気功の種族
「ガオッ!」
レックスビーストが唸り声を上げる。
すると、その叫びに応えるかのように、周囲に黒いコウモリと黒い獣が現れる。
獣たちの体から黒色のオーラが立ち上る。
「師匠。黒い波動です。獣から黒い啓示と全く同じ魔法を感じられます。」
アイオレンが言う。
「ですが、黒い啓示のように全身から黒い波動が放出されているわけではありませんね。確かに黒い啓示と関係があるように見えますが、やはり何かが違います。」
セルベインは、獣が放つ黒い波動から以前とは異なる感覚を受けていた。
セルベインの記憶では、今までになかった現象である。
黒い波動を放つコウモリたちがアイオレンに向かって飛びかかる。
「シルフェンダー。」
するとアイオレンは、空中で渦巻いている風の球体を黒いコウモリへ向けて放った。
すでにアイオレンのシルフェンダー魔法は、ビティアのミルゲイル魔法と合体した状態である。
二人の合体魔法の呪文を受けた黒いコウモリは、ミルゲイルの効果によって即座に体が麻痺し、地面へ倒れ込んだ。
すると別のコウモリが攻撃対象をアイオレンから風の精霊へと変え、多数の黒いコウモリが連続して風の精霊と衝突しながら爆発する。
結局、黒いコウモリたちの連続的な自爆攻撃が集中すると、もはや耐えきれず、シルフェンダーの魔法呪文が解除され、風の精霊は消滅した。
「ビティア?」
アイオレンは自分の目で見ていながらも、とても信じることができなかった。
確認のためにビティアを呼ぶ。
「ああ。見た。」
そう言ったものの、ビティアにとっても初めて見る現象だった。
「獣がどうして魔法を扱えるんだ?」
アイオレンは戸惑う。
もちろん魔力量はアイオレンとビティアの方がはるかに高いため、連続したシルフェンダーの魔法呪文で黒い獣たちを制圧しているが、数では獣の方がはるかに多い。
「ドンッ!」
麻痺して地面でもがいていた黒いコウモリも、まもなく動きを止め、その場で黒い波動を放ちながら小さく爆発して消えた。
どれほど簡単な魔法であろうと、獣たちが魔法を使うのは不自然なことである。
黒い獣の数が減ると、レックスビーストが遠吠えする。
そしてモントルの馬車の周囲に再び黒い獣の群れが召喚された。
「この黒い波動の獣たちもまた黒い啓示なのでしょうか? 姿は黒い啓示とは違いますが、もし黒い啓示なら、とにかくこの魔法を使わなければなりません。」
ベルマウルは状況を見て、自信満々にある魔法呪文を思い浮かべる。
すでに二度も検証した魔法呪文なので、少し自信もついていた。
「ベルマウル将軍。少し待ってください。」
セルベインが慌てて制止したが、ベルマウルがセルベインの言葉を聞いた時には、すでにベルマウルの口から呪文が発動した後だった。
「エルセリオン。」
ベルマウルの剣から光が噴き出す。
「ガシッ!」
まるで待っていたかのように、レックスビーストが自らの右手で光を放つベルマウルの剣を握り締める。
同時に、レックスビーストの右手から黒い波動が噴き出した。
ベルマウルの期待とは違い、今回は黒い波動がエクセリオンの光に吸収されることなく、真正面から対抗する。
光は黒い波動を押し返そうとするが、黒い波動は放出された光によって崩れることはない。
エクセリオンの光と黒い波動の拮抗状態がしばらく続いた。
そして均衡が崩れ、ついに黒い波動が光を吸収し始める。
やがてエクセリオンの光に亀裂が生じた。
その様子に皆が驚く。
「きゃあああ!」
ベルマウルの剣が悲鳴を上げ、剣を握るベルマウルの右腕に激しい痛みが走る。
しかしベルマウルが何かをするよりも先に、光を飲み込みながら降りてくる黒い波動がベルマウルの右腕を包み始めた。
「ベルマウル!」
ビティアが叫びながら、急いで魔法の呪文を唱える。
しかしベルマウルにはビティアの声は聞こえなかった。
ビティアだけでなく、周囲で発生するいかなる音も聞こえない。
黒い波動はベルマウルを全て飲み込もうとするかのように、その領域を拡大していく。
ベルマウルの前では黒い波動が四方へと広がっていた。
「ベルマウル!」
ビティアは焦った様子で再びベルマウルを呼んだ。
ビティアは素早く黒いコウモリを一匹制圧し、ベルマウルの方へ体を向けるが、他のコウモリたちが道を塞ぐ。
「どけ!」
ビティアは少しのためらいもなくコウモリの群れの中へ飛び込んだ。
即座にビティアの体には、黒い波動との直接接触による多数の傷が生じるが、ビティアは気にしない。
ビティアの目の前で、ベルマウルがゆっくりと黒い波動に包まれていっている。
今のビティアにとって重要なのは、その事実だけだった。
セルベインとアイオレンの対抗魔法が同時に発動する。
重なり合った浄化の光が、周囲にいる黒いコウモリと黒い獣をそのまま光の中へ溶かし込む。
「あっ。」
ビティアが切なそうに叫ぶ。
そしてビティアの耳にハウリングが聞こえた。
「オオーン」
風に乗ってやって来る強い気が黒い波動を粉砕し、空気の中へ散らしていく。
やがてビティアの目に青き狼たちが映る。
青き狼たちはすでにレックスビーストを取り囲んでいた。
「子守歌の気。」
「グルル…」
先頭の狼の言葉に、狼たちはすぐに口を開き、レックスビーストへ向かって低い遠吠えを放つ。
「青き狼のハウリング。ちょうど間に合いましたね。」
セルベインはその姿を見て嬉しそうに安堵する。
「ドサッ!」
やがてレックスビーストは眠りに落ち、力なく地面へ倒れ込む。
レックスビーストが眠ると、レックスビーストから放出されていた黒い波動も静かに消えた。
レックスビーストの爪に剣を押し当てていたベルマウルも、まもなく意識を失い、その場に倒れる。
「ベルマウル、しっかりして!」
ビティアは倒れるベルマウルを受け止め、静かに地面へ寝かせると、心配そうな顔でベルマウルの様子を見始めた。
「カラムブル。」
狼たちの先頭にいた青き狼が呪文を唱えると、狼の姿から獣人の姿へと変わる。
「バルエル国境守備隊。周辺を偵察し、状況を報告せよ。」
命令を受けると、青き狼たちは素早く四方へ散り、周囲の状況を確認し始める。
ベルマウルは黒い波動に飲み込まれる直前、ハウリングによる空気の波動を感じた。
黒い波動が空気の波動に押され、そのまま消えていく姿もおぼろげながら覚えている。
空気の波動が何なのかは分からないが、同時にベルマウルは自分が癒やされる感覚も受けていた。
「母上、ご安心ください。私は大丈夫です。」
そうして、すぐに意識を取り戻したベルマウルがビティアを安心させる。
ベルマウルの右側の少し離れた場所に、自分が取り落とした剣が置かれている。
確かにエクスバークの言葉通り、ベルマウルの剣はひどい目に遭ったにもかかわらず、壊れることなく衝撃に耐え抜いていた。
「青き狼のハウリングの皆さん、お会いできて嬉しいです。気功術も久しぶりに見ると、ずっと洗練されたように見えます。」
「お褒めにあずかり光栄です、セルベイン様。」
セルベインの称賛に、獣人は頭を下げて礼を示す。
十二匹の青き狼のうちの一匹が鼻を上げ、レックスビーストの匂いを嗅ぐ。
「レックスビースト。気絶しています。」
狼はレックスビーストが深く眠っていることを報告する。
「レックスビーストの移送を急げ。」
するとセルベインの前にいる獣人が次の指示を出す。
「承知しました。」
青き狼はそう言うと向きを変え、丘の向こうへ消えていく。
「ルガルマギルド長。本当にお久しぶりです。」
セルベインは嬉しそうに微笑んだ。
「セルベイン様。」
ルガルマは片膝をつき、丁重に挨拶する。
他の獣人たちもルガルマに倣い、セルベインに敬意を表した。
「お立ちください。大変助かりました。」
セルベインは笑いながらルガルマを立たせる。
セルベインの言葉に頭を下げると、獣人たちは全員その場で立ち上がった。




