旋回の仕方を真似ようと、何度も動きを繰り返していた。だが、どこか噛み合わない。
「香織、重心のタイミングがずれてる」
俺は容赦なく指摘を飛ばした。
「同じように動こうとして、逆に硬くなってるぞ。人の真似する前に、まず自分の軸を固めろ」
「……厳しいですね」
「厳しくして悪いか」
「いえ……ありがたいです」
香織さんは素直に頷いて、動きを修正し始めた。
一方、桜華とシオンは、思った以上に楽しそうに機体を動かしていた。
「ほら、シオン、そっち来る!」
「分かってる!」
二人の連携は、短期間とは思えないほど様になっていた。元々同じチームにいたこともあって、呼吸が合っている。
「……すごいな」
坂本が呆然とした様子で呟いた。
「世界ランクの人たちの動きって、こんな感じなんですね」
「まあ、二人ともトップクラスだからな」
無駄のない旋回。距離の取り方も正確だ。
二人とも、機体の癖まで身体の一部みたいに扱っている。
☆
訓練を終えて、夕食の時間になった。みんなで食堂に集まって、今日あった出来事を話しながら箸を進める。
「桜華さんたちが来てから、だいぶ活気出ましたね」
「ほんとですね」
そんな和やかな雰囲気の中、誰かが点けていたテレビから、速報のチャイムが鳴った。
『速報です。政府は本日、樹海の亀裂対応にあたるガードナー運用企業として、サツキネクサスを正式に認可したことを発表しました』
箸を持つ手が、全員同時に止まった。
「……サツキか」
「まあ、そうなるよな」
画面には、記者会見に臨む修二の姿が映っていた。
『このたび、政府からの要請を受け、サツキネクサスとして樹海の事案に対応させていただくことになりました』
修二は堂々とした態度で、カメラに向かって話していた。
『亀裂から未確認生物が出現した際には、我が社のガードナーが現場対応にあたります。国民の皆様の安全を守るため、全力を尽くす所存です』
「設備も人員も、うちとは桁が違いますからね」
「政府としても、最初に任せるなら大手を選ぶか」
「でしょうね」
「うちも、いつかあれくらいにならないとな」
「分かってるよ」
「でも、ちょっと悔しいですね」
「それは同感だな」
「社長が帰ってきたら、絶対不機嫌な顔してますよ」
「むしろ楽しみになってきた」
そんな軽口が飛び交う中、桜華の箸が止まっていた。
☆
食事を終えて、俺は桜華とシオンと一緒に社宅に戻った。
「……なあ、桜華」
「何?」
「これから、どうするつもりだ」
玄関で靴を脱ぎながら、俺は改めて尋ねた。サツキネクサスには、まだ籍が残っている。この状況のまま、うやむやにしておくわけにはいかない。
「決めてる」
桜華は迷いのない声で答えた。
「わたし、アークライトに移籍する」
「……本気か」
「本気よ」
桜華の目には、はっきりとした決意が浮かんでいた。
「でも、お前、契約はどうするんだ。サツキと、まだ切れてないだろ」
「それは……なんとかなるでしょ」
「なんとかって」
「契約は残ってるけど……まあ、話せば分かるでしょ」
軽く言ってのける桜華の横で、シオンが表情を曇らせていた。
「……桜華、それ、甘く見すぎじゃないか」
「え?」
「あそこの社長の息子、まともな神経してないぞ。簡単に手放すとは思えない」
シオンの声には、珍しく緊張感があった。
「大丈夫よ、別に」
「ボクは大丈夫だと思えない」
「……とにかく、わたしは移籍する。それだけよ」
俺はそれ以上、何も言わなかった。
☆
翌日。
工場の前に、見慣れない高級車が停まった。
「小山さん、お客さんです」
霜山さんの声に促されて、俺は外に出た。車から降りてきたのは――。
「……雄介」
皐月雄介が、涼しい顔でそこに立っていた。
「久しぶりですね、小山さん」
「……何しに来た」
「決まってるでしょう」
雄介は、にこやかな笑みを浮かべたまま言った。
「桜華さんを、迎えに来ました」




