巨大獣の検診日
ベルマウルがシルブラスとオアシスにいる時、セルベインは弟子たちと共にルガルマの案内を受け、獣王国バルエルのある農場を訪れた。
前回暴走したレックスビーストの状態を、より詳しく調べるためである。
獣王国バルエルの草原には、普通の獣よりもはるかに大きなサイズを持つ、ギガンティックビーストと呼ばれる巨大な獣たちも生息している。
青き狼を基準にすると、ギガンティックビーストの大きさはおよそ20倍にもなり、圧倒的な体格と重量を誇る。
しかしギガンティックビーストは、その大きな体に似合わず、臆病で非常に慎重な性格をしている。
ギガンティックビーストの一種であるレックスビーストはまだ多少動くほうだが、トライホーンビーストは虫一匹すら踏まないように、一日中その場に立っているだけである。
そのため、普段から親しくしている獣人たちが慎重になだめてようやく一歩動くほど、性格は温厚で慎重だった。
今も突然のセルベイン一行の訪問に驚き、目を丸くして、セルベインたちが通り過ぎるまでその場から全く動かず、じっと見つめている最中である。
「体は本当に圧倒的なのに、することはすごく可愛いですね。」
アイオレンは近づいてぎゅっと抱きしめたい衝動を抑えるのに苦労していた。
「だめです。ギガンティックビーストが驚きすぎて心臓麻痺を起こすかもしれません。」
実はすでに一度試みたが、獣人たちに止められ、未遂に終わっていた。
「アイオレン。ギガンティックビーストはぬいぐるみではありません。」
セルベインがぴしゃりと言ったが、その丸い瞳を見ると駆け寄って抱きしめたくなる衝動が湧くのも、ある意味当然のことだった。
「ギガンティックビースト。ある意味では恐ろしい存在だな。」
魔族国の数多くの守護竜を見て育ったビティアは、可愛い動物への耐性があるためアイオレンほど積極的な行動は取らなかったが、それでも抱きしめたい衝動までは捨てきれずにいた。
「マルザルドよりはましだ。マルザルドよりはましだ」
ビティアは自己暗示をかけながら、耐性強化の呪文を唱える。
案内を受けてセルベインたちが入った場所は、巨大な洞窟の中だった。
「ここは怪我をしたり病気になったりしたギガンティックビーストを治療し、彼らが休める診療所です。今は安全のため、他のギガンティックビーストはすべて洞窟の外へ移しました。ですので、現在この洞窟で眠っているのは暴走したレックスビーストだけです。」
ルガルマが洞窟診療所を紹介する。
「隔離措置というわけですね。」
アイオレンがうなずく。
「とはいえ、その意味は他種族のものとは異なります。来る途中でご覧になったように、ギガンティックビーストは非常に慎重な動物です。ですから、ギガンティックビーストの手足を縛って行動の自由まで奪うようなことはしません。」
ルガルマとセルベイン一行が近づくと、レックスビーストを見守っていた獣人たちは頭を下げて挨拶し、少し離れた場所へ移動した。
「ギルド長。現在までの診療状況の記録です。」
一人の獣人が、診療記録の入った水晶板をルガルマに手渡した。
ルガルマはレックスビーストの診療記録を確認した後、セルベインに水晶板を見せる。
「セルベイン様。診療記録です。昨日から今日にかけては特に異常な点はなかったようです。」
「ありがとうございます。アイオレンとビティアにも見せてもよろしいでしょうか?」
セルベインはルガルマから受け取った水晶板の記録を見ながら聞く。
「はい。もちろんです。」
ルガルマはうなずいた。
「情報提供に感謝します。」
ルガルマの許可を得ると、セルベインは自分が持っていた水晶板をアイオレンに渡した。
アイオレンが水晶板を受け取ると、その横にビティアが近づき、二人で一緒に記録を確認する。
「水晶板の記録を見る限り、特に心配するようなことはなさそうですね。」
セルベインもルガルマの言葉に同意した。
「とはいえ油断はできません。黒い波動が発生したのも事実です。では、二次調査を始めましょう。」
セルベインの言葉にルガルマがうなずく。
「準備ができましたら、レックスビーストを起こします。」
ルガルマはそう言うと、他の獣人たちに手振りで準備作業を指示した。
「アイオレン。エルフ魔法でレックスビーストの状態を確認しましょう。どのエルフ魔法が良さそうですか?」
セルベインがアイオレンに問う。
「はい、師匠。プリマ・エセンシアを使えば良いと思います。」
アイオレンは少し考えた後、頭に浮かんだ魔法の呪文を口にした。
「良いでしょう。アイオレンのエルネド接続を承認します。ではビティアはどの魔法が良いでしょうか?」
「魔法呪文カレンディアで、レックスビーストの体に不自然な部分がないか確認してみます。」
セルベインの問いにビティアが答える。
「良い考えです。その方法で調査を始めましょう。私が魔法呪文イマレルで皆の記憶を共有します。」
「イマレル。」
セルベインが先に魔法呪文を唱える。
するとルガルマは、レックスビーストを守っていた獣人たちへ合図を送った。
「カラムブル。」
獣人たちの姿が青き狼へと変わり、やがて穏やかなハウリングをレックスビーストへ集中させる。
そのハウリングは静かな響きのように聞こえたが、その中にはレックスビーストを目覚めさせる気功の魔力が秘められていた。
「プリマ・エセンシア。」
アイオレンが魔法呪文を唱える。
レックスビーストの体を包む輝くリングが、レックスビーストの体のあちこちに現れる。
「カレンディア。」
ビティアが魔法呪文を唱える。
黒い雲がレックスビーストの鼻先に生み出されると、すぐにレックスビーストの呼吸と共に自然に体内へ吸い込まれていった。
セルベインのイマレルの魔法呪文によって、アイオレンが見ているものとビティアが見ているものが、セルベインとルガルマを含む全員の頭の中で共有されている。
そしてレックスビーストが目を開けた。
レックスビーストはしばらくきょとんとした様子で周囲を見回した後、その大きな体を起こして姿勢を正す。
ただし、獣人たちの気功術によってレックスビーストの感覚は鈍くなっていた。
丸い目を眠そうに瞬かせるだけで、状況に驚いたり突然激しく動いたりする様子は見せていない。
「ビティア。」
セルベインがビティアを呼ぶ。
「はい、師匠。レックスビーストの体内で黒い波動の痕跡を探してみます。」
ビティアはセルベインの意図を察し、空中に浮かぶ左右の魔法陣へ両手を差し入れ、魔法呪文の感度と方向を繊細に調整する。
「黒い波動追跡用魔法トレーサーを起動します。感応誘導中です。」
ビティアはレックスビーストの血管内へ入ったカレンディアの魔法呪文を、黒い波動追跡用魔法トレーサー設定へと切り替えた。
「起動したトレーサーの位置を確認します。現在、黒い波動を追跡中です。」
アイオレンがプリマ・エセンシアで呼び出した輝くリングたちが、ビティアのカレンディア魔法に従って動き始める。
魔法トレーサーがレックスビーストの体内を循環するにつれ、輝くリングもレックスビーストの体を上下に移動する。
しかし、ハウリングの気功術によって感覚が鈍くなっているレックスビーストは、輝くリングが自分の体をあちこち行き来したり、体内に魔法トレーサーが入り込んで巡ったりしても、ただ心地よさそうに目をぱちぱちと瞬かせているだけだった。




