ドゥドハレン(煉獄)
「第1軍団。指定座標に到着します。」
副官が水晶板で位置情報を確認してから報告する。
「黒き波動による周辺通信の遮断。隠密魔法を解除。主砲発射。」
グレイハルスは即座に攻撃命令を下した。
隠密魔法が解かれ、何もなかった海上に第1軍団が姿を現す。
第1軍団が放つ黒き波動が、海上と海中に太鼓の音のように響き渡る。エノルの魔法秩序を乱して停止させ、敵が外部と通信できないよう、広域の通信遮断状態を作り出す。
続いてナイトヘヴンが正面に向け、一斉に砲撃を開始する。
「ドォン! ドォン! ドォン!」
爆発とともに広範囲の着弾地点が黒き魔力に染まり、黒い炎が立ち上り始める。
第1軍団の敵は沿岸の水晶砲塔で海上の軍勢を狙うが、ナイトヘヴンの対応のほうが早かった。
第1軍団の後方から攻城弾が発射され、放物線を描いて飛び、水晶砲塔に命中する。
「ドォン!」
発射寸前の水晶砲塔が、その場で爆発する。
「黒き波動の擲弾。敵砲塔に命中。」
副官が砲撃状況を報告する。
「せっかくナイトヘヴン・カラパクス・イアクトゥスを連れてこられたところだ。連続砲撃で沿岸を殲滅せよ」
グレイハルスの命令を受け、ナイトヘヴン・カラパクス・イアクトゥスから黒き波動を凝縮した球形の砲弾が発射され、沿岸へ向かって飛翔する。
砲弾が地面に落ちると、内部に凝縮された黒き波動の魔力が爆発し、周囲のすべてを消滅させた。
カラパクス・イアクトゥスは、通常のナイトヘヴンのほぼ2倍の長さの船体を持ち、黒き波動の擲弾を発射する攻城兵器だ。
それは第1軍団が保有する貴重な戦略資源であり、現在運用可能な数はわずか5隻しかなかった。グレイハルスは次元門を越える際、自らこれらを選び、同行させていた。
通常のナイトヘヴンより防御力が低く、攻撃速度も遅い代わりに、広範囲に甚大な被害を与えられるという強みがある。
そのとき、地域防衛用の艦船100隻余りが攻撃潜水艦の形態に移行して態勢を整え、第1軍団に向けて衝角攻撃を試みる。
「敵が水中から接近中です。予想進路はカラパクス・イアクトゥス。」
水晶板で状況を見ていた別の部下が、敵艦の水中からの接近を知らせる。
「黒き波動で通信を遮断されているというのに、なかなか声の大きな種族だ。」
だがグレイハルスは、敵の声の大きさのほうに興味を示す。
敵の声がそのまま海中に響いていた。その響きは、ナイトヘヴンでも同様に探知されている。
「海中で大声を上げて会話できる種族とは、実に興味深いですね。ぜひ魔王様の忠実な部下にしてみたいものです。」
「それもよかろう。海での生活に特化した種族だ。良い駒になるだろう。」
グレイハルスが同意してうなずく。
「敵攻撃潜水艦。攻撃範囲に入ります。」
部下が敵の接近をもう一度知らせる。
「追い込み浮上砲撃戦を開始せよ。」
グレイハルスは短く命じた。
第1軍団所属のナイトヘヴンの一部が潜水モードに切り替わり、海中に潜っていく。
「それで、魔王様が用意された場所の名は何とおっしゃっていた?」
「ドゥドハレンです。」
グレイハルスは目下の戦況など大したことではないかのように、別の話を始める。
「ナイトヘヴン。水中で敵を発見。作戦を開始します。」
部下が進行状況を知らせる。
「ドゥドハレン?」
部下の報告には興味がないかのように、グレイハルスが尋ねた。
「はい。エノルの世界のミルハレンを模して作られた、ミルハレンの並列体です。簡単に申し上げれば、煉獄です。」
「煉獄? 光の世界に属する、あの構造物か?」
「はい。お考えのとおりです。」
「そうか。実に久しぶりに聞く名だな。魔王様も、ずいぶん変わったご趣味をお持ちだ。」
「魔王様は、ミルハレンと並列に存在するドゥドハレンに、ご自身の眷属のための空間をお作りになるおつもりです。黒き波動をまとったエノルの生命は魔王様の眷属となったため、ミルハレンには戻れません。ですからドゥドハレンで、魔王様のために再び備えることになります。すべての魂が安息を望んでいるわけではありませんから。」
「ドバァァァン!!」
そのとき、水しぶきを上げて敵艦の1隻が水面上に弾き出される。
強制的に浮上させられた敵に向けて、第1軍団の黒き波動砲が一斉に火を噴いた。
ナイトヘヴンが強い力で押し上げると、敵の攻撃潜水艦はそのまま水面から弾き出され、宙に浮く。抵抗できなくなった敵艦は、待ち構えていたナイトヘヴンの格好の標的となった。
敵艦がグレイハルスの眼前で、まるで花火のように爆発して消える。
潜水モードのナイトヘヴンが敵を追い込んで強制的に浮上させ、敵の船体下部に艦首をぶつけて水面上へ弾き出す。そこを、水面で待ち構えていたナイトヘヴンが主砲で撃沈する。それが第1軍団の追い込み浮上砲撃戦術だ。
「それで、そのドゥドハレンへ通じる入口がここなのだな。」
グレイハルスは爆散する敵艦を無造作に眺め、やがて話し相手に声をかける。
「死霊君主であられるグレイハルス様にふさわしい場所だと思います。死さえも第1軍団の軍勢となるでしょう。」
「第1軍団は姿を隠す軍団ではない。姿を現す軍団だ。ドゥドハレンは私よりお前に似合うのではないか?黒の司祭レルカント。」
グレイハルスが何気なく相手の名を口にする。
「敵の殲滅完了。」
部下の報告を受けると、グレイハルスはレルカントの肩を軽くたたく。
「私は煉獄の管理人にすぎません。管理責任は、死霊君主であられるグレイハルス様にあります。」
司令室を出ていくグレイハルスに、レルカントは責任をおろそかにしないよう、はっきりと念を押す。
だがグレイハルスは何も言わず、右手を上げて振ると、そのまま立ち去った。
レルカントはその姿を見て短くため息をつき、杖を握った右手を掲げて呪文を唱える。
「プロケシオ・マルム。(不吉な行進)」
レルカントの呪文が響くと、死んだエノルの魂が彼の周囲に集まり始める。
魂がすべて集まると、レルカントは別の呪文を唱えた。
「ドゥケレ・ドゥドハレン。(ドゥドハレンへ通じる門)」
そして第1軍団の前には、黒き波動に染まった海辺の空間がある。
レルカントは集めたエノルの魂を、その前へと導いた。
やがて黒き波動に染まったエノルの魂が黒い炎を上げて消え、その場にドゥドハレンへ通じる巨大な門が姿を現す。
第1軍団がその場で反転し、門を守るかのように向きを変える。
「さあ、皆さん。ドゥドハレンへようこそ。」
レルカントの挨拶とともに、ドゥドハレンへ通じる黒き門がゆっくりと開いた。




