竜の天空都市
魔族の国から、マルザルドが空高く舞い上がる。
マルザルドが力強く翼を羽ばたかせると、周囲の竜たちはその気配を感じ取り、畏敬の念を込めて頭を下げ、マルザルドを見送った。
マルザルドの右後方には、ベルマウルを背に乗せたノクティルがいる。
今回、ビティアとベルマウルを呼び出したのはマルザルドだった。
ビティアとベルマウルは、マルベラの箒で魔族の国の首都カルバルオンに到着するやいなや、そのままマルザルドとともに再び旅立つ。
「ビティア! ベルマウル! 書類には目を通していきなさい。」
魔族の国の王ナルジェオスは、久しぶりに会う娘と孫の姿に喜び、手を振りながら駆け寄った。だが、二人は彼の目の前でマルザルドとともに空へ舞い上がる。歓迎のつもりで振ったナルジェオスの手は、そのまま二人を見送る手になってしまった。
「行ってきます。」
遠ざかるビティアの声だけが残った。
こうしてナルジェオスは、久しぶりに娘のビティアと孫のベルマウルに会えたにもかかわらず、ろくに会話もできなくて別れることになった。
「ははは。やはり私は竜に乗ることが天職です。」
ベルマウルはノクティルと一体となり、巧みに空を飛んでいる。
ベルマウルにとって、それは実に久しぶりに感じる誇りであり、自分が何者であるかという実感だった。
できることなら、自分が輝いているこの瞬間をアイオレンとシルブラスにも見せたい。
しかし、肝心の二人は今ここにいない。
「ほほほ。そうね、本当に残念だわ。」
ベルマウルがこれまで味わってきたつらさを誰よりもよく知るビティアは、明るく微笑み、息子を温かく慰める。
「ところで、今どちらへ向かっているのですか?」
ベルマウルが尋ねた。
マルザルドとビティアはずっと思念で何かを相談していたが、ベルマウルは魔族の国を離れてかなり経っても、なぜ自分がこの旅に同行することになったのか、説明を受けていなかった。
「賢竜たちの国、ザルカレムへ向かっているのよ。マルザルドによると、今度の賢竜会議には、あなたと私が参考人として必ず出席しなくてはならないそうなの。」
ビティアはそう言ってベルマウルを振り返る。
ベルマウルは一般的な竜騎士たちと同じように、ノクティルに跨がっている。
だが、古代の守護竜マルザルドの背は、ビティアが十人以上乗ってもまったく窮屈にならないほど広く、雄大だ。
それでもベルマウルがビティアとともにマルザルドに乗れないのには、彼の出生に関わる理由があった。
原則として、マルザルドとの絆は魔族の国の王族にのみ許された権限である。たとえベルマウルの内には、魔族の国の王女であるビティアの心臓血石があったとしても、血の重みだけでマルザルドとの絶対的な守護関係が成立するわけではない。
つまり、ベルマウルは完全な魔族ではないため、マルザルドとの絆を結ぶことができないのだ。
ビティアはマルザルドの広い背にゆったりと寝そべり、のんびりと空の旅を楽しんでいる。
ベルマウルはそんなビティアを羨ましく思いながら、マルザルドとノクティルを交互に見やる。
「ノクティル、頑張ろう。俺たちならできる。まずは今すぐ、体にいいものをしっかり食べることから始めよう。」
ベルマウルはそう言って意欲を燃やした。
「グォ?」
だが、ベルマウルの言葉を理解できなかったノクティルは、ただ首をかしげるばかりだ。
「人魚獣人族の国アイデンの東の国境を越えた先にはカレノル山脈があり、そのさらに奥深くに賢竜の国ザルカレムがある。」
「そこはエノルで最も知恵ある古代の竜たちが住まう地であり、山の峰ごとに築かれた賢竜たちの天空都市は、重厚かつ荘厳な威容を誇る。一方、山の下には、その深さを測ることすらできないほどの深淵が広がっている。」
「まあ、そのお話をまだ覚えているの?」
ベルマウルの答えに、ビティアは嬉しそうな表情を浮かべる。
「もちろんです。母上が、私の幼い頃によく子守唄代わりに聞かせてくださったではありませんか。ただ、それが伝説ではなく現実だとは、夢にも思いませんでした。」
ベルマウルは答えながら、照れくさそうに微笑む。
「ザルカレムに至る道は、ただ翼のみ。賢竜の国へ登る道は存在せず、あえてそこへ登ろうとした者もいない。賢竜に仕える竜人たちは、仕える竜の光輝を受けて輝き、主君に侍り、主様とともに飛ぶ。」
ビティアが語り部の真似をしながら物語の続きを口にすると、マルザルドは上機嫌で高度を上げ始める。
その後を追い、ノクティルも空の高みへ向かった。
カレノル山脈に入ったことを知ると、ビティアもすぐに寝そべっていた姿勢から身を起こす。
マルザルドとノクティルが雲の上へ出ると、語り部たちの話のとおり、竜人たちが目の前で待っている。
「竜人族一同、我らの主であるマルザルド様にご挨拶申し上げます。」
マルザルドの光輝に合わせて赤い衣をまとった竜人たちが、飛びながら恭しく頭を下げる。
「ビティア様とベルマウル様、そしてノクティル様も、大切なお客様として歓迎いたします。」
竜人たちは、マルザルドに同行するビティア、ベルマウル、そしてノクティルに近づき、笑顔で挨拶する。
「はい。よろしくお願いいたします。」
するとビティアが微笑み、一行を代表して挨拶する。
ベルマウルとノクティルは軽く頭を下げ、礼を示した。
「ここからは、私どもがご案内いたします。」
出迎えに来た竜人の中で最も高貴な者が、そう言ってマルザルドの前に進み出て、マルザルドを護衛する。
すると他の竜人たちも、マルザルドの四方へと散り、護衛するようにして飛び始めた。
竜人たちが向きを変えると、マルザルドとノクティルも同じ方向へ翼を動かす。
「あの方々が竜人族ですね。今日初めてお目にかかりました。ところで、竜人の皆様が直々に出迎えにいらしたのには、何か理由があるのでしょうか?」
ベルマウルは不思議に思い、ビティアに尋ねる。
「ああ、そうだったわ。ベルマウルはザルカレムに来るのが初めてだった。マルザルドはザルカレムの一翼を担う賢竜で、当然、もともと住んでいたのもザルカレムなの。だから、マルザルドに仕える天空都市の竜人たちが、お迎えに来たわけよ。」
ビティアが説明する。
「あ、そうなのですね。でも、マルザルド様が道をご存じないということはないと思うのですが。」
ベルマウルは腑に落ちず、もう一度尋ねる。
「ザルカレムの山の峰々は、一か所にとどまらず、絶えず場所を移しているからよ。だから、その位置も毎回変わるしかなくて、竜人たちが自ら出迎えに来るの。」
「山の峰が動くのですか? 世の中には実に不思議なことがあるものですね。」
ビティアの説明に、ベルマウルは驚きと好奇心の入り混じった表情を浮かべた。
「ザルカレムの山の峰が動き始めたのは、ずっと昔のことだそうよ。師匠は、それが魔法の秩序の循環に関わる現象だとおっしゃっていたけれど、興味がなくて聞き流してしまったの。気になるなら、今度直接お尋ねしてごらんなさい。」
ビティアは覚えていないようだったが、特に気にしている様子もなかった。
「到着いたしました。」
竜人たちが到着を告げると、ビティアとベルマウルの視線が下へ向く。
マルザルドは竜人たちとともに、天空都市へゆっくりと降り始めた。
天空都市の竜人たちは皆、マルザルドの姿を目にすると仕事の手を止め、敬意を込めて頭を下げる。
「賢竜会議は明日の正午に始まるとの連絡を受けております。」
最も高貴な者がマルザルドに近づき、日程を伝える。
するとマルザルドは軽く頷いた。
「マルザルド、ありがとう。」
マルザルドが住まいに完全に降り立つと、ビティアは礼を言いながら、その背から降りる。
「ビティア王女。ようこそおいでくださいました。」
待っていた女性の竜人がビティアに気づき、晴れやかな顔で近づいてくる。
「ええ、お久しぶりです。今回もよろしくお願いいたします。」
ビティアも見知った顔に会えて嬉しそうに頷く。
ノクティルから降りたベルマウルがビティアの隣に来ると、ビティアは彼を竜人に紹介した。
「こちらは、魔族の国のドラカン・ナバレス竜騎士団団長、ベルマウル将軍です。」
「はい、ベルマウル将軍。ようこそおいでくださいました。」
ビティアの言葉を受け、竜人は今度はベルマウルに挨拶する。
「よろしくお願いします。」
ベルマウルは恭しく頭を下げる。
「ところで、母上。マルザルド様は変身せず、そのままでいらしてもよいのですか?」
ベルマウルはそう言いながら、マルザルドの方を見る。
「どうしてそう思うの?」
ビティアは微笑みながら尋ねる。
「皆様は竜人の姿でいらっしゃるのに、マルザルド様お一人だけが竜の姿では、かえって不便なのではないかと思いまして。」
ベルマウルはそう言って、マルザルドを気遣う。
「ベルマウル、あなたは今、大きな勘違いをしているのよ。むしろ逆なの。竜人たちの中で、マルザルドがわざわざ竜人の姿を取る理由はないわ。正確に言えば、この世界のどこにも、竜が他の種族の姿を真似る理由などないということよ。賢竜は、それ自体が品格と威厳を備えた存在なの。だから、別の姿を取ること自体が、かえって礼を逸する行為になるのよ。」
「なるほど! そういうことでしたか。大変失礼いたしました。」
ビティアの言葉を聞いたベルマウルは即座に事情を察し、マルザルドへ深々と頭を下げて丁重に謝罪した。
マルザルドはそんなベルマウルを優しく見つめた。
周囲の竜人たちはベルマウルの行動に一瞬戸惑ったが、マルザルドの表情を見て安堵の息をつく。
「そういうことなのよ。」
ビティアが先に歩き始めると、ベルマウルは先ほどの失態を思い出し、照れくさそうに後頭部をかきながらその後に続いた。
そしてベルマウルが初めて天空都市の中心部を目にする。




