いつもと違う隣
冬休みが終わり、三学期が始まった。
久しぶりの学校には、いつもと変わらない朝の騒がしさが戻っていた。
晴が教室に入ると、後ろの席から声が飛んでくる。
「おーい、晴! 遅いぞ!」
「いや、始業時間にはまだ早いだろ」
「そういう細かいところがダメなんだよ、お前は!」
「何がダメなんだよ……」
蓮は朝からいつも通りだった。
晴が呆れたように笑っていると、教室の入り口から美咲が顔を出した。
「おはよう、晴。蓮」
「おはよ、美咲!」
「おう、おはよ」
美咲は二人に手を振ると、自分の席へ向かった。
「冬休み、あっという間だったね」
「ほんとそれな。もっと休みたかったわ」
蓮が机に突っ伏す。
「蓮は休み中ずっと遊んでたんじゃないの?」
「遊ぶのと休むのは別だろ?」
「何言ってるの……」
美咲が呆れたように笑う。
晴もその様子を見て、自然と口元を緩めた。
「そういえば、草津旅行楽しかったよな」
「おっ、急にいい話するじゃん!」
「急にってなんだよ」
「いやー、雪合戦で晴にやられた恨みは忘れてねぇからな」
「まだ言ってんのかよ!」
蓮が大げさに立ち上がると、美咲が慌てて手を振った。
「ちょっと、朝から騒がないの!」
「だってこいつが!」
「はいはい。二人とも座って」
美咲に促され、晴と蓮は渋々席に戻る。
そのとき、教室の扉が開いた。
「おはよう、みんな」
遥が入ってくる。
「おはよ、遥!」
晴が笑顔で声をかけた。
「おはよう、晴。蓮くん、美咲」
「おう、おはよ!」
「おはよう、遥」
遥は4人のもとへ歩いてくると、少し楽しそうに笑った。
「蓮くん、雪合戦の話?」
「そう! 聞いてくれよ、遥!」
「またその話してるの?」
美咲が苦笑する。
「だって晴が俺の顔面に……!」
「蓮が油断してただけだろ」
「美咲も見てたよな!?」
「うーん……蓮が悪かったんじゃない?」
「美咲までー!」
4人の笑い声が教室に広がる。
遥も声を上げて笑い、美咲はそんな彼女を見て微笑んだ。
冬休みの間、4人で過ごした時間は本当に楽しかった。
雪合戦で騒いだこと。
旅館で遅くまで話したこと。
また4人で旅行しようと約束したこと。
思い出すだけで、自然と笑顔になる。
「そうだ、遥。旅行の写真、持ってきた?」
晴が尋ねると、遥は鞄の中を見た。
「あ、うん。現像してきたよ」
「マジか! あとで見せてくれよ!」
蓮が身を乗り出す。
「もちろん。美咲にも見せたいし」
「楽しみだね!」
美咲が笑う。
そのとき、始業のチャイムが鳴った。
「やべ、先生来る!」
蓮が慌てて席に戻る。
晴たちはそれぞれの席に座り、三学期最初の授業が始まった。
いつもと変わらない朝。
いつもと変わらない4人。
だけど、冬休みを越えた彼らの時間は、少しずつ新しい季節へ進み始めていた。
昼休み。
晴たち4人は、いつものように机を寄せて昼食を取っていた。
「そうだ。みんな、これ見て!」
遥が鞄から小さな封筒を取り出した。
「おっ、もしかして今朝言ってた草津の写真?」
蓮が興味津々に身を乗り出す。
「うん」
遥が写真を机の上に並べると、4人は一斉に覗き込んだ。
「うわ、少し前のことなのになんか懐かしいな!」
晴が最初の写真を手に取る。
そこには、雪景色を背景にした4人の姿が写っていた。
「これ、撮る直前に蓮が転びかけてたやつじゃん」
「おい! そこは写ってないだろ!」
「でも顔がめっちゃ焦ってるぞ」
美咲が写真を見て笑う。
「ほんとだ。蓮、すごい顔してる」
「美咲まで笑うなよ!」
蓮が不満そうに言うと、遥も小さく笑った。
「この写真、私も好き」
「だろ? 俺がいい感じに写ってるからな!」
「蓮は半分しか写ってないけどな」
「晴、お前なぁ!」
また言い合いを始める二人を見て、美咲は楽しそうに笑った。
写真を一枚ずつ見ていく。
雪合戦の途中で撮った写真。
旅館の食事を前に、嬉しそうな顔をしている蓮。
雪景色を眺めながら、静かに笑っている美咲。
どの写真にも、4人で過ごした時間が残っていた。
「これ、晴と遥じゃん」
蓮が一枚の写真を取り上げた。
そこには、雪の積もった道の端で並んでいる晴と遥が写っていた。
「いつ撮ったんだ、これ?」
「たしか、雪景色を見てたときだよ」
遥が答える。
「へえ。二人とも、なんか絵になるな」
「そうか?」
晴は写真を覗き込み、首をかしげた。
「普通に立ってるだけだろ」
「そういうところだよな、晴は」
「何がだよ」
蓮が呆れたように笑う。
美咲も写真を見つめた。
晴は自然な笑顔を浮かべていて、遥も隣で穏やかに笑っている。
二人の距離は、ほんの少し近かった。
美咲の胸の奥が、かすかにざわつく。
――仲いいな。
そう思ったあと、すぐに自分で打ち消した。
遥は大切な友達だ。晴も、昔からずっと一緒にいる幼なじみだ。
二人が仲良くするのは、嬉しいことのはずだった。
「……いい写真だね」
美咲は笑顔で言った。
「だよね。私も気に入ってる」
遥が嬉しそうに答える。
その表情を見て、美咲は自然に笑い返した。
「遥、やっぱ写真撮るの上手だよね」
「ありがとう。みんなといると、撮りたい瞬間がたくさんあるから」
「じゃあ、今度は私と晴の写真も撮ってよ」
美咲は冗談っぽく言った。
「もちろん。今度撮ろう」
遥はすぐに頷いた。
その返事に、美咲は少し驚いたあと、柔らかく笑った。
「……うん。ありがとね」
「お、じゃあ俺と晴のツーショットも頼むわ!」
「それは別にいらないかな」
「なんでだよ!」
蓮の声が教室に響き、晴が吹き出す。
美咲もつられて笑った。
胸の奥に生まれた小さな嫉妬は、まだ誰にも気づかれない。
そして美咲自身も、この気持ちに気づいてはいたが、それを深く考えようとはしなかった。
ある日の昼休み、美咲が晴に声をかける。
「ねえ、晴。今日、一緒に帰らない?」
「おう、いいぜ。いつもの玄関で待ち合わせな」
「うん!」
美咲は嬉しそうに笑った。
放課後。美咲は昇降口で晴を待っていた。しばらくして、晴が少し急いだ様子でやってきた。
「美咲、ごめん! 待たせた」
「ううん。大丈夫だよ」
「遥がちょっと困っててさ、数学の課題ノートを職員室まで持っていくの、手伝ってたんだ」
「そっか。遥、大丈夫だった?」
「ああ。ほんとすまん」
「いいよ。晴が誰かを助けるのは、いつものことだし」
美咲は笑って答えた。
二人は並んで歩き始める。
けれど、しばらくして晴が何気なく口にした言葉に、美咲の表情が少し変わった。
「でも、美咲なら分かってくれると思ったんだよな」
「……どういう意味?」
「え?美咲なら、俺のこういうとこ分かってくれるって思ってたんだ」
「……そっか」
美咲は視線を落とした。
「でも、晴は私が待ってること、忘れてたんでしょ?」
「いや、忘れてたわけじゃないって。ちょっと遅れただけだろ?」
「そうだね。ちょっと遅れただけ」
美咲の声が、少しだけ硬くなる。
「……美咲?」
「晴って、いつもそうだよね」
「何が?」
「私なら分かってくれる、私なら大丈夫って。晴はそう思ってるんでしょ?」
晴は戸惑いながら答える。
「そんなつもりじゃないけど……。実際、美咲はいつも分かってくれるだろ?」
「……そういうところだよ」
美咲は足を止めた。
「私だって、楽しみにしてたんだよ。今日、晴と一緒に帰るの」
「それは……悪かったって。ちゃんと謝ったし、今一緒に帰ってるじゃん」
「そういうことじゃない!」
思わず声が大きくなり、美咲自身も驚いた。
晴も黙り込む。
「……ごめん。私、ちょっと言いすぎた」
「いや……俺こそ悪い」
「今日は、先に帰るね」
美咲はそれだけ言うと、晴の横を通り過ぎた。
「待てよ美咲!」
呼び止めようとした晴だったが、何を言えばいいのか分からなかった。
美咲は振り返らなかった。
次の日の昼休み。
いつもなら晴と美咲が自然に会話をして、蓮がそこに茶々を入れる。そんな四人の昼休みが、今日はどこかぎこちなかった。
「晴、それ取ってくれ」
蓮に頼まれ、晴が弁当箱の横に置いてあった箸を渡す。
「ほら」
「サンキュー」
そのやり取りを見ながら、美咲は遥と話していた。
「遥、今日の小テストどうだった?」
「うん、たぶん大丈夫。美咲は?」
「私も大丈夫かな」
いつもと変わらない笑顔。
けれど、遥は気づいていた。
美咲が晴の方を見ようとしないこと。 晴もまた、何かを言いたそうにしながら、結局何も言わないこと。
四人でいるのに、二人の間だけに小さな壁ができている。すると、遥が、
「……美咲」
「ん? どうしたの?」
「今日、一緒に帰ろ」
「いいよ。どうして?」
「ちょっと話したいことがあって」
美咲は一瞬だけ目を丸くしたあと、柔らかく笑った。
「うん。じゃあ、一緒に帰ろう」
そのとき、晴がこちらを見た。
「……美咲」
呼びかけた声に、美咲の肩がわずかに揺れる。
「なに?」
「いや……」
晴は言葉を探すように口を開きかけ、結局、視線を落とした。
「……なんでもない」
「そっか」
美咲はそれ以上何も聞かなかった。
遥は二人の様子を見つめながら、胸の奥が少し痛むのを感じた。
放課後。
晴と蓮は部活を終え、部室で話していた。
「なあ、晴」
「ん?」
「美咲と、なんかあったのか?」
「……なんで?」
「いや、最近お前ら、ちょっと変じゃん。いつもなら一緒に帰ってんのに、昨日も今日も別々だし」
「……ちょっと、な」
「ケンカ?」
「……まあ、そんな感じ」
「珍しいな。お前らがそんなふうになるの」
晴は、返事をせずにボールを見つめた。
「俺、別に美咲を傷つけるつもりじゃなかったんだけどな……」
「だろうな。お前がわざとそんなことするわけないし」蓮は少し鼻で笑いながら言ってから、少しだけ真面目な顔になった。
「でもさ、わざとじゃなくても、傷つくことってあるだろ」
「……分かってる」
「なら、ちゃんと話せよ。美咲も、たぶんお前と話したいと思うぞ」
「……そうかな」
「さあな。そこは本人に聞けよ」
蓮はいつもの調子で笑った。
「ま、幼なじみだからって、何でも分かってるつもりになるなよ」
その言葉に、晴は少しだけ表情を曇らせた。
一方、遥と美咲は公園のベンチに座り、話していた。
「美咲……晴と、何かあった?」
遥が静かに尋ねると、美咲は少しだけ困ったように笑った。
「……ちょっと、ね」
美咲は少し気まずそうに言った。
「うん。いつもと違うから」
「そっか……」
美咲はしばらく黙って歩いていた。
「ちょっと、すれ違っちゃっただけ。自分が悪いって分かってるんだけどね。晴はなんも悪くない」
「……美咲は?」
「え?」
「美咲は、どうしたい?」
その問いに、美咲は足を止めた。
どうしたいのか。
本当は、今までみたいに一緒に帰りたい。 くだらない話をして、笑って、隣にいるのが当たり前の日々に戻りたい。
でも、それだけじゃない。
晴にとって自分が、ただの幼なじみでしかないこと。 いつも分かってくれる存在だと思われていること。
それが、少しだけ寂しかった。
「……仲直りしたいよ」
美咲は小さな声で答えた。
「でも、今までみたいに何でも平気なふりをするのは……ちょっと、嫌かな」
遥は何も言わず、美咲の言葉を聞いていた。
「晴のこと、大切だから。だからこそ、ちゃんと分かってほしいんだと思う」
「……うん」
遥はそっと頷いた。
「きっと、晴も美咲のことを大切に思ってるよ」
「……分かってる。分かってるんだけどね」
美咲は苦笑した。
「だから、難しいんだよね」
遥は、その気持ちが痛いほど分かる気がした。
晴を大切に思っているからこそ、近づきたい。 けれど、近づくほどに、いつか失うかもしれないことが怖くなる。
遥にも、言えない気持ちがあった。
「……美咲」
「ん?」
「無理して、いつも通りにしなくてもいいと思うよ」
遥は少しだけ笑った。
「美咲がちゃんと自分の気持ちを伝えたら、晴もきっと考えてくれるよ」
「……ありがとう、遥」
美咲は今度こそ、少しだけ自然に笑った。
「遥がいてくれてよかった」
その言葉に、遥の胸が温かくなる。
同時に、ほんの少しだけ痛んだ。
――私も、二人のそばにいたい。
晴も、美咲も。 この四人で過ごす時間を、失いたくない。
遥はその気持ちを胸にしまい、隣を歩く美咲に笑いかけた。
「……また四人で、いつもみたいに笑おうね」
「うん。絶対ね」
二人は並んで、夕暮れの道を歩いていった。
数日後の放課後。
教室では、帰り支度をする生徒たちの声が響いていた。
美咲は鞄を肩にかけると、遥の方を向いた。
「遥、今日一緒に帰らない?」
「うん、いいよ」
そう答えた遥の隣で、晴は少し迷うように美咲を見ていた。
まだ二人の間にはどこかぎこちない空気が流れていた。
話しかけようと思っても、何を言えばいいのか分からない。
けれど、このまま何もせずにいるのは嫌だった。
「……なぁ、美咲」
「ん? どうしたの、晴?」
「今日さ……この後時間あるか?」
美咲は驚いたように目を丸くした。
「え?」
「いや、最近あんまり一緒に帰れてなかったし。久しぶりに、二人でどっか行かないかと思って」
晴は少し照れくさそうに頬をかいた。
美咲は一瞬だけ視線を落とした。
本当は、ずっとこうして誘ってほしかった。
でも、いざ目の前で誘われると、どう返せばいいのか分からなくなる。
「……うん。行きたい」
そう答えると、晴はほっとしたように笑った。
「よし。じゃあ、行こうぜ」
「うん!」
そのやり取りを見ていた遥は、二人に向かって微笑んだ。
「楽しんできてね」
「おう。遥、また明日な」
「うん。また明日、晴、美咲」
二人は遥と別れ、並んで校門を出た。
久しぶりに二人きりで歩く帰り道。
まだ少しぎこちなさは残っていたけれど、美咲の胸には、久しぶりに晴と過ごせる嬉しさが広がっていた。
駅前のゲームセンターに入ると、賑やかな音が二人を迎えた。
「うわ、ここ来るの久しぶりだな!」
晴が懐かしそうに辺りを見回す。
「そうだね。前は遥と蓮も一緒に来たね」
「そうそう。蓮とか、負けるとめちゃくちゃうるせーんだよな」
「晴も人のこと言えないと思うけど?」
「いやいや、俺はそこまでじゃないだろ」
「えー? この前、バスケのゲームで負けたとき、もう一回って何回もやってたじゃん」
「……あれはノーカンだろ!」
美咲がくすくすと笑う。
晴もつられて笑った。
久しぶりに、何も気にせず笑い合えた気がした。
「じゃあ、久しぶりに勝負するか?」
「いいよ。今日は負けないからね」
二人はレースゲームで対戦することにした。
結果は、僅差で美咲の勝ちだった。
「やった! 私の勝ち!」
「うわ、マジか……。もう一回!」
「ふふっ、晴、悔しそう」
「そりゃ悔しいだろ!」
美咲は楽しそうに笑った。
そんな姿を見て、晴も自然と笑顔になる。
そのあともいくつかゲームを楽しみながら、二人は少しずつ、以前のような空気を取り戻していった。
しばらくして、UFOキャッチャーの前を通りかかったときだった。
「あ……」
美咲が足を止めた。
ガラスの向こうには、小さなぬいぐるみが並んでいた。
「それ、欲しいの?」
晴が尋ねる。
「え? ううん。ちょっとかわいいなって思っただけ」
「ふーん……じゃあ、取ってみるか」
「えっ、いいよ! そんな、別に欲しいわけじゃ……」
「まぁまぁ。ちょっとやってみたいし」
晴はそう言って、クレーンゲームに百円玉を入れた。
しかし、ぬいぐるみはなかなか取れなかった。
「惜しい! 今の、もうちょっとだったのに」
「だろ? 次はいけるって」
「……もう少し右じゃない?」
美咲が画面を覗き込む。
「右? このくらい?」
「ううん、もうちょっと……」
そう言いながら、美咲は晴の隣に身を寄せた。
その瞬間、二人の顔が思った以上に近づいた。
「……っ」
美咲は思わず息を止めた。
すぐ隣に、晴の顔がある。
いつも見慣れているはずなのに、急に意識してしまった。
「ん? どうした?」
晴がこちらを向く。
目が合った。
「な、なんでもない!」
美咲は慌てて顔をそらした。
「そっか?」
晴は不思議そうに首をかしげたものの、すぐにゲーム画面へと視線を戻した。
「……お、取れた!」
クレーンがぬいぐるみをつかみ、景品口へと運んでいく。
「ほんとだ! 晴、すごい!」
「だろ? 美咲が欲しそうにしてたからな」
晴は笑いながら、取れたぬいぐるみを美咲に渡した。
「……ありがとう、晴」
「どういたしまして」
何気ない笑顔。
いつもと変わらない、優しい声。
美咲はぬいぐるみを抱きしめながら、胸の鼓動がなかなか落ち着かないことに気づいていた。
――昔から、こんなに近くにいたのに。
どうして今さら、こんなに意識しちゃうんだろう。
「……美咲?」
「えっ? な、なに?」
「いや、そろそろ出るか?」
「あ、うん! そうだね」
美咲は小さく頷いた。
ゲームセンターを出る頃には、空は少しずつ夕焼けに染まり始めていた。
「……このあと、どうする?」
美咲が尋ねると、晴は少し考えてから答えた。
「久しぶりに、あそこ行かないか?」
「あそこ?」
「ほら、いつもの公園」
美咲は一瞬驚き、それから小さく笑った。
「……うん。行きたい」
公園に着くと、そこには昔と変わらないブランコがあった。
「うわ、懐かしいな。ここでよく遊んでたよな」
晴はそう言って、ブランコに腰を下ろした。
美咲も隣のブランコに座る。
「晴、昔ふざけてブランコ落ちかけたことあったよね」
「ちょっ、あれは忘れろって!」
「あははっ! 無理。あのとき、すっごく慌ててたもん」
「いや、普通に危なかったんだからな?」
「分かってるよ。でも、今思い出すと面白くて」
美咲が笑う。
晴もつられて笑った。
久しぶりに、二人だけで心から笑えた気がした。
けれど、笑い声が落ち着くと、少しずつ静けさが戻ってくる。
夕暮れの公園には、子どもたちの声が遠くから聞こえていた。
晴はブランコを小さく揺らしながら、口を開いた。
「……なあ、美咲」
「ん?」
「この前は、ごめん」
美咲の表情が、わずかに変わった。
「……俺、美咲なら分かってくれるって、勝手に思ってた」
晴は足元の地面を見つめながら続けた。
「いつも俺のこと分かってくれるからさ。だから、何しても、何言っても大丈夫だって……どこかで甘えてたんだと思う」
「……晴」
「でも、美咲だって楽しみにしてくれてたんだよな。一緒に帰るの」
晴は顔を上げた。
「それなのに、俺、自分のことばっかり考えてた。本当にごめん」
美咲はすぐには答えなかった。
ずっと聞きたかった言葉だった。
でも、謝ってほしかっただけじゃない。
「……私も、ごめんね」
「え?」
「本当は、もっと素直に言えばよかったのに。寂しかったって、楽しみにしてたって……ちゃんと伝えればよかった」
美咲は少しだけ笑った。
「晴が困ってる人を放っておけないのは、昔から知ってるよ。そういうところ、好きだし」
「……うん」
「でもね。私といつも平気なわけじゃないんだよ」
その言葉に、晴は静かに頷いた。
「……分かった。これからは、ちゃんと聞く。美咲がどう思ってるのか」
美咲は晴を見つめた。
「……ほんと?」
「ほんと。だから、また一緒に帰ろうな」
少しだけ不安そうな晴の顔。
それがなんだか懐かしくて、美咲は笑った。
「……うん。もちろん」
晴も、ほっとしたように笑う。
「よかった」
二人の間に、いつもの空気が少しずつ戻ってきた。
けれど、美咲の胸には、まだ伝えられない気持ちが残っている。
――仲直りできて、嬉しい。
でも、幼なじみのままじゃ、足りない。
そんな想いを胸にしまいながら、美咲はブランコから立ち上がった。
「……帰ろっか、晴」
「おう」
夕焼けの道を、二人は並んで歩き出した。
今までと同じ帰り道。
けれど、美咲にとっては、少しだけ違う景色に見えていた。




