文化祭、君と見た景色
文化祭まで、あと数週間。教室では、少しずつ文化祭の話題が増えていた。
「では、まずクラスの出し物を決めましょう」
担任がそう言うと、教室が一気に騒がしくなる。
「演劇!」
「お化け屋敷!」
「焼きそば!」
「カフェとかもよくない?」
次々と意見が飛び交う中、晴、遥、蓮、美咲たちは四人で話し合っていた。
「そういえばさ…」
蓮が突然手を挙げる。
「メイド喫茶とかどうよ!?」
「……メイド喫茶?」
晴たちの声が重なった。
一瞬の静寂。その直後、教室中から、
「それいいじゃん!」
「絶対楽しそう!」
「やろうぜ!」
と声が上がった。
「おい、マジかよ……」
晴が苦笑する。
美咲も笑いながら、
「蓮、また変なこと言い出したと思ったら……」
「いやいや、結果的に大成功だろ?」
遥も少し困ったように笑っていた。
こうして、二年生の文化祭での出し物は、メイド喫茶に決まった。
そして、四人はクラスメイトから文化祭リーダーに選ばれることになった。
晴は明るく、何か問題が起きればすぐ動いてくれる。
遥は真面目で、みんなの話をしっかり聞ける。
蓮はクラスを盛り上げるのが得意。
そして美咲は、全体を見ながら物事をまとめることができる。
それぞれ違う理由で、自然と四人が選ばれた。
最初の仕事は、クラスのみんなから意見を集めることだった。
「メニューどうする?」
「パフェ!」
「パンケーキも!」
「内装はどうする?」
「じゃあ黒板アートやろうよ!」
そんな話し合いを重ねながら、少しずつ準備が始まっていった。
数日後。
女子たちがメイド服を試着していた。
遥は少し戸惑った顔で、自分の姿を見下ろす。
「……私、こういう服着たことないんだけど…」
「遥、絶対似合うよ!」
美咲やクラスの女子に背中を押され、遥は教室へ出てきた。
「白石さん、めっちゃ似合ってる!」
男子からも声が飛ぶ。遥は恥ずかしそうに笑った。
そこへ晴が戻ってきた。
「……遥」
「え?あ…」
晴は少しだけ遥を見て、
「似合ってるじゃん」
「……っ」
遥の顔が赤くなる。
「そ、そう……?」
「うん。いいと思うぜ」
晴はそれだけ言うと、何事もなかったように準備へ戻っていった。
遥はその背中を見つめる。
「……もう、晴」
小さな声は、誰にも聞こえなかった。
準備が進むにつれて、接客の練習も始まった。
「い、いらっしゃいませ……」
遥の声は少し小さい。
「もう一回やってみよ!」
美咲が笑顔で言った。
「私がお客さん役やるね」
美咲が席につく。
「それじゃあ、お願いします」
遥は緊張しながら頭を下げる。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
「はい、おすすめのパフェください」
「か、かしこまりました……!」
美咲が思わず笑う。
「ふふっ、かわいい」
「……美咲、笑わないでよ」
「ごめんごめん。でも、すごく良かったよ!」
遥も少し笑った。
「……ありがとう」
そこへ晴と蓮が戻ってくる。
「遥、最初よりかなり上手くなったな」
「……ほんと?」
「うん。普通に本番でも大丈夫そう」
すると蓮が美咲を見る。
「ていうか美咲、もう完全に先生じゃん」
「えー? だって遥、最初めちゃくちゃ緊張してたんだもん」
「美咲はなんでも教えるの上手いよな」
「……晴まで言う?」
四人の笑い声が教室に響いた。
文化祭準備が始まってしばらくしたある日。四人は必要なものを買うため、放課後にショッピングモールへ向かった。
「買うもの、全部メモしてきたからね」
美咲がリストを確認する。
「さすが美咲」
必要なものを順次買っていった。
晴は大きな荷物を持つ。
蓮はというと、
「これもあった方がよくね?」
「それ必要ないでしょ」
「いや、文化祭には夢が必要なんだよ!」
「意味分かんない」
そんな二人を見て、遥が笑う。
しかし途中で――
「あれ?」
気づけば遥の姿が見えなくなっていた。
「遥?」
晴が周囲を見る。
「ちょっと探してくるわ」
しばらくして、晴は少し離れた場所で遥を見つけた。
「遥、ここにいたのか!」
「……晴」
遥の表情がほっと緩む。
「ごめん。みんなが見えなくなって……」
「大丈夫。戻ろうぜ」
晴は自然に遥の隣を歩いた。
その頃、蓮はゲームセンターを見つけていた。
「おっ! ゲーセンあるじゃん! ちょっとだけ行こうぜ!」
「ダメ。買い出し終わってから」
「えー!」
「蓮、リーダーでしょ?」
「……はい」
美咲の一言には逆らえなかった。
買い物を終えた四人は、フードコートで休憩する。
買い出し中の出来事を振り返りながら、四人で笑った。
「でも、ちゃんと必要なもの全部買えたしよかったね」
美咲が言う。
「うん」
遥も頷いた。
晴が文化祭のメモを見る。
「これなら文化祭、結構いい感じになりそうだな」
「絶対成功させよう!」
蓮が張り切って言った。
「おう!」
「うん!」
四人の笑顔が重なった。
そして、また数日。
準備が本格化するにつれて、晴は誰よりも忙しく動き回っていた。
「これ、まだ貼れてないじゃん。俺やるよ」
「晴、こっちもお願い!」
「おう!」
飾り付け、備品、メニュー、教室の整理。気づけば晴が一番走り回っている。
そんな晴を、美咲は少し離れた場所から見ていた。
「晴、ちょっと休みなよ」
「ん? 大丈夫だって」
「……晴の『大丈夫』って、全然大丈夫じゃないときあるから」
「そんなことないって」
「あるよ。昔から見てるんだから、分かるもん」
そこへ蓮もやってくる。
「晴、こっちは俺がやるわ」
「え? いや、蓮は自分の仕事――」
「いいって。お前、さっきから動きっぱなしだろ」
「……蓮まで」
「そりゃ気づくって。何年友達やってると思ってんだよ」
晴は少し笑った。
「……分かった。じゃあ任せるわ」
「おう、任せろ!」
その日の放課後。
教室に人がいなくなった頃、晴は教室の机に突っ伏したまま、気持ちよさそうに眠っていた。
美咲はそんな晴を見つけた。
「……ほんと、頑張りすぎだよ、晴」
静かな教室。
いつも明るく、みんなを引っ張っている晴が、今は無防備に眠っている。
美咲はしばらくその姿を見つめていた。
そして、少し乱れていた晴の髪に気づく。
そっと手を伸ばし、髪を直す。
「……」
その瞬間、晴が目を開けた。
「……美咲?」
「っ !……起きた?」
「今、なんかしてた?」
「……髪、ちょっと乱れてたから」
「そっか。ありがとな」
晴は何も気にせず笑う。
美咲は少しだけ視線を逸らした。
「……もうちょっとだけ準備していこうかな」
「ダメ。今日はもう帰ろ」
「でも、まだ――」
「明日もあるでしょ?」
美咲が晴の袖を軽く引っ張る。
「ほら。帰るよ、晴」
「……子ども扱いしてない?」
「してないよ。晴が聞き分けないだけ」
「はいはい」
「なに、その返事」
晴が笑う。
「美咲には敵わないなって」
「……そういうこと言うと、もっと甘やかしたくなるじゃん」
「え?」
「なんでもない」
「お疲れ様、晴」
「ああ、美咲もな」
二人は並んで教室を出た。
それから数日後。
放課後。
教室に残っていたのは、晴と美咲だけだった。
晴が文化祭のメニュー表を見る。
「なあ、美咲」
「ん?」
「これ、ちょっと実際に作ってみないか?」
「え?」
「パフェ。味とか確認しといた方がいいだろ?」
美咲は少し困った顔をする。
「でも、家庭科室を勝手に使うのはダメでしょ」
「ちょっとだけなら大丈夫だって」
「晴、そういうところだけ妙に強引なんだから……」
「お願い」
晴が手を合わせて言った。
「……もう。晴がそこまで言うなら、ちょっとだけだからね」
二人はこっそり家庭科室へ向かった。
そして、パフェ作りが始まった。
「晴、それ取って」
「これ?」
「そう、それ!」
「はい」
「ありがとう」
長い付き合いだからこそ、二人の動きは自然だった。
完成したパフェを見て、美咲が笑う。
「結構きれいにできたね」
「ああ、じゃあ味見してみようぜ」
美咲がスプーンですくう。
そして、少し迷ったあと――
「……晴」
「ん?」
「……はい、あーん」
「……え?」
「い、いいから早く!」
晴は少し驚きながらも、そのまま一口食べる。
「ん。うまい!さすが美咲だな」
「……そっか。よかった」
美咲は顔を赤くしながら笑った。
片付けを終えた晴が、
「今日のこと、蓮たちには内緒な」
晴が少し無邪気な笑顔で言った。
「……うん。秘密ね」
「なんか悪いことしてるみたいだな」
「実際、勝手に家庭科室使ってるからね?」
「それは……まあ、そうだな…」
二人で笑った。
帰り道。
「そういえば昔も、こうやって一緒にお菓子作ったことあったよね」
「覚えてる?晴、クリームつまみ食いしてたじゃん」
「え、俺そんなことしてた?」
「してたよ!しかも何回も!」
「……全然覚えてないわ」
「ふふっ。私は覚えてるよ」
二人だけの小さな秘密ができた。
そして、文化祭当日。
朝早くから教室は慌ただしかった。
「飾り付け、最後の確認!」
「メニュー表…大丈夫!」
「食材もある!」
四人は教室の中央に集まった。
「よし」
晴が手を出す。蓮、美咲、遥も手を重ねる。
「絶対成功させよう!」
「おー!」
そして、文化祭が始まった。
最初からたくさんの客が押し寄せる。
「いらっしゃいませー!」
蓮の声が響く。
「晴、こっちお願い!」
「了解!」
「遥は今入ってきたお客さんの注文お願い!」
「うん!」
「蓮、一回入口整理して!」
「任せろ!」
美咲が器用に全体を見ながら指示を出す。
晴は両手いっぱいに料理を運んでいた。
「晴、それ半分持つよ」
遥が自然に手を伸ばす。
「え、でも…」
「いいから。落としたら大変でしょ?」
「……助かった。ありがとな、遥」
「ううん。私も手伝いたかったし」
その頃、遥の接客は思った以上に好評だった。
最初は緊張していたものの、落ち着いた笑顔と丁寧な対応で、次第に客からも評判になっていく。
「白石さん、接客めちゃくちゃ上手い!」
クラスの女子が言った。
遥は少し照れながら笑った。
忙しい中で困っている遥を、美咲が見つける。
「遥、大丈夫?」
「ちょっとだけ…疲れちゃって……」
「大丈夫。私がやるね」
「ありがとう、美咲」
「一緒にやろう」
二人は顔を見合わせて笑った。
文化祭の前半が終わった頃。
「やっと休憩だー!」
蓮が伸びをする。
「ねえ、ちょっと他のクラスも見に行かない?」
美咲が提案した。
「そうだな!」
四人は屋台を回ることにした。
「なあ、晴、焼きそば食べね?」
「焼きそばいいな、美咲と遥の分も買ってくるわ」
晴と蓮は焼きそばを買いに行った。
「あれ美味しそう!」
美咲と遥はスイーツ系の屋台へ向かう。
「遥、どっちにする?」
「うーん……こっちかな」
二人が楽しそうに選んでいると、他校の男子が声をかけてきた。
「ねえ、君たち二人?」
「よかったら一緒に回らない?」
遥がやんわり断る。
「ごめんなさい。友達と回ってるので……」
しかし、相手は少ししつこく続けた。
その時、
「……おい、嫌だって言ってるだろ」
晴が二人の前に立った。
普段とは違う、低い声。
「なんだよ、お前」
他校の男子は晴を睨んだ。
その隣に蓮も立つ。
「俺らの友達なんで。これ以上困らせるの、やめてもらえる?」
空気が一瞬、張りつめた。晴も蓮も、手は出さない。ただ、絶対に引かなかった。
やがて男子たちは離れていった。
美咲が晴を見る。
「……晴」
「ん?」
「ありがと」
「ああ、なんもされてねぇか?」
「うん。私も遥も大丈夫」
晴は安心したように、いつもの笑顔に戻った。
「晴、かっこよかったよ…」
「え?」
「なんでもない!」
美咲は照れながら先に歩いていく。
遥も晴を見る。
「……晴、怖かった」
「え? 俺?」
「うん。いつもとちょっと違った」
蓮が笑う。
「晴、ああいうときだけ妙に男らしいんだよな」
「蓮だって同じだろ」
「まあな!」
四人はまた並んで歩いた。
午後の営業。
今度は注文が一気に集中した。
「晴、こっちお願い!」
「了解!」
「パフェの材料、もうない!」
「マジか!」
「俺たちが取ってくる!」
晴と蓮が急いで材料を取りに行く。
その間、美咲と遥、クラスが一丸となりが店を回した。
しばらくして、
「間に合った!」
晴と蓮が材料を持って戻ってきた。
「ナイス!」
四人で顔を見合わせる。
「……なんか、楽しいな」
晴が笑う。
「うん!」
遥も笑った。
忙しい。
疲れる。
それでも、四人でやっているから楽しかった。
そして、営業終了。
「――終了ー!!」
教室中から歓声が上がった。
「やったーー!」
「疲れたー!」
「でもめちゃくちゃ楽しかった!」
最後にクラス全員で記念写真を撮ることになった。
メイド服姿のまま、みんなで集まる。
カメラの前で笑う。
シャッターが切られた。
その写真には、今日一日を一緒に乗り越えたクラス全員が写っていた。
文化祭が終わった夕方。
片付けを終えた四人は、学校の裏に集まっていた。
「いやー、疲れた!」
「蓮、途中から食べてばっかだったじゃん」
美咲が言う。
「いいだろ! 頑張ったんだから!」
「ふふっ、そうだね」
四人で文化祭の出来事を振り返る。
「でも、楽しかったよな」
晴がそう言う。
「うん。すごく楽しかった」
美咲が笑う。
遥も笑って頷いた。
「私も。みんなと文化祭できてよかった」
夕暮れの空を、四人で見上げる。
「また四人で何かやりたいな」
「次はもっと楽なのがいい!」
「蓮くん、それ絶対無理だよ」
「なんでだよ!」
四人の笑い声が響いた。
その後。
遥は一人、カメラを手にしていた。
夕焼けに染まった校舎。
文化祭の飾り。
誰もいなくなりつつある教室。
今日の景色を、一つずつ写真に残していく。
「遥、まだ撮ってるの?」
振り返ると、晴がいた。
「うん。今日の景色、残しておきたくて」
「そっか、なんかいいな」
晴は少し考えてから、
「……じゃあさ」
「ん?」
「俺たちも一枚撮るか」
遥が少し驚く。
「……私と?」
「うん。せっかくだし」
「……うん」
遥はカメラをセットした。
二人で夕焼けの校舎を背景に並ぶ。
「もうちょっと近くてもいい?」
「え?」
「写真に入りきらないから」
「あ、そうだな……」
遥が少しだけ晴の方へ近づく。
カシャッ。
夕焼けの校舎。
そして、その前で肩を並べて笑う二人。
「……撮れた」
遥が写真を確認する。
「どう?」
「……うん」
遥は写真を見つめながら、優しく笑った。
「すごく、いい写真」
晴も画面を覗き込む。
「ほんとだ。文化祭、終わったんだな」
「……うん」
その写真を、遥は大切そうに見つめた。
この一枚が、いつか自分にとってどれほど大切なものになるのか。この時の遥は、まだ知らなかった。
ただ今は、この時間が嬉しかった。
大切な友達と過ごした、一度きりの文化祭。
そして――
大切な人と残した、一枚の写真。




