第3の異邦人
アイデンのアダクス艦隊と黒き方舟軍団第1軍団が対峙する時、海底には静かに沈んだ30隻のナイトヘヴンがあった。
アイデンと第1軍団のどちらにも発見されぬよう、すばやく隠蔽魔法で姿を消した30隻のナイトヘヴンは、海底にぴたりと身を伏せる。
両軍が水中で激突し、艦船同士の熾烈な白兵戦が繰り広げられているが、30隻のナイトヘヴンはいずれにも与せず、ただ沈黙を保っている。
激突の反動で弾き飛ばされたアイデンのアダクスと第1軍団のナイトヘヴンが海底まで押し流され、隠蔽魔法で潜むナイトヘヴンに衝突する。それでも彼らは一切抵抗せず、その場に踏みとどまったまま何の反応も示さない。
30隻のナイトヘヴンは、両艦隊の戦いが終わり、海が静まる時を待っていた。
第1軍団がエノルの魔法秩序からいかなる属性を与えられたのか、セフェローサには分からない。
もし第1軍団が精神系の探知魔法を用いる種族なら、行動だけでなく、考えただけでも第3軍団の存在が露見しかねなかった。
そこでセフェローサは、音による探知のみならず思考による探知も防ぐため、部下たちに思念共有まで止めるよう命じる。
結局、黒き方舟軍団第3軍団はあらゆる探知を避けるため、全員がその場に座り込み、何ひとつせずにいた。
セフェローサの目には、黒き方舟軍団第1軍団がエノルの世界で敵と交戦している以上、エノルの魔法秩序が第1軍団を認めたことは明らかだった。
そしてそれは、セフェローサと黒き方舟軍団第3軍団もまた、エノルの魔法秩序に正常に登録されたことを意味する。
セフェローサは第1軍団も第3軍団も無事にエノルへ到着したに違いないと判断する。
セフェローサは部下たちを見回した。
セフェローサにエノルの魔法秩序から与えられた属性が絶えず浮かんでいる。
セフェローサにも第3軍団の全員にも、ダークエルフ属性が付与されていた。
軍団長であるセフェローサにはダークエルフ族長の地位が与えられ、副官プリンテシルはダークエルフの大戦士となった。
初めからセフェローサは、双方の軍勢が長期戦に持ち込むことはないと見ていた。
黒き方舟軍団第1軍団は、エノルに到着したばかりだ。
だからこそ、セフェローサの知るグレイハルス軍団長なら、この辺りで事態を収めるはずだった。
第1軍団が孤立無援で戦っているのに対し、相手は兵力の補充にも物資の供給にも有利だ。
魔王アスペルハイムとの挟撃を期待できるなら別の選択肢もあっただろうが、魔王はいま封印石に囚われており、大きな支援は望めない。
結局、第1軍団が今回の戦いに勝利したとしても、長い目で見れば火力の浪費にすぎなかった。
しかし相手もまた、第1軍団の実情を正確には把握していない。
もし目の前の第1軍団がそのすべてだと知っていたなら、無理を押してでも全戦力を投入したことだろう。
やがて周囲の轟音は次第に遠のき、海はいつもの穏やかさを取り戻し始める。
セフェローサは、第1軍団と最初に戦った相手が何者なのかを知らない。
だが、第1軍団が無事に敵を振り切って姿を消したのなら、相手はナイトヘヴンの黒い波動による隠蔽機能を探知できないのだと推測できた。
セフェローサが静かにうなずくと、部下たちは音を立てぬようゆっくりと動き、装置を操作して周辺の探知を始める。
第3軍団の頭上ではエノルの艦船が慌ただしく動き回っていたが、依然として第3軍団のナイトヘヴンを捉えられずにいる。
黒い波動による隠蔽は、光の世界では影のように映った。
光の世界は、光を7つ、あるいはそれ以上の色に分けて見られるほど光に関する研究を発展させていたが、それに比べて影の研究はほとんど進んでいなかった。
光とは違い、影はただの影にすぎない。
ゆえに影を光のように分けて捉えられないことが、光の世界でナイトヘヴンの隠蔽状態を感知しにくい原因だった。
かつてから光の種族は属性として影を扱わず、それはエノルの魔法秩序も同じだった。
影がどうあろうと何の不自由もなかったため、光の種族にとって影の研究は不要だったのだ。
「セフェローサ様。これからどうなさいますか?」
プリンテシルが指示を待つ。
「エノルの艦船についていこう。その先にはきっと、光の種族が暮らす都市があるはずだ」
偵察用の艦船はいくらか残ったものの、大半の艦船は針路を変え、同じ方向へ進み始める。
すると第3軍団も、隠蔽を保ったまま静かに後を追い始めた。
ナイトヘヴンにダークエルフ属性固有の隠蔽魔法が付与されると、その隠蔽状態はさらに強化された。
そのため、もともと探知しにくいナイトヘヴンは、アイデンのアダクス級艦船の探知能力では捉えられない状態となる。
「艦船が二手に分かれます。」
エノルの艦船を追跡するさなか、部下が状況を報告する。
第3軍団の前方で、アダクスの一部は水面へ、残りは水面下のさらに深い海へと向かった。
「どうなさいますか?」
プリンテシルがセフェローサに尋ねる。
「水面へ向かうエノルの艦船を追う。きっと陸地へ向かっているところだ。」
アダクスが二手に分かれると、第3軍団は水面へ向かう艦船の後を追った。
そしてセフェローサの予想どおり、艦船の行く手に港町が姿を現す。
アイデンの陸上首都、リマルだった。
「停止。これ以上近づくのは危険だ。広域探知に引っかからないよう、そろそろ別れる時だ」
ナイトヘヴンの探知魔法に陸地の地形が映ると、セフェローサはアダクスの追跡をやめる。
「軍艦が停泊するほどの都市なら、軍事上の要衝と見るべきだ。当然、より強力な広域探知魔法で周辺を監視しているだろう。」
セフェローサが海岸を見やると、都市の海沿いには巨大な水晶石が一定の間隔で配置されている。
水晶石はゆっくりとその場で回転しており、まるで海を監視しているように見えた。
エノルの艦船には探知されなかったとはいえ、水晶石にも見つからない保証はない。
浅い海で、黒き方舟軍団第3軍団は浮上せず、水中の断崖に沿って右へ回り込み、リマルから遠ざかっていく。
第3軍団が移動するあいだも、その上方では周辺海域を偵察するアダクス戦艦が慌ただしく行き交っている。
「第1軍団は、登場早々ずいぶん華々しく舞台を飾ったようですね。」
プリンテシルは、エノルの艦船の間で交わされる会話を傍受している。
「グレイハルス軍団長が最も得意とするのは艦隊戦だからな。だが、相手もなかなかだった。艦隊戦では無敵を誇る第1軍団を相手に、大きな損害もなく互角に戦ったのだから」
セフェローサは率直に相手を称賛する。
アイデンの陸上首都リマルからさらに遠く離れ、アダクス戦艦の姿が見えなくなると、第3軍団はようやく海面へ浮上し、背びれを広げて周囲を見渡す。
エノルの世界に初めて現れたダークエルフ族が、初めてエノルの光のもとにその姿をさらす瞬間だった。
海岸線に沿って進むと、第3軍団の前方にナイトヘヴンの艦船を隠すのにうってつけの湾が現れる。
入口は狭いが、海が陸地の奥深くまで入り込み、その内側には波のない、深く広い静かな湾が広がっていた。
一見すると海上の入口は船が入れないほど狭い。だが水面下には進入可能な巨大な穴があり、第3軍団のナイトヘヴンもその穴を通って十分に出入りできた。
第3軍団は湾の奥に30隻のナイトヘヴンを並べて停泊させ、上陸の準備を始める。
湾の上空と海上の狭い入口、そして海中の巨大な穴には偽装魔法を施し、その存在を隠した。
魔法で覆い隠すと、もとの湾は消え、広大な断崖の岬のように見えた。
「周辺地形の偽装が完了しました。第3軍団の上陸準備に入ります。」
プリンテシルが報告する。
「うん。お疲れ。」
セフェローサがうなずく。
「そもそもダークエルフ族は、エノルには起源を持たない種族だろう。すでにエノルの魔法秩序に登録されているとはいえ、初めて目にする私たちの姿に、エノルのほかの種族が驚かないはずはない。光の世界の住民と衝突せずに出会えるかどうかが肝心だと思う。」
プリンテシルを見ながら、セフェローサは心配そうに笑ってみせる。
「はい。それでも、黒い啓示よりはよい印象でしょう?」
「ははは。たしかにそうだな。」
プリンテシルの言葉に、セフェローサとプリンテシルはそろって笑う。
「プリンテシル様。」
部下に呼ばれたプリンテシルは、セフェローサに一礼すると、すぐにその部下とともにその場を離れる。
セフェローサは首にかけたネックレスに触れている。
だが、ネックレスからは何の魔力も感じられない。
「ラノク。私たち、来ました。来るのが遅くなって、ごめんなさい。」
陽だまりに包まれた穏やかな湾だったが、セフェローサは寂しげな表情でそっとため息を漏らした。




