↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と出会う、もう一度  作者: 梅干し


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/8

甘い想い

三学期が始まってから、しばらくが経った。

窓の外には、冬らしい冷たい風が吹いている。教室の中では、昼休みを知らせるチャイムと同時に、あちこちから賑やかな声が上がっていた。

「なあ、今日の数学の課題やった?」

弁当箱を机に置きながら、蓮が晴に尋ねた。

「やったけど」

「マジ? 見せて」

「自分でやれよ」

「いやいや、親友だろ!?」

「親友なら自分でやれ」

「そこは助け合いだろ!」

いつものように言い合う二人を見て、美咲がくすっと笑った。

「もう、蓮。晴に頼ってばっかりじゃ駄目だよ?」

「美咲までそんなこと言うのかよ!」

「だって本当のことだもん」

「遥もそう思うよな?」

突然話を振られた遥は、箸を止めて顔を上げた。

「えっ? あ……うん。自分でやったほうがいいと思う」

「なんでだよー」

三人のやり取りに、遥も思わず笑みをこぼした。

こうして四人で昼食を食べる時間にも、すっかり慣れた。

転校してきた頃は、教室で晴たちと話すだけでも緊張していたのに、今では自然に笑い合える。

そんな何気ない時間が、遥は好きだった。

「そういえば、もうすぐバレンタインだな」

蓮が思い出したように言った。

「……あ、そうだね」

美咲が反応する。

「今年もチョコもらえるかなー」

「蓮は毎年もらってるだろ」

「まあな。俺、結構人気あるから」

「自分で言うなよ」

晴が呆れたように返すと、蓮は得意げに笑った。

「晴だって人のこと言えないだろ。顔よし、頭よし、運動よし。しかも性格までいい。そりゃモテるわ」

「なんだよ、それ」

「事実だろ?」

「そんなことねえよ」

晴は面倒くさそうに弁当のおかずを口に運んだ。

「でも、晴って本当に気づいてないよね」

美咲が苦笑する。

「何が?」

「女の子から見られてることとか」

「そうか?」

「そうだよ。去年だって、何人かに告白されてたじゃん」

「……ああ、そういえば」

「忘れてたの!?」

「晴って、そういうところあるよね」

遥も笑いながら言った。

「そうか?」

「うん」

遥が笑顔で頷くと、晴も少し照れくさそうに笑った。

「まあ、でもチョコは好きだけどな」

その何気ない一言に、美咲と遥の手が、ほんの一瞬だけ止まった。

「……チョコ、好きなんだ?」

遥が尋ねる。

「おう。甘いもの、結構好きだぞ」

「へえ……」

美咲は何でもないように相槌を打った。

けれど、頭の中ではすでに、今年のバレンタインのことを考え始めていた。

晴に、何か作ってあげたい。

いつも一緒にいる幼なじみとして。

それだけではない気持ちを、少しだけ込めて。

遥もまた、静かに考えていた。

晴に何を渡そう。

それ以前に、晴に渡していいのか。

「……二人とも、どうした?」

晴の声に、美咲と遥は同時に顔を上げた。

「えっ?」

「いや、なんか急に静かになったから」

「な、何でもないよ!」

美咲が慌てて笑う。

「私も、何でもない」

遥も小さく首を振った。

「ふーん?」

晴は不思議そうにしながらも、それ以上は追及しなかった。

その隣で、蓮だけが二人の様子を見て、意味ありげに口元を緩めていた。

「……なるほどねぇ」

「蓮、何?」

「いや、別に?」

「蓮ったら」

いつものように始まった言い合いに、四人の笑い声が重なった。

けれど、二人の胸の中には、それぞれ小さな秘密が生まれていた。


放課後。

写真部の活動を終えた遥は、部室で撮影した写真を整理していた。

まだ肌寒い冬の校庭。

誰もいない廊下。

夕日に照らされた窓。

何気ない風景ばかりだったが、遥は一枚一枚を丁寧に確認していた。

「……やっぱり、いいな」

写真の中に残る景色を見つめ、遥は小さく呟いた。

そのとき、部室の扉が開いた。

「遥、まだ残ってたのか」

顔を上げると、そこには晴が立っていた。

「晴? どうしたの?」

「いや、ちょっと通りかかったら、まだ明かりがついてたから。何してるのかなって」

「写真の整理。今日撮ったものを確認してたの」

「へえ。俺も見てもいい?」

「うん、もちろん」

遥がカメラの画面を見せると、晴は隣に立って写真を覗き込んだ。

「おお、すげえ。これ、校庭?」

「そう。雪が降った日の次の日に撮ったの。朝、少しだけ残ってたから」

「全然気づかなかったな」

「晴は朝、バスケの練習で忙しいからね」

「まあ、そうだけど」

晴は次の写真へと目を移した。

窓から差し込む冬の日差し。

机の上に落ちる影。

誰もいない教室。

「こういう普通の景色も良いんだよな」

「うん。何でもない景色って、そのときは何とも思わなくても、あとから見ると懐かしくなることがあるでしょ?」

「……確かにな」

「だから、残しておきたいの。今しか見られない景色だから」

遥は写真を見つめながら、穏やかに微笑んだ。

「いつか見返したときに、こんなこともあったなって思えるように」

「遥らしいな」

「そう?」

「うん。遥って、写真を撮ってるとき、なんか更に先のものを見てるような感じがする」

その言葉に、遥は少しだけ目を丸くした。

「……そうかな」

「そうだよ」

晴は迷いなく頷いた。

「いい顔してる」

「……っ」

遥は思わず視線を逸らした。

そんなふうに言われるとは思っていなかった。

「……ありがとう」

小さく返すと、晴はいつもの笑顔を見せた。

「なあ、今度は俺にも撮らせてよ」

「え?」

「いつも遥が撮ってるだろ。たまには俺が撮ってみたい」

「……私を?」

「ああ、せっかくだし」

遥は一瞬、返事に迷った。

自分が写真を撮ることには慣れている。

けれど、晴に撮られるとなると、何だか落ち着かない。

「……変な顔になっても知らないよ?」

「大丈夫だって」

晴はカメラを受け取ると、遥に向けた。

「じゃあ、そこに立ってみて」

「こ、こう?」

遥は少しぎこちなく立った。

「もっと普通でいいって。いつもみたいに笑ってよ」

「いつもみたいにって……」

「ほら、笑って」

晴が楽しそうに言う。

遥は困ったように笑った。

その瞬間、シャッター音が響いた。

「……撮れた」

晴が画面を確認する。

「どれ?」

遥が隣から覗き込むと、そこには自然に笑う自分の姿が映っていた。

「……あ」

「いいじゃん」

晴は満足そうに頷いた。

「今の笑顔、めっちゃ遥らしいから」

遥の頬が、じわりと熱くなる。

「……晴は、そういうことを簡単に言うよね」

「え?」

「……何でもない」

遥は誤魔化すように、もう一度画面を見た。

二人の肩が、そっと触れ合う。

晴は気づいていないのか、そのまま写真を眺めていた。

「またいつか撮ろうな」

「……うん」

「ありがとな」

晴はカメラを返すと、鞄を肩にかけた。

「そろそろ帰るか。もう暗くなるし」

「そうだね」

部室を出る前、遥はもう一度、晴が撮ってくれた写真を見た。

そこに映っているのは、今の自分。

晴の隣で、心から笑っている自分だった。

「……私にとっては、普通じゃないよ」

誰にも聞こえないほど小さな声で、遥は呟いた。

この時間も、この笑顔も。

遥にとっては、何より大切なものだった。


二月に入ったある日の昼休み。

「よし、今年のバレンタインも楽しみだな!」

蓮が弁当を食べながら、満面の笑みを浮かべた。

「また言ってる」

美咲が呆れたように言った。

「まだ二週間近くあるだろ」

晴が言った。

「いやいや、準備期間も含めてバレンタインだからな」

「何だよ、それ」

「お前も楽しみだろ?」

「チョコは好きだけど」

「そういうことじゃねえんだよ!」

蓮の言葉に、美咲と遥が笑った。

「蓮は本当に楽しそうだね」

「そりゃそうだろ。去年も結構もらったし」

「自慢しないの」

美咲が軽く注意する。

「はいはい」

蓮は悪びれずに笑った。

「でも、晴も今年はすごいんじゃないか? 去年より人気出てるし」

「だから、知らねえって」

「無自覚って怖いなあ」

「うるせえ」

晴は蓮の肩を軽く小突いた。

そんな二人を見ながら、遥はふと考えた。

晴は、どんなお菓子が好きなんだろう。

チョコが好きなのは知っている。

でも、せっかくなら、自分で作ったものを渡したい。

今の晴にとって、自分はまだ友達だ。

だからこそ、重くなりすぎないように。

それでも、少しだけ特別だと伝わるように。

でも、渡していいのかな……

「ねえ、遥」

美咲の声に、遥は顔を上げた。

「今年、チョコ作る?」

「……うん。作ろうかなって思ってる」

「そっか。実は私もなんだ」

美咲は少し照れくさそうに笑った。

「よかったら、一緒に作らない?」

「えっ、いいの?」

「もちろん! 一人で作るより楽しいし」

「……うん。ぜひ」

遥の顔がぱっと明るくなった。

二人でお菓子を作る。

それだけでも、楽しみだった。

けれど、そのお菓子を渡す相手を思うと、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。

「何作るか、考えないとね」

美咲が言った。

「うん。晴、けっこうグルメだもんね」

「……そうだね」

二人は顔を見合わせて笑った。

その様子を見ていた蓮が、にやりと笑う。

「お、二人とも誰かに渡すのか?」

「蓮には関係ないでしょ」

「冷たっ!」

「蓮、余計なこと言わないの」

晴も苦笑しながら、蓮をたしなめた。

「はいはい。まあ、俺も楽しみにしてるからな!」

「蓮にも作るね」

美咲が言うと、蓮は嬉しそうに顔を輝かせた。

「マジ!? やった!」

「友チョコだけどね」

「それでも十分!」

そのやり取りに、遥も笑った。

晴にも、蓮にも。

そして、美咲にも。

大切な友達に、自分の作ったお菓子を渡したい。

そう思えることが、遥には嬉しかった。


二月十三日。

放課後、遥の家。

キッチンには、チョコレートの甘い香りが広がっていた。

「……これ、結構難しいね」

美咲がボウルの中を覗き込む。

「うん。でも、もう少し混ぜれば大丈夫だと思う」

遥は泡立て器を動かしながら答えた。

二人は今日、明日のバレンタインのお菓子を作るために集まっていた。

晴と蓮に渡すもの。

そして、お互いに渡すもの。

テーブルには材料やラッピング用品が並んでいる。

「美咲は、晴に何を作るの?」

遥が尋ねると、美咲は少しだけ頬を赤くした。

「……カップケーキとマカロンにしようと思ってる」

「わあ、すごい! マカロンって難しくない?」

「ちょっとね。でも、晴に喜んでほしいから」

美咲は照れくさそうに笑った。

「遥は?」

「私は、マフィンとバウムクーヘン作ろうかなって」

「いいね! 晴、絶対喜ぶよ」


「……そうだといいな」


遥は小さく頷いた。


美咲は材料を量りながら、ふと口を開いた。


「ねえ、遥」


「ん?」


「遥は……晴のこと、どう思ってる?」


遥の手が止まった。


聞かれるかもしれないと思っていた。


けれど、いざ尋ねられると、すぐには答えられなかった。

「……大切な人だよ」

「うん」

美咲は優しく頷いた。

「それは、分かってる」

遥は目を伏せた。

本当は、もっと深い気持ちがある。

晴と過ごした時間。

いつかの記憶が頭によぎる。

晴の笑顔も、声も、何気ない癖も。

遥は、そのすべてを覚えている。

けれど、今ここでそれを話すことはできない。

「……でも、まだ自分でも、うまく言葉にできないんだ」

遥は正直に答えた。

「晴と一緒にいると、嬉しいし、楽しい。もっと一緒にいたいって思う」

美咲は黙って聞いていた。

「でも、それがどういう気持ちなのか……まだ、ちゃんと整理できてなくて」

嘘ではなかった。

今の自分の気持ちをどう扱えばいいのか分からない。

美咲は少し考えてから、穏やかに微笑んだ。

「そっか」

「……美咲は?」

遥が尋ねる。

美咲は手元の生地を見つめた。

「私はね……もう、分かってるんだ」

「……うん」

「私、晴のことが好き」

美咲は、はっきりと口にした。

「たぶん、ずっと前から。気づいてなかっただけと思う」

言葉にすると、胸の奥にあった気持ちが、より確かなものになった。

「晴が他の女の子と話してると、ちょっと気になるし。遥と楽しそうにしてると……羨ましくなることもある」

美咲は困ったように笑った。

「こんなこと思うなんて、びっくりしたし、自分が嫌になる時もあるの」

「……美咲」

「でもね、遥と仲が悪くなるのは嫌なんだ」

美咲は顔を上げた。

「遥のこと、友達として大切に思ってるから。だから、晴のことが好きでも、遥と敵同士みたいには絶対になりたくない」

遥は胸が締めつけられるような気持ちになった。

美咲の言葉は、真っ直ぐだった。

晴への想いも。

遥を大切に思う気持ちも。

どちらも本物なのだ。

「……私も、美咲とずっと仲良くしていたい」

遥はそっと微笑んだ。

「美咲と一緒にいる時間、好きだよ」

「……うん。私も」

美咲は嬉しそうに笑った。

二人はそれ以上、無理に答えを求めなかった。

それぞれの気持ちを抱えながらも、友達でいたい。

その想いだけは、同じだった。

「よし! じゃあ、そろそろ仕上げよ!」

美咲が明るく声を上げる。

「うん!」

二人は再び、お菓子作りに取りかかった。

カップケーキにクリームを飾り、マカロンを丁寧に仕上げる。

遥はバウムクーヘンとマフィンを作り、ひとつひとつ形を整えた。

蓮に渡す分も、それぞれ用意する。

美咲は晴のためのお菓子を、特別な箱に詰めた。

遥もまた、晴に渡すお菓子を、丁寧にラッピングした。

同じ相手を想う二人。

けれど、その気持ちは少しずつ違っている。

そして、その違いを知っているのは、今のところ二人だけだった。

「……そういえば」

お菓子を片づけていた遥が、ふと思い出したように言った。

「明日って、美咲の誕生日だよね?」

「あ、うん。そうだよ」

「せっかくだし、明日みんなでお祝いしない?」

「えっ?」

美咲が顔を上げる。

「みんなで?」

「うん。実は、晴と蓮とも話してたの。せっかくの誕生日だし、四人でお祝いしたいなって」

美咲は驚いたあと、嬉しそうに笑った。

「……嬉しいな。ありがとうね」

「うん。あと、どこでする?」

「私の家でいいよ!後でお母さんにも聞いておくね」

その日のうちに、晴と蓮にも連絡をした。

翌日の放課後に美咲の家へ集まることになった。

バレンタイン。

そして、美咲の誕生日。

明日は、きっと楽しい一日になる。

遥はそう思いながら、窓の外に目を向けた。

夕暮れの空が、ゆっくりと色を変えていた。


二月十四日。

朝の教室は、いつもより少しだけ落ち着かない雰囲気に包まれていた。

「神崎くん、これ……よかったら!」

「えっ、俺に?」

蓮は女子生徒からチョコを受け取ると、いつもの調子で笑った。

「ありがとう! 嬉しいよ」

相手の女子生徒は顔を赤くして、友達のもとへ戻っていった。

「……朝からすごいな」

晴が呟く。

「まあな!」

蓮は得意げに笑った。

「晴も、ほら」

「え?」

別の女子生徒が、晴の前に小さな包みを差し出した。

「桐谷くん、これ……バレンタイン。受け取ってくれる?」

「……あ、ありがとう」

晴は少し驚きながらも、丁寧に受け取った。

「わざわざありがとな」

女子生徒は嬉しそうに微笑み、教室を出ていった。

「お前、もっと喜べよ」

蓮が肩を叩く。

「いや、嬉しいけど……びっくりした」

「相変わらずだなあ」

晴は受け取ったチョコを鞄にしまった。

その様子を、少し離れた席から美咲と遥が見ていた。

美咲は胸の奥に、小さな緊張を感じていた。

自分が作ったお菓子を、晴は喜んでくれるだろうか。

遥もまた、ラッピングした包みのことを考えていた。

渡すと決めたのに、いざその日になると、少しだけ怖くなる。

自分の気持ちが、晴にどう受け取られるのか。

それでも、渡したい。

二人はそれぞれ、胸の中でそう思っていた。


昼休み。

四人はいつものように机を寄せて、昼食を食べていた。

「朝からチョコもらってたね、二人とも」

美咲が何気なく言う。

「まあな。俺様は人気者だからな!」

「蓮、調子に乗らないの」

「はいはい」

蓮は笑いながら、弁当を口に運んだ。

「晴ももらってたじゃん」

遥が言うと、晴は少し照れくさそうに頬をかいた。

「……ありがたいよな。わざわざ用意してくれたんだし」

「晴らしい返事」

遥は少し笑いながら言った。

「そうか?」

「うん」

遥が微笑む。

美咲は二人を見て、そっと視線を落とした。

今日、晴に渡す。

そう決めていた。

けれど、いざとなると、どうしても緊張してしまう。

「……そうだ。今日の放課後予定大丈夫だった?」

美咲が尋ねた。

「ああ、もちろん」

晴が答える。

「俺も、大丈夫だぜ!」

蓮も頷いた。

「じゃあ、四時に美咲の家でいいんだよな?」

「うん。待ってるね」

「了解!」

蓮が元気よく返事をした。

遥は少しだけ晴を見つめた。

今日は写真部の活動がある。

そのあと、晴に渡そう。

そう心に決めた。


放課後。

教室には、帰り支度をする生徒たちの声が響いていた。

「晴、俺ちょっと先に行ってるわ」

蓮が鞄を肩にかけた。

「おう。あとでな」

「美咲、誕生日プレゼント楽しみにしとけよ!」

「もう、何それ。自分でハードル上げないでよ」

美咲が笑う。

蓮は手を振りながら、教室を出ていった。

その場には、晴と美咲の二人だけが残った。

「……晴」

「ん?」

美咲は鞄から、小さな箱を取り出した。

淡い色の包装紙に、かわいらしいリボンが結ばれている。

「これ……バレンタイン」

「えっ、俺に?」

「うん。いつもお世話になってるし…」

美咲は少し照れながら、箱を差し出した。

「手作りなんだけど……よかったら、食べてね」

晴は驚いたように目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。

「マジか! ありがとう、美咲!」

「……うん」

「これ、全部作ったのか?」

「そうだよ。カップケーキとマカロン」

「すげえな! マカロンって作るの難しいんだろ?」

「ちょっとだけね」

美咲は照れくさそうに笑った。

「晴、甘いものいけるって言ってたから」

「覚えててくれたんだな。ありがとな。大事に食べるよ」

「……うん」

晴の笑顔を見て、美咲の胸が温かくなった。

喜んでくれた。

それだけで、十分嬉しかった。

けれど、もう少しだけ。

ほんの少しだけ、特別な存在になれたら。

そんな気持ちが、心の奥から湧き上がる。

「……美咲?」

「えっ?」

「どうした?なんか顔赤いぞ」

「な、何でもない!」

美咲は慌てて首を振った。

「ちょっと暑いだけ!」

「そうか?」

晴は不思議そうにしながらも、それ以上は聞かなかった。

美咲はほっと息をついた。

本当は、伝えたいことがある。

でも、今はまだ言えない。

「……晴」

「ん?」

「喜んでくれて、よかった」

「もちろん!ありがとな」

晴はもう一度、笑顔で答えた。

美咲はその笑顔を、そっと胸にしまった。


放課後の写真部の活動を終えた遥は、カメラを片づけて部室を出た。

廊下を歩いていると、昇降口の近くに晴の姿が見えた。

「あれ、晴?」

「お、遥。終わったか?」

「うん。待っててくれたの?」

「いや、ちょうど帰るところ。よかったら一緒に帰ろうぜ」

「……うん!」

二人は並んで歩き始めた。

校門を出ると、冬の冷たい風が頬を撫でた。

「今日も寒いね」

「だな。まだまだ冬って感じだ」

晴は空を見上げた。

「そういえば、遥。今日も写真撮ってたの?」

「うん。部室の窓から見える夕焼けがきれいだったから」

「へえ。今度見せてよ」

「もちろん」

何気ない会話を交わしながら、二人は駅へ向かう道を歩いた。

遥は鞄の中に手を入れた。

そこには、晴に渡すためのお菓子が入っている。

「……晴」

「ん?」

「これ、あの……」

遥は小さな包みを取り出した。

「バレンタイン。晴に」

晴は足を止めた。

「……俺に?」

「うん。手作りなんだけど……よかったら」

遥は少し緊張しながら、包みを差し出した。

晴はそれを受け取ると、嬉しそうに顔をほころばせた。

「ありがとう、遥!」

「……どういたしまして」

「これ、何が入ってるんだ?」

「バウムクーヘンとマフィン。頑張って作ったんだ」

「すげえ! 遥も作ってくれたんだな」

晴は包みを大切そうに持った。

「美咲からはもう貰ったの?」

「ああ、ちょうどさっき、教室でな」

「そっか」

美咲も渡せててよかった。

「……嬉しい。ありがとな」

その言葉に、遥の胸がきゅっと締めつけられた。

何度も見てきた晴の笑顔。

何気ない贈り物を喜んで、優しい言葉をかけてくれた。

「……晴が喜んでくれたなら、よかった」

遥は微笑んだ。

「大事に食べるよ」

「うん」

晴は少し照れくさそうに笑った。

「なんか、手作りって特別な感じがするな」

遥は思わず顔を上げた。

「……特別?」

「うん。自分のために時間かけて作ってくれたんだろ? そう思うと、嬉しいじゃん」

晴は何気なく言った。

その言葉が、遥の心に深く残った。

「……そっか」

遥は小さく頷いた。

「そう言ってもらえて、嬉しい」

二人は再び歩き始めた。

しばらくして、晴が口を開いた。

「そういえば、今日の四時、美咲の家だったよな」

「うん。誕生日のお祝いだね」

「プレゼント、喜んでくれるといいな」

「……きっと喜ぶよ」

遥はそう答えながら、晴の横顔を見つめた。

晴は美咲のことを大切に思っている。

それは、幼なじみとしての気持ちなのかもしれない。

でも、美咲の想いは、きっとそれだけではない。

遥は、そのことを知っていた。

だからこそ、少しだけ胸が痛む。

それでも。

晴の隣を歩ける今が、嬉しかった。


午後四時頃。

美咲の家に、三人が集まった。

「お邪魔しまーす!」

蓮が元気よく玄関を開ける。

「もう、蓮。インターホン押してよ!」

美咲が笑いながら出迎えた。

「悪い悪い、誕生日会だからテンション上がっちまって」

「何それ」

晴と遥も続いて家に上がった。

リビングには、テーブルの上にケーキが用意されていた。

「わあ……!」

遥が目を輝かせる。

「おいしそう!」

「でしょ? みんなで食べようと思って」

美咲は嬉しそうに笑った。

四人が席につくと、蓮が手を叩いた。

「それじゃあ、主役に一言!」

「えっ、何?」

「美咲、誕生日おめでとう!」

晴と遥、蓮の3人で言った。

「……みんな、ありがとう!」

美咲は少し照れながら、笑顔で答えた。

「こうしてみんなに祝ってもらえるの、嬉しいな」

「じゃあ、早速ケーキ食べようぜ!」

蓮が待ちきれない様子で言う。

「じゃあ、もう切っちゃうね」

美咲はケーキを切り分けた。

四人でケーキを食べながら、学校のことやバレンタインのことを話す。

蓮は朝にもらったチョコの話を面白おかしく語り、晴は少し困ったように笑っていた。

遥は二人の話を聞きながら、美咲の笑顔を見つめた。

今日の美咲は、いつもよりずっと嬉しそうだった。

大切な友達の誕生日を、みんなで祝える。

そのことが、遥にも嬉しかった。

ケーキを食べ終えると、プレゼントを渡す時間になった。

「じゃあ、まず俺から!」

蓮が紙袋を差し出した。

「美咲、誕生日おめでとう。これ、よかったら使ってくれ」

「ありがとう、蓮!」

美咲が袋を開けると、中にはおしゃれなベレー帽が入っていた。

「わあ、かわいい!」

「だろ?美咲に似合いそうだと思って」

「嬉しい。大切に使うね」

美咲はベレー帽を両手で持ち、嬉しそうに微笑んだ。

続いて、遥が小さな包みを差し出した。

「美咲、私からも。誕生日おめでとう」

「ありがとう、遥!」

美咲が包みを開けると、小さなフォトアルバムが入っていた。

ページをめくると、そこには四人で過ごした日々の写真が並んでいた。

体育祭で笑っている写真。

文化祭の準備中に撮った写真。

雪の中で遊んだときの写真。

何気ない昼休みの一枚まで。

「……これ、全部遥が撮った写真?」

「うん。今まで撮った写真をまとめてみたの」

美咲はページをめくりながら、目を細めた。

「……すごい!ありがとう!」

「本当?よかった」

「うん。私たち、こんなにたくさん一緒にいたんだね」

「そうだね」

遥は優しく微笑んだ。

「これからも、たくさん撮ろうね」

「……うん!」

美咲はアルバムを大切そうに抱きしめた。

最後に、晴が立ち上がった。

「じゃあ、俺からも」

「……晴?」

晴は小さな紙袋を差し出した。

「誕生日おめでとう。これ、プレゼント」

「ありがとう……!」

美咲は袋を受け取り、中を覗いた。

そこには、淡い色合いのかわいらしいポーチが入っていた。

「……えっ」

美咲は思わず声を漏らした。

見覚えがあった。

以前、晴と駅前を歩いていたとき。

店のショーウィンドウに飾られていたポーチを、何となく気に入って眺めていた。

ほんの少しの間だった。

自分でも、すぐに忘れてしまうようなことだった。

「……これって」

「この前、遊んだ時駅前で見てただろ?」

晴はいつも通りの調子で笑った。

「なんか欲しそうに見てたからさ。それに美咲に似合いそうだなって思って」

美咲はポーチを見つめた。

「……覚えててくれたんだ」

「ああ。違った? もしかして、もう持ってた?」

「ううん! 違うよ!」

美咲は慌てて首を振った。

「そうじゃなくて……」

胸がいっぱいだった。

自分が何気なく見ていたものを、晴は覚えていてくれた。

自分が口にしたわけでもないのに。

「……ありがとう、晴」

美咲は顔を上げて、精いっぱい笑った。

「すごく嬉しい。大切にするね」

「おう! 気に入ってくれたならよかったぜ」

晴は満足そうに頷いた。

その笑顔は、いつもと何も変わらない。

美咲にとっては、忘れられないほど嬉しいことなのに。

晴にとっては、ただ幼なじみが喜んでくれたことが嬉しいだけなのかもしれない。

それでも、美咲はポーチをそっと抱きしめた。

「……本当に、ありがとう」

「何回言うんだよ」

晴が笑う。

「だって、嬉しいんだもん」

美咲も笑った。

その笑顔の奥にある気持ちに、晴はまだ気づいていなかった。


楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。

夕方。

四人は美咲の家を出て、駅へ向かった。

「いやー、ケーキうまかったな!」

蓮が満足そうにお腹をさする。

「蓮、食べすぎだよ」

「誕生日会くらい、いいだろ?」

「まあ、そうだけど」

美咲が笑う。

駅に着くと、蓮が手を振った。

「じゃあ、俺こっちだから。また明日な!」

「うん。また明日」

美咲も反対方向へ歩き出す。

「じゃあね、遥。晴も!」

「またね、二人とも」

遥が手を振った。

二人の姿が見えなくなると、晴が遥のほうを向いた。

「遥、家まで送ってくよ」

「えっ、いいの?」

「もちろん。さすがにもう暗いしな」

「……ありがとう」

二人は並んで歩き始めた。

夕暮れの空には、薄いオレンジ色が残っていた。

「今日、楽しかったな」

晴が言った。

「うん。美咲、すごく嬉しそうだったね」

「ああ。プレゼントも喜んでくれてよかった」

「……晴、ちゃんと覚えてたんだね」

「ん? 何を?」

「美咲が前に見てたポーチ」

「ああ、まあ、たまたま覚えてただけだよ」

晴は何でもないように笑った。

「美咲には、いつも世話になってるからな」

「……そっか」

遥は小さく頷いた。

晴らしいな、と思った。

誰かが何気なく口にしたことを覚えていて。

誰よりも美咲のことを気にかけている。

そんな晴だからこそ、遥は好きになった。

そして、そんな晴だからこそ、失いたくなかった。

「……晴」

「ん?」

「今日は、ありがとう」

「え? 何が?」

「一緒に帰ってくれて」

「なんだ、そんなことか」

晴は笑った。

「気にすんなって。また一緒に帰ろうぜ」

その言葉に、遥は胸の奥が温かくなるのを感じた。

「……うん。約束ね」

「ああ、約束」

晴は迷いなく頷いた。

二人はそのまま、ゆっくりと歩き続けた。

何気ない一日。

バレンタインにお菓子を渡して、友達の誕生日を祝って、一緒に帰る。

そんな普通の時間が、遥にとっては何より大切だった。

晴の隣を歩けること。

晴が笑ってくれること。

また一緒に帰ろうと、約束してくれること。

そのひとつひとつが、胸に刻まれていく。

「……晴といる時間って、やっぱり好きだな」

遥は心の中で呟いた。

けれど、その想いを言葉にすることはなかった。

今はまだ、この気持ちを隠しておかなければならない。

晴の隣を歩きながら、遥はそっと横顔を見つめた。

いつか、この想いを伝えられる日が来るのだろうか。

その答えを、今の遥は知らない。

ただ、願っていた。

この時間が、少しでも長く続きますように。

そして、いつか。

晴と一緒に歩く未来を、どうか迎えられますように。

冬の夕暮れの中、そっと想った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。