謎の手がかり
レックスビーストの診察が迅速に、そして円滑に続いている。
アイオレンのエルフ魔法呪文〈プリマ・エセンシア〉によって召喚された輝くリングが、レックスビーストの体をあちこち行き来する。
ビティアは魔法呪文〈カレンディア〉でレックスビーストの内部にある黒い波動を追跡する。
獣人たちは気功術によってレックスビーストが驚かないよう反応を鈍化させた。
そしてセルベインが共有魔法〈イマレル〉でレックスビーストの状態を皆と共有する。
ルガルマはレックスビーストの特徴をよく知っているため、セルベインの隣で助言をしていた。
異なる特性の魔法呪文が洞窟の中に響くが、衝突することなく調和を成している。
獣人たちだけで行った第一次調査よりも、さらに徹底的にレックスビーストの状態を確認する。
黒い波動がレックスビーストの体に少しでも残っているなら、決して見逃すことはできない。
しかし、すべての検査が終わるまでレックスビーストから異常な点を見つけることができない。
「師匠。何もありません。」
アイオレンは何度にもわたる検査にも異常な点がないため、セルベインに結果を報告する。
「魔法追跡者の黒い波動誘導信号も正常です。魔法追跡者による黒い波動の同調反応はまったくありません。」
魔法追跡者もすでにレックスビーストの体を何度も巡ってきたところだ。
ビティアが魔法追跡者の収集した結果を見ながらセルベインに言う。
「レックスビーストの生体反応は正常です。暴走の可能性はありません。」
ルガルマの結論である。
「そうですね。」
セルベインが同意する。
状況を共有しているため、セルベインもすでにレックスビーストの状態が問題ないことはよく知っている。
「レックスビーストは健康です。ただ、黒い波動がまったくないということが、かえって気にかかります。」
セルベインは丘でレックスビーストが体にまとっていた黒い波動をはっきりと覚えている。
残留した黒い波動が残っていたことも確認した。
しかし今は黒い波動がまったく残っていない。
これまで経験してきた黒い波動の消滅速度と比べると、今回のレックスビーストの残留黒い波動は異様なほど早く消えたことになる。
セルベインはむしろその点が心配だった。
「何か重要なものを見落としている気がします。」
そう言いながらセルベインは自らの魔法呪文を解除する。
セルベインが魔法を解除すると、アイオレンとビティアも魔法呪文を中止する。
ルガルマも獣人たちに中止命令を下す。
獣人たちのハウリングが終わり、レックスビーストにかけられていたすべての呪文が消える。
しかし呪文が消えたことにも気づいていないかのように、レックスビーストはじっと立ったまま好奇心に満ちた目で来訪者たちを見ている。
セルベインはしばらく考え込む。
「おかしいな。」
ビティアがアイオレンに言う。
「本当にそうよね。エルフ魔法でなければ魔族魔法、それでもなければ獣人の気功術ででも何かは見つかると思ったのに。」
アイオレンが首をかしげる。
「レックスビーストの状態が確実に正常だということだけでも、間違いなく成果なのです。」
ルガルマは良いことだと言って二人をたしなめる。
それでもセルベインはなおも悩ましそうだ。
「ルガルマギルド長、大変です!」
突然青き狼に変身した一人の獣人が、慌ただしく洞窟の中へ飛び込んでくる。
「診療所の外でトライホーンビーストが一頭凶暴化しました。」
獣人が急いで状況を報告する。
「レックスビーストを守れ。」
ルガルマは洞窟内の獣人たちにそう言い残し、素早く洞窟の外へ向かう。
そして誰が先とも言わず、セルベイン一行も慌ててルガルマの後を追い、洞窟の外へ駆け出した。
レックスビーストを守る獣人たちは、万が一の事態に備えて青き狼へと変身し、レックスビーストのそばへぴったりと寄り集まる。
洞窟の外へ出たセルベイン一行とルガルマの前に、巨大なトライホーンビーストが前足を振り回して柵を破壊する姿が見える。
トライホーンビーストの周囲では、青き狼に変身した獣人たちが気功術を集中させ、トライホーンビーストを眠らせようと試みていた。
トライホーンビーストは気功術に誘導されて意識を失ったが、すぐにまた意識を取り戻して咆哮する。
しかし獣人たちは、そのたびにより強い気功術で再びトライホーンビーストの睡眠を誘導している。
セルベインはトライホーンビーストの目を注意深く見る。
やはり丘で見たレックスビーストのように、すでにトライホーンビーストの目も赤く充血している。
「どうしたのだ?」
ルガルマが部下に問う。
「わかりません。突然トライホーンビーストが暴走し始めました。だからすぐにご報告したのです。気功術でトライホーンビーストの睡眠を誘導中ですが、トライホーンビーストが抵抗しています。」
部下が状況を報告する。
「気功術の進行はどうだ?」
ルガルマが再び問う。
「現在は五段階中三段階です。五段階になる前にトライホーンビーストが眠らなければ、トライホーンビーストの命が危険です。」
「それなら急がねばなりません。」
隣で聞いていたセルベインが皆に言いながら、アイオレンとビティアを振り返る。
「プリマ・エセンシア。」
「カレンディア。」
「イマレル。」
命令する時間も、返事をする時間も惜しい。
しかし師匠と弟子は息が合っており、お互いに何をするべきか理解している。
続けて三つの魔法呪文が発動する。
「カラムブル。」
ルガルマが呪文を唱え、青き狼へと変身する。
「セルベイン様。私は現場を指揮いたします。」
そうしてルガルマはすぐにトライホーンビーストのほうへ駆けていく。
強化された気功術によってトライホーンビーストの動きが鈍くなる。
しかし完全には止まらず、黒い波動を放ちながら依然として抵抗している。
「何があったのですか?」
セルベインが獣人に聞く。
ルガルマがこの獣人を選んだのは、この獣人がトライホーンビーストと最も密接に接触していた獣人だったからである。
「はい。トライホーンビーストの治療をしていました。」
獣人が答える。
「どのような治療ですか?」
セルベインが問う。
「トライホーンビーストの右前脚に、皮膚が裂けてできた傷があったので治癒魔法をかけました。するとトライホーンビーストの状態がおかしくなりました。」
獣人の言葉に、素早く検査箇所をトライホーンビーストの前脚へ移す。
「セルベイン様。ルガルマギルド長からの報告です。たった今、気功術を第四段階へ強化しました。」
別の獣人がセルベインに近づき、ルガルマの言葉を伝える。
「時間はどれくらい残っていますか?」
セルベインが獣人に尋ねる。
「ほんのわずかです。トライホーンビーストが再び立ち上がれば、直ちに気功術第五段階による強制睡眠を試みる予定です。」
獣人の言葉には焦りが感じられる。
「アイオレン。ビティア。」
セルベインが二人を呼ぶ。
「まだ異常な点は発見されていません。」
緊張しながら二人が同時に答える。
「ドンッ!」
その時、青き狼に変身した獣人の一人が、トライホーンビーストの尾の薙ぎ払いを受けて後方へ吹き飛ばされる。
しかし獣人は空中で体勢を立て直し、安全に着地した。
待機していた別の青き狼が素早く近づき、その場所を埋める。
獣人族の中には、珍しい特性として治癒魔法を使える者がいた。
青き狼はすぐに気功によって治癒魔法をかけた。
気功術でも気による治療はできるが、気功に治癒魔法を加えるとその効果が倍になり、さらに速く効果が現れる。
ただし獣人族は種族特性上、保有魔力量が他種族に比べて著しく少ないため、持続時間は非常に短い。
「ん?」
そしてセルベインの目にその現象が映る。
獣人が治癒魔法をかけると、光属性の魔法粒子の一部が黒く焼け焦げるように変化しながらトライホーンビーストに吸収され、即座に黒い波動へと変わる。
治癒魔法の大部分は完全なままトライホーンビーストへ届けられているが、それでも絶えず少しずつ治癒魔法粒子の一部が黒く変化し、トライホーンビーストへと向かっている。
それを見たセルベインは〈イマレル〉の呪文を解除する。
「ビティア。これをトライホーンビーストの体に取り付けなさい。」
そう言うと懐から小さな水晶石を一つ取り出し、すぐにビティアへ向かって投げる。
「はい、師匠。」
ビティアは自分の魔法呪文を解除し、そのまま水晶石を受け取った。
ルガルマが素早い速度でビティアの隣にやって来て立つ。
「ルガルマギルド長。ありがとうございます。でも誰でも乗せるわけではないと言っていませんでしたよね?」
ビティアが少しだけ状況を楽しむように言う。
「どこまでも例外です。」
ルガルマは笑いながら穏やかに加速する。
青き狼に変身したルガルマは俊敏な足取りで、トライホーンビーストの噛みつき攻撃、鋭い爪の攻撃、そして強力な尾の攻撃を次々とかわしながら、トライホーンビーストの右脇腹にある露出した隙へとビティアを導く。
好機が訪れると、ビティアは素早くセルベインから受け取った水晶石をトライホーンビーストの脇腹へ突き刺した。
「グアアン!」
トライホーンビーストが咆哮する。
そして水晶石が明るい光を放ちながら、黒い波動を飲み込み始めた。
しかしトライホーンビーストの頭部からも黒い波動が噴き出し、光を飲み込んでいる。
「ずいぶん研究したようですね。」
その様子を見守りながら、セルベインは深刻な表情を浮かべる。
しばらくの間、光と闇が競い合うように互いを飲み込む。
だが次第に黒い波動の力が押され始め、トライホーンビーストを包んでいた黒い波動は、ついにビティアが突き刺した水晶石の中へすべて吸い込まれた。
黒い波動が消えると、トライホーンビーストは再びおとなしくなる。
「気功術中止。」
トライホーンビーストがおとなしくなると、ルガルマの指示によって獣人たちの気功術も停止した。
事情のわからないトライホーンビーストだけが、壊れた柵に体の半分を乗せたまま、ぽかんとした様子で皆を見ていた。




