北部の援軍
夕食の時間になると、ベルマウルまで含めて全員が一堂に会した。
ベルマウルはビティアを見るなり嬉しそうに笑い、対練の成果を説明しようとして口を開いた。
「母上。お喜びください。今日、シルブラスと草原で――」
しかし、ベルマウルが嬉しそうに話したのはそこまでだった。
「うん、お帰りベルマウル。とりあえずそこに座って。」
ビティアは急いでベルマウルを椅子へ案内する。
「あ、はい。」
ベルマウルは話したいことがたくさんあったが、深刻な雰囲気を察してそのまま椅子に座り込んだ。
シルブラスもセルベイン一行とルガルマに挨拶した後、急いでベルマウルの隣に腰を下ろす。
「トン。」
全員が座ると、セルベインは食卓の上に水晶石を置いた。
水晶石の中でも黒い魔法回路が光を吸収し、まもなく黒い波動を生み出している。
ただし、水晶石の中で黒い魔法回路に供給される光の粒子量は非常に限られていた。
そのため現象は暴走せず、ゆっくりと進行していた。
水晶石は黒い波動が発生すると再びそれを吸収し、光へと戻していた。
その現象が目の前で繰り返し続いている。
「師匠。水晶石は大丈夫でしょうか?」
アイオレンが心配そうに尋ねる。
すでにギガンティックビーストを調査し、その一部から黒い魔法回路を発見していた。
そのため水晶石は現在、数十個の黒い魔法回路を吸収した状態だった。
「確かにそうですね。これ以上はおそらく無理でしょう。」
セルベインは水晶石の状態を見ながら、アイオレンの言葉に同意した。
「実はこの水晶石は、エルセリオン魔法を研究するためにグラウムバルで試作品として作られたものです。黒い魔法回路を防ぐことが本来の目的ではありませんでした。エクスバーク様から水晶石を受け取った時には、このように使われるとは思ってもいませんでした。皆さんは運が良かったですね。」
セルベインは笑いながら皆を見回した。
共に暮らすすべての者に魔王に関することを決めてほしいと望んでいたため、セルベインは魔王に関する案件を一度も単独で処理したことがなかった。
実際、今のように誰かの良いアイデアに頼って助けられたこともかなり多かった。
「では、ドワーフ王国グラウムバルに連絡して、水晶石をさらに製作してもらうべきではないでしょうか?」
ビティアが尋ねる。
「はい。そのほうが良いと思います。ですので、すでにエルネドを通じてグラウムバルに水晶石の追加製作を依頼しました。製作数は少ないですが、ギガンティックビーストを検査するには十分でしょう。しかも今回は魔王が親切にも黒い魔法回路を直接作って送ってくれました。この魔法回路を分析すれば、黒い波動を吸収する水晶石の効率を高められるはずです。」
ビティアの質問にセルベインが答える。
「魔王が作った魔法回路を逆に利用しようということですね。」
するとビティアは、反撃を加える絶好の機会だと思い喜んだ。
「ただ問題は、水晶石を送って受け取るまでの時間です。ここ獣王国バルエルからドワーフ王国グラウムバルまでは距離がありますので、獣人の速い足をもってしても、水晶石を届けて再び受け取るには十日以上かかるでしょう。」
ルガルマは困ったような表情を浮かべる。
「ですから、すでに彼女を呼んであります。ですので、水晶石の発送と受け取りについては心配なさらなくても大丈夫です。」
セルベインが笑う。
「彼女ですか?」
その人物が誰なのか見当がついたのか、ルガルマは少し困った顔をした。
「ほほほ!天下のルガルマギルド長も、彼女だけは苦手なようですね。」
ルガルマの表情を見ながら、セルベインはどこか悪戯っぽく言った。
「私の至らなさが原因です。さらに精進いたします。」
しかしルガルマは苦笑を崩さなかった。
「ええ、そういうことにして、明日の楽しみに取っておきたいですね。」
セルベインは珍しい機会を得たと感じたのか、のんびりと答えた。
そうしてセルベイン一行は、ギガンティックビーストの全面調査問題と黒い波動を生み出す魔法回路の問題について会議を続けた。
ベルマウルは、草原での気付きやバイソンと共に駆けた冒険談を話す機会すら得られなかった。
最初のうちはベルマウルも、自分が体験した素晴らしい話を語る機会を虎視眈々と狙っていた。しかし、水晶石や黒い魔法回路、そしてギガンティックビーストの検査過程について説明を聞いているうちに、後にはセルベイン一行の冒険談にすっかり引き込まれ、むしろそちらに夢中になっていた。
「ところでベルマウル。さっき何か言いたいことがあったんじゃないの?」
会議が終わり立ち上がる時、ビティアはふとベルマウルが何か話そうとしていた姿を思い出した。
「はい、そうではありましたが、大したことではありませんでした。お気になさらないでください。また今度お話しします。」
むしろベルマウルのほうが何でもないことのように流した。
「丘でエルセリオン魔法の呪文がレックスビーストに防がれたのは、黒い魔法回路が原因だったのですね。安心しました。」
ベルマウルは、エルセリオン魔法の呪文自体には問題がないと思い、安堵した。
「ですが、エルセリオン魔法の呪文の状態が異常だったことと、黒い魔法回路との関連性については、もう少し調査する必要があります。」
セルベインは、ベルマウルが早計に判断しているように思えたため、急いで説明を付け加えた。
「まずは明日の朝、彼女に会った後でギガンティックビーストの検査計画について改めて議論することにしましょう。」
その言葉と共に会議は締めくくられた。
夕食の時も会話の話題は依然としてセルベイン一行とギガンティックビーストの検査過程だったため、ベルマウルには自分の冒険談を話す機会がやはりなかった。
エノルの北には、いつも彼女たちがいた。
すべての種族がルペンシアと呼ぶ国である。
しかし、ルペンシアという国名も他種族が便宜上付けた名前にすぎなかった。
その意味で、ルペンシアという名称は一種の愛称である。
本質的に、ルペンシアは国と見るにも都市と見るにも住民数が不足していた。
そのうえ、断崖の上、あるいは断崖と断崖の間の空間に家々が建っている構造であるため、一般的な都市で見られる広い広場は存在すらしなかった。
すべての家が断崖に位置しているため、一般的な移動手段である浮遊式魔法荷車もここでは使用できない。
そのため、ルペンシアには独自の交通手段が存在していた。
商人たちの口コミによってエノル世界に知られるようになった、まさにそれである。
ルペンシア。
すなわち、断崖と魔法を宿した魔女たち、そして箒の国。
翌朝、草原に舞い降りた魔女がセルベイン一行を出迎えた。
「セルベイン様!」
魔女はセルベインを見るや否や、嬉しさのあまりまず抱きついた。
「アイオレン!」
次に嬉しさを込めてアイオレンを抱きしめた。
「ビティア!」
そして嬉しさのあまりビティアを抱きしめる。
ベルマウルとルガルマはそのまま素通りされた。
そしてシルブラスの前に立つと、何やら不満そうな表情を浮かべる。
「私、お前を抱きしめたい。狼の姿を注文する。」
魔女は堂々と言った。
シルブラスは首を横に振ってため息をつくと、抵抗する気もなく素直に呪文を唱え、青き狼になる。
「シルブラス!」
ついに魔女の内面から嬉しさがあふれ出し、青き狼になったシルブラスをぎゅっと抱きしめる。
「マルベラ。元気にしていましたか?」
セルベインが笑いながら近況を尋ねる。
「はい、サー!このマルベラ、座っても立っても寝ても覚めても、ただひたすらセルベイン様のお呼びだけをお待ちしておりました。一にも忠誠、二にも忠誠であります!」
マルベラは独特な話し方をしながら姿勢を正し、右手を上げて眉のところに当て、セルベインに敬礼する。
しかし、この挨拶の仕方を知っているのはセルベインとマルベラだけであり、他の者たちから見れば非常に奇妙な行動だった。
「母上。変な者が現れました!」
登場からして怪しいマルベラに、ベルマウルはすぐ警戒の眼差しを向ける。
「君がベルマウル君か。ベルマウル君は魔族の将軍ではあるが、私はルペンシア最高統治機関である魔女協会の役員だ。よって序列上は私のほうが上であることは明らかだ。だからベルマウル君と呼ぶことにする。」
挨拶半分、自己紹介半分で、マルベラは序列を整理するような目つきでベルマウルを頭の先から足元まで眺め回した。
「いいえ。初対面でそれはちょっと困ります。」
ベルマウルはあまりにも呆気にとられ、とりあえず断ろうとする。
「ベルマウル君。申し訳ないが、君に拒否権はない。ベルマウル君にはその点を明確に理解してもらいたい。」
マルベラは自分の杖を持ち上げて地面を一度叩くと、ベルマウルの意見をぴしゃりと切り捨てた。
「母上。かなり変なんですけど。」
ベルマウルは助けを求める目でビティアに囁く。
「うん。この子、かなり重傷なの。子供の頃に箒の飛行事故で頭を少し打った子なのよ。すぐに治療はしたんだけど、とりあえずあなたが理解してあげなさい。」
ビティアはベルマウルをなだめる。
「ルガルマギルマおじは元気だった?」
「は、はい。元気でした。」
マルベラの言葉に、ルガルマは微妙な表情を浮かべる。
「言葉がもっと短いんですけど。ギルマおじって何ですか?」
ベルマウルが再びビティアに尋ねる。
「傷を負った子だって言ったでしょう。この子はルガルマギルド長に初めて会った時から、ギルマおじという意味不明な舌足らずの言葉を使っていたの。師匠はギルドマスターと同じ意味だとおっしゃっているけれど、表現はやっぱり変わっているわ。特に気に入った相手には、もっと言葉が短くなる傾向があるの。もちろん師匠は例外だけど。」
ビティアはベルマウルにだけ聞こえるように耳元へ手を添えて囁く。
「ビティア。ベルマウル君に聞きたいことがあるなら直接聞けと言ってくれ。」
マルベラはビティアとベルマウルの前まで来ると、あからさまに二人へ向かって言った。
「マルベラ。もうそれくらいで、お互い自己紹介は済んだようですね。水晶石は無事に受け取ってきましたか?」
セルベインが笑いながら話題を変える。
「はい、サー!ドワーフ兄貴たちから水晶石を無事受領し、安全に持って参りました。輸送中の天候異常なし。高度三百メートル。気温二十度。湿度五十パーセント、誤差範囲十パーセント。コールドチェーンコンテナ状態良好。任務完了であります。」
マルベラの右手は報告と共に再び自分の眉のところへ戻る。
「話についていけません。」
ベルマウルは再びビティアに小声で囁く。
「実は師匠以外には会話そのものが無理なのよ。ただ、そういうものだと思いなさい。」
ビティアはベルマウルに諦めるよう告げた。
「続きまして、この場で新型箒発表会を開催できることを大変光栄に思います。」
続いてマルベラは横へ下がると、自分の箒の紹介を始めた。
魔女について紹介する際、語り部たちは自分たちに理解し難い言葉をすべて省き、適当な対応語に置き換えていた。
そのため大半の者は、語り部が作り上げた物語として魔女を記憶している。
魔女の姿を躍動的に表現するため、一本の箒に乗って飛び回る姿とされたのがまさにそれである。
しかしルペンシアは、厳しい風が吹き荒れる断崖の上の国だ。
そんな場所で箒一本だけを頼りに飛んでいては、命がいくつあっても足りなかった。
とはいえ、箒という表現が完全に間違っているわけでもなく、魔女たちが箒に乗って移動しているのも事実である。
魔女たちが乗る箒とは、絨毯のような構造物の左右に実際の箒を連結した姿をしているからだ。
今、マルベラは誇らしげに肩を大きく張り、その鼻先は少し空へ向けられていた。
「セルベイン様に、私の高級箒マベル零式を栄誉をもってご紹介いたします。従来二本のみだった箒を四本へ増設。箒業界初の四輪駆動システムを搭載し、それに伴い飛行出力も従来の五百馬力から最大二千馬力まで上昇。よって高高度運用能力が強化され、それに伴い流通の品質と安全性も飛躍的に向上。さらにそれだけでなく――」
そして待っていましたと言わんばかりに、マルベラの箒自慢が始まった。
セルベインを除いては誰一人理解できない単語の集合体が、しばらくの間、マルベラの口から休む暇なく次々と飛び出してきた。




