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ガードナー・リビルド ~大手をクビになったおっさん整備士、無名チームと駆け上がる~  作者: ねこぱんだ
一章 ガードナーリビルダー

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第一話 解雇

第一話 解雇


 練習場では、二体の人型ロボット――ガードナーが動いている。

 俺はその動きを見比べながら、マイクを口元に寄せた。


「桜華。調子はどうだ?」


『以前より右脚の反応が鈍いです。その他は問題ありません』


 俺はログを追った。


「右膝か……」


『……分かりますか?』


「バランサーだな。昨日の調整からだろ」


『……正解です』


「十三年、お前のガードナー見てるんだぞ。分からない方がおかしいだろ」


『……だから、あなたに任せているんです』


「シオン、お前の方はどうだ?」


『問題ありません。むしろ調子が良すぎて怖いくらいです』


 白銀シオンの声は、いつも通り落ち着いている。


「良すぎるのも考えものだぞ。オーバーチューンは怪我の元だ。明日、一度標準値に戻して測り直そう」


『了解しました』


 桜華の右脚のログを洗い出す。

 バランサー、関節、駆動系。

 数値を確認し、原因を絞っていく。


 ある程度話が済んだところで、後ろから声をかけられた。


「小山さん」


「ん?」


 振り返ると、サービスチームの後輩が立っていた。


「……チーフが呼んでます」


 表情が硬い。

 心当たりはなかったが、気にせずに立ち上がった。


「分かった。桜華、シオン、また明日な」


『はい』


『了解です』


 二人の返事を聞いて、俺はマイクを切った。


「小山さん」


「なんだ?」


「……いや。何でもないです」


「そうか」


 俺は椅子から立ち上がると部屋を後にした。


  ☆


 サービスチームの所属部屋に着くと、チーフが机の前で腕を組んで座っていた。

 俺が入ってきても、すぐには顔を上げない。


 机の上に週刊誌が置いてあった。

 開かれたページには、写真が載っていた。

 俺と桜華が並んで話している。

 数日前の社内ミーティングの時のものだ。


 だが見出しには『ガードナーの女王・桜華に熱愛疑惑 お相手は専属サービスマン?』とある。


 長い黒髪に、すらりとした長身。

 ガードナーを降りても、人目を引く女だ。

 そんな桜華と俺が並んでいる。

 写真だけ見れば、確かに誤解されても仕方がない。


 俺はチーフの前で真っ直ぐに立った。


「呼びました?」


「……小山」


 チーフはようやく顔を上げたが、目を合わせない。

 何かを言おうとして、口を開いては閉じている。

 この人がこんな顔をするのを、初めて見た気がする。


「はっきり言ってください。俺、鈍いんで遠回しなのは苦手なんです」


「……お前を、解雇することになった」


「……解雇、ですか?」


 口にしてみても、実感が湧かない。


「上からの決定だ。俺にはどうにもできなかった。すまん」


 チーフは深々と頭を下げる。


「理由を聞いても?」


「コスト削減だ。来期からサービス部門の体制を変えることになった」


「体制を変える?」


「これまでベテランが個別に見ていた部分を減らして、メーカーの標準データと若手中心のチームで回す。定期点検も一部は外注するそうだ」


「……なるほど。つまり、俺の給料が高いから?」


「それもある。お前はベテランだ。若手を三人入れても、人件費だけならお前一人より安い」


「でも、経験は?」


「そこは俺も言った。お前が抜ければ現場に影響が出るってな」


 チーフは苦い顔をした。


「ただ、上は『属人化をなくす』と言っている。誰か一人の経験に頼らなくても整備できる体制にしたいらしい」


「……ベテランがいなくても回るようにする、と」


「ああ」


「だったら、どうして今なんです? もっと体制が整ってからでも……」


 チーフの視線が、机の上の週刊誌へ落ちた。


「桜華の件が大きかった」


「……そういうことですか」


「俺としては、お前を担当から外せば済むと考えていた。だが、スポンサーへの説明まで考えると、それだけでは足りないという判断になった」


「タイミングが悪かった、と」


「そういうことだ」


 俺は黙って週刊誌を見た。


 コスト削減。

 サービス部門の再編。

 そこに桜華との写真まで重なった。


 ……まあ、切られる理由としては十分か。

 それでも、気分は悪い。


「……分かりました」


 俺はできるだけ静かにそう言った。


「……本当にすまん。俺にはどうすることもできなかった」


「気にしないで下さい。荷物、まとめてきます」


 それだけ言って、俺は部屋を出た。


  ☆


 ロッカーを開ける。中には私物はほとんどない。


 ガードナーの整備に使う工具は、全部会社の備品だ。

 精密測定器も、センサー調整用の端末も、何年も使ってきた工具も置いていく。

 使い込んだドライバーのグリップに、一瞬だけ手が伸びかけた。

 これも会社の備品だ。

 俺のものじゃない。

 腕時計と財布だけを手に取った。


 部屋を出ると、さっきの後輩が追いかけてきた。


「小山さん」


「ん?」


「……本当に辞めるんですか?」


「辞めるんじゃない。クビだ」


「……すみません」


「お前が謝ることじゃないだろ」


 俺は笑った。


「桜華の右膝、今日の調整で終わりじゃない。明日の朝一でログを確認しておけ」


「……はい」


「あと、シオンの出力設定。上げすぎるな。本人が大丈夫と言ってもだ」


「分かりました」


「じゃあな」


「……はい。お疲れさまでした」


 彼は何度も振り返りながら戻っていった。


  ☆


 アパートに戻った俺は、机の上にノートパソコンを置いた。

 会社を辞めた以上、明日から仕事があるわけじゃない。


 求人サイトを開いて、条件を入れていく。

 ガードナーのサービス経験十三年。

 資格なし。

 大手専属。

 検索結果はどんどん減っていった。


 年齢、三十五歳。

 そして最後の条件を入れたところで、俺は検索画面を閉じた。


「……まあ、そうなるよな」


 俺はスマートフォンを手に取った。


「流行りの配信でもしてみるか」


 仕事がなくても、ガードナーを見るくらいならできる。

 どうせ見るなら、気づいたことを話してみてもいい。

 何もしないで待っているのは性に合わない。


 『ちくタック』を、数ヶ月前に登録したアカウントで立ち上げる。

 ちなみにユーザー名は『でかめろんちゃん』だ。


 このアプリを桜華に教えてもらったことを思い出しながら、俺は適当なタイトルをつけて、スマートフォンを机に立てた。


 タイトルは――


『元専属サービスがガードナーを見てみる』


 配信スタートだ。


 最初に入ってきたのは一人だった。

 まあ、そんなものだろう。

 桜華は開始と同時に五千人は集まるといっていたが。


 俺は気にせず、昼間に見かけた映像を流した。

 どこかの企業のプロモーションだ。


 右足を出す。

 着地した瞬間、機体の腰がわずかに沈んだ。


「……違う」


 俺は動画を巻き戻した。

 視聴者が二人になった。


 もう一度、右脚だけを見る。

 着地の瞬間に、一度だけ妙な戻り方をしている。


「バランサーじゃない」


 右足の戻り方を見る。


「入力補正か……」


 コメントが一つ流れた。


『そんなことが分かるの?』


「ベテランなんで」


 俺は画面を止めた。

 視聴者が三人になる。


「これ、二重に補正が入ってるんじゃないか?」


 実機を見ていないので、断定はできない。

 それでも、映像を見れば気になる箇所くらいはある。


 しばらくして、またコメントが入る。


『どこかで見たと思ったら、今日の週刊誌に載ってた人じゃない? 桜華さんと熱愛っていう専属の人』


「……それはねつ造です」


『ということは、今日サツキネクサスをクビになった人?』


 俺の手が止まった。

 どうして俺がクビになったことが知られているんだ。


「……誰から聞いたんですか」


『サツキネクサスの公式SNSで発表されてた』


「……すみません。今日はこの辺で落ちます」


 俺は終了ボタンを押した。


  ☆


 ところが、翌朝。

 スマートフォンの通知が、やたらと増えていた。

 配信の後から着信音が鳴り止まず、ミュートにしていたんだが。


「なんだこれ……」


 寝ぼけた頭で画面を見る。

 昨日の配信を切り抜いた動画が、いくつか投稿されている。


『この人、桜華の隣にいたサービスマンじゃね?』


 その投稿に添えられていたのは、週刊誌に載った写真だった。

 俺と桜華が並んでいるだけの姿を撮った一枚。


 さらに別の投稿。


『ガードナーの女王の熱愛疑惑の相手、昨日サツキネクサスをクビになったらしい』


『ざまあ』


『配信も面白くなかった』


『でも。この人、整備の話になると急に詳しくなる』


『昨日の配信見たけど、普通にガードナー詳しくない?』


 投稿についたコメントが、数分おきに増えていく。


「……勘弁してくれ」


 俺は頭を掻いた。


 することがなかったから配信をしただけだ。

 まさか桜華との写真まで掘り返されるとは思わなかった。


 スマートフォンを伏せる。


 そのとき、画面がまた震えた。

 コメントではなくDMだった。


『昨日の動画解説について』


「……?」


 何事だと思って開く。


『突然のご連絡失礼します。アークライト株式会社、ガードナーサービス係の霜山と申します』


 そこまで読んで、俺は眉をひそめた。


『昨日の配信について、いくつか確認したいことがあります。もし可能でしたら、一度お話を伺えませんでしょうか』


 その下に、担当者の連絡先。

 電話をかけると、すぐに繋がった。


「アークライト株式会社、ガードナーサービス係の霜山です」


「初めまして。小山高吉と申します。DMを頂いた件なんですが」


「ああ。でかめろんちゃん様ですね。お電話、お待ちしていました。早速ですが入力補正が二重だと判断した理由を聞いてもいいですか?」


 俺は変なユーザー名にしたことを後悔した。


「着地した瞬間の腰の沈み方です」


「それだけで?」


「あとは右足の戻り。バランサーなら戻り方が違います」


「……なるほど」


「何か問題が?」


「実は弊社の整備担当が、全く原因が分からず困っておりまして」


「そうでしょうね。第三世代のクセみたいなものですから」


「実機のログは見ましたか?」


「まだです」


「だったら、まずログを見てください。俺の見立てが外れてる可能性もあります」


電話の向こうが少し黙った。


「……小山さん」


「はい」


「実は、うちの整備担当も同じところで詰まっています」


「そうですか」


「一度、実機を見てもらえませんか?」


「……俺でいいんですか?」


「昨日の動画を見て、そこまで絞り込める人に来てほしいんです」


「分かりました。何時に行きましょうか?」


「そうですね。それでは正午に来て下さい!」


 電話を切って、俺はスマートフォンを机の上に置いた。

 昨日まで、明日からどうするかすら決まっていなかった。


 それが今は――。


「……ガードナーを見に行く仕事、か」


 思わず、口元が緩んだ。

 クビになった翌日に、別の会社から声がかかる。


「アークライト株式会社。どんなガードナーが待っているんだろうな」


 俺は少しだけ、胸が高鳴るのを感じていた。

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