とある冒険者パーティーの一日
黒き方舟軍団の第3軍が上陸したのは、アイデンの陸上の首都リマルの東側国境付近だ。
第3軍がナイトヘヴンを隠すために湾を偽装したことで、今ではここは断崖の岬のように見えるが、それ以前からこの一帯は鬱蒼とした森林地帯だった。また、アイデンの東側国境の向こうには人影のまばらな地域が広がり、幾重にも連なる山脈だけが果てしなく続いている。
エノルの世界で最も高い山脈で、古くからこの地はカレノルと呼ばれてきた。
ナイトヘヴンの機能はすべて魔法的な形に変わったが、幸いにも機能そのものは従来どおり使うことができた。
第3軍団は隠密機能を備えた偵察ドローンを使い、周辺を探索している。
目的地は、陸地に広がる広大な森林地帯だ。
海では依然として、人魚獣人族のアダクス艦隊が周辺を行き来しながら偵察を続けていた。
幸い、ダークエルフの隠密魔法で偽装した湾の姿は見破られていない。とはいえ、強力な隠密機能を使えない偵察ドローンには、相手に発見される危険があった。
偵察ドローンは光の種族が暮らす港町や陸地のいくつもの都市を確認したが、逆探知を警戒し、森林地帯の外には出ない。
第3軍団は切迫した状況の中でここを拠点に定めたが、幸いにも、果てしなく続く広大な森はダークエルフたちの活動に最適な環境を提供してくれた。
綿密な調査によって、森林地帯には村も光の種族が暮らす場所も一つとしてないことを確認すると、第3軍団は次の計画を実行に移し始める。
今、第3軍団にとって最も必要なのは、エノルの世界に関する情報だ。
遠くに見える港町をはじめ、自分たちのいる森林地帯も、万年雪に覆われた高い山脈も、すべて名前がついている。
それどころか、第3軍団は自分たちがダークエルフという種族であることは知っていても、そのダークエルフがエノルでどのような立場にあるのかは知らない。
そもそも、新たな世界を初めて発見したわけでもないのだから、第3軍団が勝手に名前をつければ済む問題ではなかった。
結局、エノルの世界をより深く知るためには、光の種族と接触する必要があった。
そこで、その機会を作るための作戦に取りかかる。
そうした理由から、この森林地帯は偶然を装った出会いを演出するのに、うってつけの舞台となる。
第3軍団は森林地帯に生息する魔獣の調査を終えると、それぞれを危険度とレベルに応じて分類し、生息区域を再配置した。
「セフェローサ様。この森林地帯で活動する冒険者を観察した結果、彼らが用いる冒険者レベルを基準にすると、Aランクの冒険者まで活動が可能と見られます。森林地帯に生息する魔獣のレベルも、冒険者の基準ではAランクまでです。」
プリンテシルがセフェローサに報告する。
「分析結果はそうだとしても、これはあくまで冒険者のレベルを参考にしたものだから、実際に魔獣のレベルが本当にAランクまでなのかは分からないはずよ。」
報告を聞いたセフェローサが、一つの事実を指摘する。
「確かにそのとおりです。冒険者と魔獣の勝率を基準に分析したものですので、冒険者の実力によっては誤差の補正が必要になります。ただ、現時点ではレベルの誤差を確認する方法がありません。」
プリンテシルはそう言うと、首を横に振った。
「第3軍団のレベルはどうなっている?」
セフェローサが重ねて尋ねた。
周辺の魔獣との直接戦闘によって、第3軍団の戦闘力評価はすでに終わっていた。
「軍団の戦闘力は、最低でもA級以上です。ただし、レベルの上限を拡張し、A級を超えるものをS級とするなら、最もレベルの低い兵士でもS級に近いA級です。これについても、実際にはエノルの情報を入手して補正する必要があります。現状では、あくまで便宜上つけた等級です。」
プリンテシルが水晶板の内容を確認する。
「目標地点に、中級冒険者のパーティーが移動中です。」
水晶板で状況を見ていた部下の声が聞こえる。
第3軍団は、森林地帯に入ってきた冒険者パーティーを一つ残らず監視していた。
間もなく、部下が中央の水晶石に映像を映し出す。
映像の中では、冒険者パーティーが注意深く森林地帯を移動している。
「この冒険者パーティーを選ばれるおつもりですか?」
プリンテシルが尋ねる。
「うん。ひとまず、そうしてみようと思って。」
今、セフェローサは冒険者の服装をしている。
映像の中の冒険者パーティーのレベルを上げるため、セフェローサと第3軍団は、彼らのレベルアップに最も適した魔獣だけを選び、すでにその周辺に集めていた。
また、他の冒険者が近づくのを防ぐため、周辺に強力な魔獣を配置し、別の冒険者パーティーの接近を牽制している。
つまり、この森林地帯は第3軍団によって完全に掌握され、戦闘の勝敗さえも思いどおりに左右できる森となったのだ。
こうして、この森林地帯は冒険者パーティーに最高の幸運に恵まれた一日をもたらそうとしている。冒険者たちが真実を知れば、間違いなく不正行為だと思うほどに。
冒険者パーティーが最初に森林地帯へ入ったとき、パーティーのレベルはCランクだった。
そして、冒険者パーティーの実力も、ちょうどその程度だった。
冒険者パーティーの剣士が剣を振る。
ところが、今日に限って剣士の斬撃はすべてクリティカルヒットとなり、魔獣を倒していく。
魔法使いが呪文を唱える。
魔法使いが放った炎の呪文は驚くべき精度を誇り、空中に浮かぶ魔獣さえも寸分の狂いなく貫く。
弓使いの放つ矢は、一射で2体ずつを貫き、即死させる攻撃となる。
負傷者がいないため、レベルアップに最も時間のかかる聖職者も、治癒呪文用の杖を使って攻撃に加わる。
しかし聖職者は、属性上、生きている存在への攻撃力が著しく低く、アンデッド系に対する光の攻撃力だけが高い、基本的にバランスの偏ったクラスだ。
そのため、第3軍団はこの聖職者のために、特別にアンデッドまで用意していた。
当人たちは知らなかったが、第3軍団の意図によって、この冒険者パーティーは急速なレベルアップを強いられている。
さらには、体力や魔力の回復に役立つアイテムを鞄に詰め、魔獣に襲われた者が残した持ち主のいない品のように見せかけ、報酬用の鞄として置いておくという徹底ぶりも忘れない。
「今日はついてる日みたいだな。不思議なくらい剣のクリティカル率が高い。」
剣士の言葉だ。
「魔法攻撃もそうです。魔獣への命中率が高いですね。」
魔法使いの言葉だ。
「名手の矢は外れないものさ。」
弓使いが喜ぶ。
「森林地帯でアンデッドを倒して経験値を得られるとは、祝福された日ですね。」
聖職者も満足している。
「ははは。ここまでレベルアップしに来て正解でしたね。」
その言葉に、皆が笑う。
「では、もう少しレベルアップしてみましょうか? この勢いならBランクも狙えるでしょう。Bランクへの昇格に必要な討伐対象の魔獣リストも、ほとんど埋まっていますから。あとレアボスを1体倒せばよさそうです。」
魔法使いが水晶板を見ながら、昇格に必要な条件をもう一度確認する。
「そうは言っても、レアボスまで都合よく目の前に現れてくれるなんて、いくら運がよくても、身の程を超えた欲張りじゃありませんか? あの希少なレアボス、グルンハルトにここで出会うなんて、どう考えても無理です。無理ですよ。」
弓使いは首を横に振った。
しかし、首を振って手を振りながらも、その表情には期待の色がありありと浮かんでいる。
「確かに、ここまではダメージを受けずに狩りをしてきましたが、多数のライカンを伴って現れる森林地帯のライカンの頭領、グルンハルトに突然遭遇したら、それはそれで問題です。レアボスを狩るときは、他のパーティーと協力するか、徹底した攻略計画を立ててから挑むべきです。」
パーティーの実力をよく知る聖職者は、慎重に意見を述べる。
「ははは。確かにそのとおり……その……」
笑いながら剣士が振り返った瞬間、その言葉が途切れ、瞳孔が大きく開く。
「グルルル……」
幸運な一日を過ごしていた、とある冒険者パーティーの背後から、獣の低い唸り声が聞こえた。
「森林地帯のレアボス、ライカンの頭領グルンハルトに遭遇しました。冒険者パーティーの昇格試験を開始します。」
そして、全員の水晶板から、レアボスとの遭遇を知らせる音声が流れる。




