冒険の話
商人モントルはとても陽気な人物である。
人族は他の種族よりもユーモアに富み、日々を力強く生きているが、モントルの活気はその次元が違う。
「いやあ、本当に困ったものですよ。馬に引かせる荷馬車で旅をしているものですから、宿が取れないことなんて、今ではもう日常茶飯事になってしまいましてね。ははは。」
モントルは自分で作った料理を皿に盛り、セルベイン一行に配る。
「結局、我が子のような馬たちだけを外でつらい思いをさせるのが忍びなくて、旅の間はほとんど野宿せざるを得なくなってしまったんです。飼葉もやらなければなりませんし、水も好きなだけ飲ませ、気を配って世話をしなければなりませんからね。この子たちは魔法と違って生きている命なんです。愛情を持って面倒を見てあげなければなりません。そのおかげで料理の腕だけはずいぶん上達しましたよ。ははは。スープは熱いので気をつけて受け取ってください。故郷ではよく食べるものですが、お口に合えば嬉しいです。」
「はい。ありがとうございます。」
ベルマウルは慎重にモントルから渡されたスープの器を受け取った。
セルベイン一行はモントルの頼みに従い、街道から少し外れた小川沿いの空き地に荷馬車を止め、人目の少ない場所で馬たちをゆっくり休ませることにした。
モントルは感謝の気持ちを込めて腕を振るい、見事な夕食をセルベイン一行に振る舞っている。
「それにしても、野宿まで許してくださるとは。皆さんは一緒に野宿せずとも、夜は宿でゆっくり休まれてもよかったでしょうに。」
モントルがセルベイン一行を見回す。
「ご心配なく。こう見えても一応は冒険者です。当然、野宿には慣れていますよ。」
ビティアが笑いながらモントルを安心させる。
セルベインとアイオレンも笑顔で頷く。
「おかわりお願いします。」
ベルマウルはすでに一杯を平らげ、満足そうな表情で空の器をモントルに差し出した。
「それならよかったです。それに今日は皆さんも運がいい日ですよ。夕方になると野獣が一、二匹は現れるものですが、今日は一匹もいないでしょう。うちの馬たちがあんなに気楽にしているのを見るのも本当に久しぶりです。一番奥にいる馬が末っ子なんですが、あいつは犬でもないのに野獣の匂いを驚くほどよく嗅ぎ分けるんです。だから私を守ると言って、夜はほとんど寝ないくらいなんですよ。ところが見てください。今は真っ先に寝ています。ははは! いろいろな意味で本当に運のいい日です。」
モントルは上機嫌でベルマウルに山盛りの料理を渡した。
料理のほかにもモントルはさまざまなデザートを用意しており、その食事ぶりを見れば、とても野宿をしているとは思えなかった。
周囲に野獣がいない理由は明白だったが、セルベイン一行はあえてその理由をモントルに説明しなかった。
「本当にそうですね。」
アイオレンが微笑みながらモントルに答える。
夕方頃、モントルがここを野宿場所に決めたとき、アイオレンはすぐに精霊たちへ囁きかけた。
そして精霊たちは小川の周辺を静かに鎮めた。
また野宿とはいっても寝床が不便なわけではない。
一般の冒険者でも宿泊用テントくらいは魔法袋に入れて持ち歩いているからだ。
ベルマウルは半ば自発的に、半ば強制的に焚き火のそばで夜警に立つ。
自発的な半分はベルマウル自身の意思であり、強制的な半分はビティアの指示だった。
もっとも、ベルマウルに野戦経験がないわけではなく、何日にも及ぶ夜間作戦にも慣れていたため、特に身体に負担となることもなかった。
「ヒヒーン。」
末っ子の馬が眠りから目を覚まし、小さくいななきながらベルマウルを心配する。
「大丈夫だ。心配しないで、お前も明日のために早く寝るんだ。」
ベルマウルが末っ子の馬に近づいて軽く撫でると、馬は安心して再び眠りに落ちた。
「トントン。」
末っ子の馬の身体を軽く叩いてから、ベルマウルは周囲を見渡す。
ベルマウルを除けば、皆すでにテントの中に入り休んでいる時間だった。
宿泊用テントは外から見ればどれも普通の見た目だが、中は好きなように作り込める。
セルベインとアイオレンの場合は、最高級のエルフの宿をそのまま持ち込んでいた。
ビティアとベルマウルのテントも王宮内部の様子を小さく再現し、王宮と変わらぬ慣れ親しんだ寝床を提供している。
モントルの宿所は質素ではあるが故郷の家に似せて作られており、使い慣れた台所と暖炉を備えていた。
アイオレンが用意したテントにはセルベインとアイオレンが入り、ビティアはベルマウルが用意したテントを利用する。
夜が更けると、ベルマウルはエクスバークから贈られた剣を手に取り、剣術の練習を始めた。
相変わらず剣からは何の反応も感じられなかったが、剣術の鍛錬を通じて互いに親しくなれるのではないかと思ったからだ。
月光を受けて剣身がほのかに輝き、夜空の下でベルマウルの剣術訓練はしばらく続いた。
「冒険者なのに、アイディがないんですか?」
翌日の昼、料理を準備しながらモントルが驚いて尋ねた。
アイオレンがモントルの馬たちにニンジンを与えると、馬たちは喜んで食べている。
エルフ種族が与える安心感のせいか、主人であるモントルよりもアイオレンによく懐き、アイオレンが近づくとより嬉しそうな様子を見せていた。
アイオレンも馬たちの愛らしさを嫌ではなかった。
「アイディがないと不便ですか?」
ビティアが聞く。
「そういうわけではありません。でも、もし誰かに聞かれたら、アイディで紹介したほうが便利なんですよ。毎回冒険者の皆さんのお名前を覚えて説明するのも大変ですからね。」
モントルが笑った。
「それなら、私たちもアイディというものを考えてみましょうか。」
セルベインが気軽な気持ちで提案する。
「そうしていただけるなら、私としてはありがたいですよ。私も覚えやすいですし。何よりアイディは無料ですからね。たとえ他の冒険者の方々とアイディが重複していても、使ううえで問題はないと思います。」
モントルが言った。
「重複してもいいんですか?」
ベルマウルが問う。
「かなり暗黙のルールなんですよ。もし皆さんが有名な冒険者になれば、他の冒険者たちがアイディを変えるでしょうし、逆なら皆さんが変えればいいんです。有名な冒険者のアイディをそのまま真似る冒険者はいませんからね。」
モントルの説明である。
「それじゃ、何がいいでしょうか?」
アイオレンはさまざまな要素を考慮しながらアイディについて考える。
「おいモントル! 久しぶりだな。どこへ行く途中だ?」
ちょうど向こう側にロデンミルへ向かう商人たちの姿が見えた。
その中の一人の商人がモントルに声をかける。
「おっ、これは誰かと思えば! 元気にしていたか。私はこれから獣王国バルエルへ行くところだよ。」
「ああ、バルエルか。よい旅を。それはそうと、相変わらず馬が引く荷馬車なのか。君も変わらないなあ。おっと! 長話はできないな。気をつけて行ってこいよ。また今度一杯やろう。君の作った料理も食べたいしな!」
モントルに声をかけていた商人は、一緒に移動している仲間たちが遠くへ行ってしまうと、置いていかれまいと慌てて魔法荷車を走らせ、再び後を追いかけた。
「知り合いなの?」
「故郷の友人ですよ。まったく、今でも馬車で商売をしているんです。馬車を操る商人なんてそうそういるものですか。とはいえ今回は冒険者の護衛を雇っていましたね。どこかで運よく野良猫みたいな冒険者でも見つけたのでしょう。ははは。」
そう遠くない場所から商人たちの話し声が聞こえてくる。
一緒に道を行く商人たちは、お互いが退屈しないように自分の経験談を語り合う。
商人たちは元来率直な性格なので、モントルの悪口を言ったわけではなかった。
「ああ、あの人ったら。本当に申し訳ありません。私はもう慣れているので平気ですが、皆さんまで余計なことを言われてしまいました。」
モントルは申し訳なさそうにする。
「師匠が野良猫ですって?」
しかしアイオレンは不満そうだ。
「アイオレン。黄泉行きのチケットを一枚取ってこい。」
ビティアの手が自動的に剣の柄へと向かった。
「二人ともやめなさい。野良猫冒険者ですか。悪くないと思いますよ。」
しかしセルベインは満足そうにしていた。
「師匠、本当に大丈夫なんですか? 私たちの冒険者アイディが『野良猫』ですよ。」
アイオレンが慌ててセルベインを振り返る。
「少なくとも私の記憶にはないアイディですね。まあ、それもそのはずです。『野良猫』なんてアイディは冒険者たちに人気のある名前ではありませんから。」
モントルは自分の記憶にないことをはっきりと告げた。
だが、微妙な表情を浮かべるモントルの顔には、『それはないでしょう。』という言葉がはっきりと浮かんでいた。
「当然ありませんよ! 誰がそんなダサい名前を使うんですか。師匠、もう一度考え直しましょう。」
ビティアは依然として剣を握ったままセルベインを説得する。
「ですが、考えようによっては良いかもしれません。たとえ有名になっても注目されそうにないアイディですし、冒険者として活動するにはむしろ楽かもしれません。」
ベルマウルはそのアイディの平凡さに意味を見出していた。
「そうです。平凡であることは良いことです。私たちの活動の妨げにもなりませんし。昔、あの方も野良猫のようにあちこちを歩き回っておられました。」
セルベインは笑いながら昔の記憶を思い出す。
「あの方ですか? 思い当たる方がいません。」
アイオレンは記憶にないため首を傾げる。
「昔の話です。アイオレンが心に留めるようなことではありません。」
セルベインの顔には、懐かしい相手を思う穏やかな微笑みが浮かんだ。
「野良猫。」
アイオレンとビティアは互いに顔を見合わせ、残念そうな表情をする。
「でも師匠が満足しているなら仕方ないか。」
ビティアが諦めると、アイオレンも頷いた。
「あら。野良猫にすると言ったわけではありませんよ。私は二人の意見も尊重するつもりです。」
「師匠!」
セルベインが澄ました顔で言うと、アイオレンとビティアはむっとした。
その後もセルベイン一行とモントルは楽しい会話を続けた。
「ははは。私の馬たちは遅いですが、それでも一つだけ良いところがあるんです。」
モントルがそう言ったとき、ついに遠くに丘が見えてきた。
丘の上では獣王国バルエルの旗が風にはためいている。
見えている丘を越えれば、ついに獣王国バルエルの領土である。
「先に出発した商人たちが金になる野獣やモンスターを片っ端から狩ってしまうので、私が手に入れられる素材はほとんどありません。ですが、その代わり危険なモンスターに遭遇することも極めて少なくなりますから、私としては損得を考えればむしろ得なんですよ。」
無事にバルエルまでたどり着き、モントルは安心して緊張を解いた。
だが、モントルが喜びながらセルベインを振り返ったのとは対照的に、セルベインの表情はすでに険しくなっていた。
「馬を止めなさい。」
丘の頂上へ行く前の中腹あたりで、セルベインはモントルに急いで指示した。
「はい!」
モントルはセルベインの威厳ある指示に素早く従い、馬たちを止める。
「ベルマウル将軍。」
セルベインの言葉に、ベルマウルは荷馬車から飛び降りると前方へ駆け出し、セルベイン一行の最前に立った。
「丘の向こうから血の臭いがします。複数の種族のものです。」
ベルマウルは緊張しながらエクスバークから授かった剣を抜く。
「アイオレンは防御魔法を。ビティアは補助魔法を準備しなさい。」
セルベインの指示に、二人の弟子はすぐにそれぞれの魔法の呪文を唱えた。
「シルフェンダー。」
アイオレンが荷馬車の周囲に、エルネドの魔法体系に属する風の精霊魔法シルフェンダーを召喚する。
「ミルゲイル。」
ビティアは、アイオレンが召喚した風の精霊シルフェンダーに神秘的な香りを重ね、相手の感覚を麻痺させる竜巻魔法を形成した。
「ベルマウル将軍、準備しなさい。」
セルベインは敵の存在を事前に察知し、ベルマウルに備えさせた。
丘に遮られて相手の姿はまだ見えなかったが、セルベインは魔法の呪文によって先に敵の動きを確認している。
そして相手もすでにセルベイン一行が丘の向こう側にいることを察知していた。
そのため、敵はこちらへ向かって一直線に駆けてきていた。
「セラフィエル・ガーディアン。」
ベルマウルが光の盾を召喚する。
「アルカ・シールド。」
セルベインが補助魔法の呪文を唱えると、ベルマウルの光の盾が左右に二枚ずつ複製され、正面に計五枚並んだ。
「グアアアアッ!」
次の瞬間、獣の咆哮が響き、巨大な右足が振り下ろされる。
「ガシャーン!」
その凄まじい物理的破壊力によって、ベルマウルの前に展開された五枚のセラフィエル・ガーディアンの盾は一瞬で砕け散った。
「ベルマウル!」
ビティアが慌てる。
「大丈夫です。」
セラフィエル・ガーディアンでは敵の攻撃を防げないだろうと直感したベルマウルは、すでに後方へ身を引いていた。
「レックスビースト。」
セルベインが驚いて立ち上がる。
「これがギガンティックビーストなのですか?ですが、彼らは大人しい存在のはずです。」
アイオレンの記憶の中で、ギガンティックビーストたちは穏やかで従順な存在だった。
しかし今、セルベイン一行の前に現れたレックスビーストは、真っ赤に充血した目をし、極めて凶暴な様子を見せている。
「仕方ありませんね。獣王国の重要な財産ですが、今は緊急事態です。私が許可します。攻撃しなさい。」
セルベインはきっぱりと言った。
「うわっ! 私はどうすればいいんですか!」
皆が突然現れたレックスビーストに気を取られ、モントルのことを忘れていた。
「あっ。」
セルベイン一行は小さな失敗を犯してしまった。
しかも今のモントルは、いろいろな意味で見てはいけないものを見ている。
「セレンノア。ルベリア。」
アイオレンが続けざまに二つのエルネド魔法の呪文を唱える。
アイオレンは二つの魔法により、睡眠魔法セレンノアと、現実で見た記憶を夢に変える幻影魔法ルベリアを同時に発動した。
「少し眠っていてくださいね。」
ビティアの言葉どおり、商人モントルと三頭の馬たちはその場で深い眠りに落ちた。
「グオオォン!」
そしてレックスビーストは、最も近くにいたベルマウルへと襲いかかった。




