黒き大地の誓い
風が消えた黒い高原。
魔法秩序が広がりにくいこの場所は、長い時間、沈黙だけを積み重ねてきた。
皆、この地を「沈黙の誓約の地」と呼んだ。
魔王アスペルハイムの封印石がある場所である。
すべての精霊がその名を口にすることをはばかるほど、古く、深く、危険な場所。
しかし、セルベインとアイオレンは今、その沈黙の場所に来ていた。
「師匠。アスペルハイムの力が、より強く感じられます。」
アイオレンは静かで荒涼とした周囲の風景を見回しながら、慎重に口を開いた。
「本当にそうですね。確かに魔王の強い気配がここまで伝わってきています。」
セルベインも心配そうに周囲を見回す。
セルベインとアイオレンの目には、精霊王たちがアスペルハイムの封印石を徹底的に監視している姿が見える。
光と闇。火と水。風と大地。
六大元素の精霊王が、アスペルハイムの封印石の周囲を堅固に守っていた。
「ここはエノルでも本当に豊かな山岳地帯だったのです。」
過去形で語ってはいるが、セルベインの目にはこの場所の豊かな姿が浮かんでいる。
その光景は、アイオレンもエルネドを通じて魔法で見たことがあった。
「ですが、アスペルハイムの封印石がここに置かれるようになった後、この場所は今のように変わってしまったのです。」
数千年の間、エノルには魔族という存在はいなかった。
しかし、アスペルハイムの封印石がここにあり、その影響力が大地と干渉すると、魔法的な変異が始まった。
この地に住んでいた者たちの姿が変わったのである。
彼らは「沈黙の誓約の地」と呼ばれるこの場所に適応しながら、魔王アスペルハイムの邪悪な気配にも耐性を持ち始めた。
そして、その内面の変化は、やがて身体変異にもつながる。
ある時から、エノルではこの場所に住む種族を魔族と呼び始めた。
エルフが光を利用した魔法秩序に特化した種族だとすれば、魔族はエルフとは違い、闇属性に強い種族である。
魔族は最初から封印石の影響によって生まれた種族であるだけに、魔王と同質性を持つ闇系統の魔法秩序に特化していた。
しかし、魔族を外見だけで判断してはならない。
闇属性が強いため、魔王に従う種族だと思われるかもしれないが、魔族の大半は魔王アスペルハイムの復活を望んでいない。
今では少し違っているが、最初は魔族全体が皆、魔王アスペルハイムの復活を望んでいなかった。
そもそも魔王の目的は、エノルの世界を滅ぼすことである。
「正確に表現するなら、魔族は監視者なのです。皮肉なことですが、彼らの出現は私たちが意図したものでもなく、また魔王が意図したものでもありませんでした。」
セルベインが以前アイオレンにしてくれた説明である。
魔王の封印石と魔族の土地一帯を見て回った後、セルベインとアイオレンは魔族国の首都である城塞都市カルバルオンの城門前に立つ。
魔族国の首都カルバルオンは、「灰色の城塞」という別名でも知られている。
「カルバルオンですか。」
セルベインが小さな声で呼んでみる。
きっとそうではないのだろうが、なぜかアスペルハイムがいたずらしているような気がして、セルベインはカルバルオンという言葉を好きになることができない。
「師匠。」
そんなセルベインを、アイオレンが心配そうに見上げる。
「いいえ、アイオレン。大丈夫ですよ。」
セルベインはすぐに現実を受け入れる。
跳ね橋はすでに下ろされており、城門が開かれるとセルベインとアイオレンが中へ入っていく。
城門が完全に開くと、その前にセルベインとアイオレンを待つ魔族の姿が見える。
「魔族王ナルジェオス様、お会いできて嬉しいです。お久しぶりです。お元気でしたか?」
セルベインが嬉しそうに先に声をかける。
「ハハハ! ようこそおいでくださいました、セルベイン様。お久しぶりです。」
魔族王が右手を高く上げ、嬉しそうに振る。
すると、魔族王ナルジェオスの隣にいる美しい若い魔族の女性が、さらに慌てて大げさな魔族王の手をつかみ、急いで下ろした。
「お二人とも相変わらずですね。」
変わらない二人の姿に、セルベインの顔が明るくなり、笑みが広がる。
セルベインが固い表情を解いて笑うと、アイオレンもようやく安心する。
魔族王はセルベイン一行に配慮して、小さくてこぢんまりとした会議室を用意した。
セルベインの性格をよく知っているため、華やかな装飾もすべて取り払い、快適で静かな雰囲気に整えておいた。
会議室に一つだけある窓から、魔王アスペルハイムの封印石が見える。
「最近、封印石の動きが尋常ではないので、なんとなくセルベイン様がいらっしゃるような気がしていました。」
「はい、その通りです。ですので、この機会に確認しておこうと思います。」
魔族王ナルジェオスの言葉にセルベインが同意する。
「監視記録を見せていただけますか?」
「はい。もちろんです。どうせそうおっしゃると思って、すでに準備しておきました。」
ナルジェオスが隣にいる美しい若い魔族の女性へ手振りをする。
若い魔族の女性は魔族王を少し睨みつけた後、席から立ち上がり、手に持っていた水晶板をセルベインの前へ置いた。
澄んだ赤い瞳と、赤い絹糸のような長いストレートヘアが印象的な美貌の魔族女性である。
だが、その長いマントの隙間から完全武装の全身甲冑がきらりと光っている。
「ありがとう、ビティア。その間、元気にしていましたか?」
セルベインが先に挨拶をする。
「はい、師匠。元気にしております。師匠もお元気でいらっしゃいましたでしょうか? 久しぶりにお会いする場で本当に申し訳ありません。父は日ごとに威厳がなくなっているようです。」
体面と威信が失われることを何とも思わない父ナルジェオスに困りながら、ビティアのほうがより恥ずかしそうにする。
セルベインはビティアの剣術の師匠である。
「セルベイン様もお認めになったではありませんか。ビティアはいつの日か魔族の王位を継ぐ者。実は今すぐにでも譲って、私は気楽な年金生活を……」
「許可できません。」
ナルジェオスが本気であると分かっているため、セルベインはきっぱりと言った。
「あ……はい……」
ナルジェオスは、本当に残念そうな表情を隠さなかった。
「前回も引退の話をして、ビティアに引きずられていき、不自由な年金生活を送ったと聞いています。それなのに、まだ懲りていないのですか?」
セルベインが容赦なく問い詰める。
「いや……それはですな……」
セルベインの抗議に、ナルジェオスはしどろもどろになる。
「ああ~! そういえば、あなたが噂で聞いていた、まさにそのエルフの神童アイオレンなのだな。」
ナルジェオスは目を動かしながら素早く周囲を見渡し、逃げ場を見つけると話を投げた。
アイオレンはナルジェオスの突然の話題転換に戸惑い、しばらく瞬きをしたが、すぐに我に返って話を合わせる。
「はい。初めまして、魔族王様。私はアイオレンと申します。」
アイオレンは席から立ち上がり、丁寧に自己紹介をした。
状況的に、アイオレンにアピールしようとしたナルジェオスの威厳はすでにどこかへ行ってしまっていた。
しかし、それでも軽々しく振る舞えないのは、当のナルジェオスのせいではなく、師匠セルベインが隣にいるためであった。
「アイオレン様、お会いできて嬉しいです。私は魔族王の娘、ビティアと申します。」
ビティアがアイオレンの前までやって来て立つ。
アイオレンとビティアは、エルフと魔族という立場の違いはあったが、セルベインを師匠に持つという共通点によって、より容易に互いへ心を開く。
「はい、お会いできて嬉しいです。ビティア様。」
二人は手を握り、嬉しそうに振った。
「じゃあ、これからは仲良くするんだ。」
ビティアが先にくだけた口調になる。
「うん。あっ、うん。」
アイオレンはすぐに笑いながら、言葉とともに頷いた。
「アスペルハイム復活崇拝活動が増えましたね。」
その間に、水晶板で魔王封印石の監視記録を確認したセルベインが再び尋ねる。
「ああ、彼らのことですね。アスペルハイムの名を公然と口にすること自体が皆にとって負担の大きいことなので、今では魔王の追従者たちをモルジェルと呼んでいます。」
「死者の意志に従い、予言された王を待つ集団という意味ですね。」
ナルジェオスの言葉に、セルベインはモルジェルの意味を理解する。
「はい、その通りです。ですから、モルジェルの活動を専任で担当する部隊を編成してあります。」
「よくやりました。それで、どうですか?」
「最近数日間、封印石からの魔法波動が増加しました。そしてこれは、モルジェルの儀式が行われた時とも一致しています。」
ナルジェオスの言葉に、セルベインの眼差しが暗くなる。
「その儀式は、やはりダルガンの手によるものですか?」
セルベインの代わりにアイオレンが尋ねる。
「そうだ。まさにその儀式だ。」
今度は魔族王の代わりにビティアが答える。
「すでに予想していたことです。彼の力は、少なくともこの土地では絶対的です。ダルガンの手はどうなりましたか?」
セルベインが尋ねる。
「モルジェルを追跡して位置を確認しました。現在、討伐隊を送った状況です。ダルガンの手。その呪いの儀式が行われる場所はイレルダン峡谷です。」
ナルジェオスが答える。
「そして諜報部隊の事前調査によって、呪いに使用された歪んだ魔法回路と奇形ルーン構成の痕跡を発見しました。」
ビティアが偵察結果を話す。
ビティアの言葉に、セルベインは討伐部隊を心配する。
「信頼できる魔族将軍を派遣しました。私の右腕であり、私の影のような存在です。彼の名はベルマウルです。ご心配なく。実力は確かです。」
「ベルマウル将軍ですか。」
セルベインの記憶にはない名前である。
「まだ遅くはないでしょう。今からでもイレルダン峡谷へ行かれてはいかがでしょうか?」
アイオレンがセルベインに尋ねながら、ビティアを見る。
「はい。まだ作戦開始まで少し時間が残っています。急げば遅れずに到着できるでしょう。」
ビティアも頷く。
「では、行ってみましょう。」
するとセルベインが席から立ち上がる。




