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リマル王宮会議

マルベラの箒が、魚人たちの指定した場所へと向かう。


独特な口癖を持つマルベラだが、実のところ彼女の箒さばきは、ルペンシアでも五本の指に入るほどの腕前だった。


マルベラは魚人たちの誘導する手振りに合わせ、一分の狂いもない完璧な箒の操縦を披露する。


やがて箒は、わずかな揺れすらなく、指定された場所へふわりと降り立った。


「ははは。セルベイン様、本当にお久しぶりです」


セルベイン一行が来るとの報せを受け、とうに出迎えに出ていた人魚獣人族が、セルベインへ先に挨拶をした。


貝殻と真珠、そして珊瑚を用いて作られた華やかな甲冑は見事なもので、その絢爛な姿は人魚獣人族の魚人めいた容貌に実によく似合っている。


「ええ。バルカエル将軍様、お久しぶりです。戦いもご苦労さまでした。ご無事で何よりです。」


着陸を終えた箒の上で、セルベインが笑いながら立ち上がる。


「ははは。お気遣い感謝いたします。ようこそお越しくださいました。お待ちしておりました。」


バルカエルは豪快に笑いながら、セルベイン一行が箒から降りられるよう脇へ退いた。


「ははは。それにしても、マルベラ様の箒さばきは、いつ見ても本当にお見事です。」


笑顔のバルカエルは、今度はマルベラへ向けて右手の親指を立て、称賛する。


その瞬間、過去の経験を思い出し、セルベインとマルベラを除く一行が身構えた。彼らは、マルベラとはまともな会話が成立しないという点で意見を同じくする同志たちだった。


「勇猛なるマーメイドたちよ!」


「あっ。」


そして、マルベラの叫びと、それを止め損ねた同志たちの慌てた声が同時に響いた。


だが、どうしてよいか分からずにいる同志たちの目の前で、信じがたい次の瞬間が繰り広げられる。


「フィストバンプ。」


バルカエルはそう言うと、マルベラの小さな右拳に、自らの巨大な右拳をそっと合わせた。


同志たちはその光景に目を丸くし、今まさに目の前で起きた現実さえ疑った。


「これはどういうことですか?」


アイオレンが同志たちを代表して尋ねる。


しかし、誰かを名指しして尋ねたわけではなかった。ただ、誰でもいいからこの状況を理解できるよう説明してほしかっただけだ。


「アイオレン、フィストバンプを知らないの?」


バルカエルと親しげな挨拶を交わしたあと、マルベラはむしろアイオレンを不思議そうに見て問う。


「そんな挨拶、どこの世界にあるのよ? マルベラが拳を突き出すから、将軍様に無礼を働くのかと思って、どれだけ驚いたか分かる?」


アイオレンと同志たちは、本当にマルベラがバルカエルと殴り合いを始めるのだと思っていた。


「アイオレン! フィストバンプを侮辱するなんて。そっちのほうが失礼だよ。」


マルベラは腰に手を当て、アイオレンを叱りつける。


「ははは。馴染みがなく感じられるのも無理はありません。ですがセルベイン様。近頃アイデンでは、マルベラ様に教えていただいたフィストバンプの挨拶が大いに流行しているのです。よろしければ、ほかの魚人たちともこの挨拶を交わしていただければ光栄です。」


バルカエルは少し恥ずかしそうにしながらも、その大きな体を可愛らしくくねらせ、セルベインの顔よりも大きな右拳を、セルベインの前へおずおずと差し出した。


戦場で数多の敵を打ち倒す、人魚獣人族自慢の猛将バルカエル。その太い拳が、セルベインの前で恥ずかしげに震えている。


「そういうことでしたか。ええ、もちろんです。お会いできて嬉しいです、バルカエル将軍様。」


すべてを理解したセルベインは、笑いながら軽く拳を合わせて挨拶をした。


するとバルカエルは、巨躯には似つかわしくないほど、喜びを隠しきれない様子を見せる。


「何をしてるんですか、バルカエル将軍。サイン会じゃないんですから、落ち着いてください。」


セルベインの前で我を忘れるバルカエルに、マルベラが嫉妬しながらぴしゃりと言い放つ。


「こほん。失態でした。この私ともあろう将軍が、しばし平静を失ってしまいましたな。」


バルカエルはすぐさま姿勢を正し、澄ました顔を取り繕う。


「ははは。アイデンでフィストバンプをすることになるとは思いませんでした。マルベラ、本当に素晴らしいです。」


ある意味とんでもないことを成し遂げたマルベラを、セルベインは笑いながら褒めた。


「では、フィストバンプの精神にならって、皆で挨拶を交わすとしましょう。この挨拶には、互いの拳を軽く合わせることで親しみと敬意を表す礼法が込められています。」


結局セルベインの言葉に従い、アイオレンとビティア、そしてベルマウルとシルブラスが一列に並び、半ば強制的にバルカエルと軽く拳を合わせて挨拶を交わした。


その後、セルベイン一行はバルカエルと一緒にアイデンの陸上首都リマルの王宮へ移動し、すでに用意されていた会議室へ入った。


「セルベイン様。お久しぶりです。」


アイデンのアダクス艦隊司令官であるアルベルロンが、右拳を前へ差し出し、嬉しそうに挨拶する。


「ええ。アルベルロン司令官様もお元気でしたか。」


セルベインはフィストバンプで、アルベルロンと親しげに挨拶を交わした。


続いてアイオレン、ビティア、ベルマウル、シルブラス、マルベラの順に、全員がフィストバンプで挨拶をしながら会議室へ入ってきた。


初めこそぎこちなく感じていたものの、会議室へ向かう道中で出会う魚人たちに、半ば強制的にフィストバンプをさせられ続けたため、アルベルロンと挨拶する頃にはすっかり慣れ、セルベイン一行は皆、笑顔で余裕たっぷりにフィストバンプを交わせるようになっていた。


「もういい加減にして!」


道すがらフィストバンプの味を覚えたベルマウルが、右拳を突き出したまま魚人たちを探し回り、ビティアに叱られたのはご愛敬だった。


「では、正式に紹介を始めましょう。私とマルベラはすでに面識がありますから、アイオレンからお願いします。」


全員が会議室に入り、席に着いたのを確認してから、セルベインは笑顔で自己紹介の時間を設けた。


「はい。私は弟子のアイオレンです。エルフ国に所属しています」


アイオレンは自己紹介を終えると、席に着いた。


「はい。私は弟子のビティアです。魔族国に所属しています」


ビティアも自己紹介をする。


「はい。私は竜騎士団ドラゴン・ナバレスを率いる将軍、ベルマウルです。魔族国に所属しています。」


ベルマウルが自己紹介をする。


「はい。私は青き狼のハウリング部隊のシルブラスです。獣王国に所属しています。」


シルブラスが自己紹介をする。


「ようこそ。歓迎いたします。私はアイデン艦隊司令官のアルベルロンです。こちらはバルカエル将軍です。人魚獣人族の国、アイデンへよくお越しくださいました。」


アルベルロンが一同を歓迎する。


「ははは。実はセルベイン様からすでに伺っておりました。アルカリオンの優秀な卒業生であり、二人の精霊王と契約なさった高名なエルフの賢者アイオレン様、魔族国の王女ビティア様、魔族国の将軍にしてビティア王女のご子息であるベルマウル様、青き狼のハウリング部隊に所属し、ルガルマ・ギルド長のご子息であるシルブラス様。皆様、ようこそお越しくださいました。」


バルカエルは初対面のぎこちなさを和らげようと、あえて訪問者たちについて丁寧に説明しながら場の空気をほぐしていった。


「ああ、そうだったのですね。」


口を開いたのはビティアだったが、アイオレンとベルマウル、そしてシルブラスの表情もずいぶん和らいだ。


「はい。それでは互いの挨拶も済みましたので、さっそく会議を始めましょう。」


セルベインが笑みを浮かべ、一同を見回しながら言う。


そして、黒き波動の艦隊についての会議が始まった。


「記録映像です。」


バルカエルが目配せすると、魚人が水晶板を操作する。


会議室中央の水晶石が輝き、その上にアイデンのアダクス艦隊と黒き波動の艦隊が対峙した際の映像が浮かび上がった。


黒き波動の艦隊から放たれた主砲が黒い光線となって迫り、アダクス艦隊のペクトラル・フィンズに屈折して空へ弾かれる。


「次元門を越えるなり先制攻撃ですか。黒き波動の艦隊指揮官は相当な手練れのようですね。」


セルベインは敵ながら、率直な感嘆を口にする。


海上で先制攻撃を仕掛けたことも、バルカエル率いる水中艦隊へ冷静に対応した姿も見事だった。


「その点は、私もバルカエル将軍も認めています。」


アルベルロンがセルベインの言葉に同意する。


「最後に黒き波動の艦隊が蛇のように動き、扇状の火力網を形成しながらこちらへ迫ってきたのも、攻撃と回避を同時に生かした見事な艦隊運用でした。」


該当する映像が流れると、バルカエルが説明する。


「ウィービング・ファイアですね。」


映像を見たセルベインが、黒き波動の艦隊が用いた技の名を告げる。


「ああ、そうなのですか。すでに存在する艦隊運用法だったのですね。」


セルベインがすでに知っていたことに、バルカエルはわずかに驚いた表情を浮かべる。


「こちらでも、この艦隊機動フォーメーションを研究中です。学ぶべき点があると見て、アダクス艦隊の運用戦術に実戦導入する予定です。もちろん、この戦術への対抗策も併せて研究しています。」


アルベルロンが、すでに研究が進められていることを告げる。


「はい、よいお考えです。それから近いうちに、私が知っている別の艦隊運用戦術についてもお教えしましょう。黒き波動の艦隊が見せた運用を考えれば、対抗するためにも、私の記憶にある艦隊戦術を皆さんにお伝えする必要が出てきました。」


エノルの世界に属する記憶ではないため、これまでは口をつぐんでいたが、黒き波動の艦隊の映像を見てセルベインは考えを改めた。


「セルベイン様にご指導いただけるのであれば、これ以上の栄誉はございません。ありがとうございます。すぐに戦術士官たちを呼びましょう。」


アルベルロンは身をかがめ、丁重に礼を述べる。


「買いかぶりすぎですよ、アルベルロン司令官様。」


セルベインも笑みを浮かべ、挨拶を返す。


「バルカエル将軍様。水中戦のほうはいかがですか?」


セルベインが聞くと、魚人は映像を切り替え、水中戦の記録を映し出す。


一同の前では、黒き波動艦隊の潜水攻撃艦とアダクス潜水攻撃艦が水中で激突する様子が再生されている。


「アダクスの潜水戦闘艦がカジキに似ているなら、黒き波動の艦隊の潜水戦闘艦はまるで黒い鯨のようですね。」


セルベインが両軍の潜水戦闘艦の形状を見比べる。


「はい、そのとおりです。そして敵の潜水攻撃艦は、アダクスのカジキ魚雷前進遊泳と比べても決して引けを取らない攻撃力を備えていました。戦闘艦の性能だけを見れば、接近戦も突進攻撃もアダクスと同程度と評価できます。」


実際に敵と交戦したバルカエルの説明だった。


「そして、これがセンチネル級アダクス哨戒艦の前で突如姿を消した、黒き波動艦隊の最後の様子です。」


バルカエルの言葉を受け、魚人が映像を切り替えて該当箇所を映し出す。


黒き波動の艦隊は潜水した後、一定の距離を進むと、忽然とその姿を消した。


「ちょっと待ってください。この部分の映像を私に複製してください。」


映像を見るや、アイオレンは勢いよく立ち上がり、自分の水晶板を振った。


「はい。もちろんです。」


バルカエルが目配せすると、彼の部下がアイオレンに歩み寄り、手にした水晶板を操作して映像をアイオレンの水晶板へ複製した。


「黒い魔力による隠蔽の術ですね。幸い、グラウムバルでは黒き波動を探知する、より強力な方法が見つかりました。アイオレンが分析すれば、さらに正確な結果が得られるはずです。」


「そんなことがあったのですか。グラウムバルも対応が早いですね。」


セルベインの言葉に、アルベルロンとバルカエルは満足げにうなずいた。


「では、映像はここで終わりですか。」


セルベインが聞く。


「アダクス艦隊によるものではありませんが、リマルの沿岸に設置した水晶石の広域探知で、不審な動きを確認しました。すぐに沿岸警備隊が人魚に変身し、その海域を直接調べましたが、何も発見できませんでした。ただ、海底に生息する珊瑚には、何かが通り過ぎたような跡が残っていました」


アルベルロンが魚人にうなずいてみせると、魚人は映像を切り替え、該当箇所の写真を表示した。


一同の前に、何かにこすられた海底の珊瑚の映像が浮かび上がる。


「確かに自然にできたものではなく、こすられた跡ですね」


セルベインもアルベルロンの言葉に同意する。


「では、黒き波動の艦隊の一部が、何らかの理由でアイデンの陸上の首都リマルまで来ていたということですね。現在、どのように対応していますか?」


セルベインが聞く。


「はい。現在、偵察部隊を派遣し、海岸沿いの陸と海の双方を目視で確認しながら捜索中です。」


アルベルロンが対応状況を説明する。


「時間のかかる方法ではありますが、ほかに手立てはありませんね。よく対処されました。」


セルベインはアルベルロンの言葉に共感したように、ゆっくりとうなずいた。


その後も作戦の詳細についての議論が続き、ついにリマル王宮での会議は幕を閉じた。

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