青き狼のハウリング
獣王国バルエルの外縁部の草原地帯を、高速で疾走する12頭の狼の群れがいる。
姿は狼と同じだが、その大きさは普通の狼よりはるかに大きい。
「ギルド長。まもなく到着します。」
「分かった。」
先頭の狼の右後方すぐにいる狼が言うと、先頭の狼が答える。
狼とは違い、彼らは互いに言葉で会話を交わしている。
目的地は、すぐ前の崖の下だ。
気にすることなく、12頭の狼は全員が崖の下へ飛び降りる。
しかし彼らは傷一つ負わないまま、次の瞬間には崖の下に立っていた。
「カラムブル。」
先頭の狼が呪文を唱えると、狼の姿から獣人へとその姿が変わる。
「カラムブル。」
残りの狼たちも同じ呪文を唱え、獣人の姿となった。
胴体に結び付けられていた武器は自動的に獣人の腰へ移動し、再び固定される。
「ルガルマギルド長、お越しくださいました。こいつらが我々の獣を襲撃した者たちです。」
獣人たちがルガルマに、自分たちが捕らえた存在を見せる。
獣人たちに捕らえられた存在はなおも激しくもがいているが、獣人たちの強い力に押さえつけられ、逃げ出せずにいる。
「これは何ですか? 我々の獣を殺したので、やむを得ず対処しました。」
獣人たちは、自分たちが捕らえたものが何なのか分かっていない。
「それらは黒き啓示だ。我らの土地に入り込んでいたとは思わなかった。」
ルガルマは黒き啓示をじっと見つめる。
「槍。」
ルガルマは部下から渡された槍を、何のためらいもなく突き出した。
「ドン!」
小さな爆発音が響き、黒き啓示は塵となって消え去る。
「危険因子なのですか?」
別の獣人が尋ねる。
「我らにとっては危険ではない。他種族が警戒しているものだ。これで全部か?」
ルガルマが獣人に尋ねる。
「突然現れて、何も言わずに我々の獣を狩りました。我々は他種族との争いを望まないので、殺さずに捕らえようとしました。しかし、それは今のように消えてしまいました。どうにか一体だけ残ったものをギルド長にお見せしたのです。そして、その匂いから判断するに、残りはまだ3体います。彼らは逃げました。」
「カラムブル。」
ルガルマが呪文を唱えると、獣人から再び狼の姿へと変わる。
ルガルマに続き、部下も同じ呪文を唱え、11頭の狼となる。
「もしまた見つけたら、即座に殺せ。」
ルガルマが獣人たちに命令する。
「承知しました、ルガルマギルド長。そのようにします。」
獣人たちはうなずく。
ルガルマが跳躍し、垂直にそびえる崖を軽く踏みながら駆け上がると、狼たちは瞬く間に姿を消した。
「クンクン。」
ルガルマのすぐ左を走る部下が、黒き啓示の匂いを追う。
「黒き啓示の匂いを確認しました。」
部下がルガルマに報告する。
「青き狼のハウリング。これより威力偵察を開始する。4頭は迂回して側面を突け。」
ルガルマの命令とともに、すぐに右後方の4頭が群れから分かれ、素早く別の道へ消えていく。
草原を駆けながら黒き啓示を追う青き狼のハウリングの動きは非常に速い。
空気抵抗を減らし、低い姿勢で素早く疾走する狼の足は、草が倒れる前にすでにその場所を離れていた。
黒き啓示は確かに強力な存在だが、狼へ変化した獣人族の足より速くはなれない。
それも場所が獣王国バルエルの草原であるなら、黒き啓示が追いつかれるのは時間の問題だ。
「ギルド長。正面に敵です。」
部下の言葉とともに、青き狼のハウリングは黒き啓示のすぐ前に到達する。
「敵が崖を登っています。追いますか?」
部下たちはルガルマの命令を待つ。
「いや、待て。」
しかしルガルマは即座に追撃命令を下さない。
魔力を足に乗せて崖を走れば、青き狼は90度の崖であっても平地のように自在に行き来できる。
青き狼のハウリングにとって、崖を駆け上がることは容易なことだ。
ルガルマが部下たちの追撃を止めたのは、別の理由があったからだった。
黒き啓示たちは手の強い力で壁をつかみながら崖を登っている。
しかし間もなく、黒き啓示たちの右側面へ向かって、崖を平地のように駆ける4頭の青き狼が襲いかかる。
崖にぶら下がっていた黒き啓示たちは、狼たちの奇襲を受けてそのまま押し出され、崖下へと墜落する。
「ドン! ドン! ドン!」
空中から攻撃を受けた黒き啓示たちは、一度も反撃できないまま全員が崖から地面へと落ちる。
かなり高い場所から何の準備もなく落下した衝撃で、黒き啓示たちはすぐに立ち上がったものの、その場でよろめく。
「降伏しろ。」
よろめきながら立ち上がる黒き啓示たちに、ルガルマが命令する。
敵として認めることすらできない相手に向けたルガルマの降伏勧告は冷徹だった。
11頭の青き狼のハウリングが隙なく黒き啓示たちを包囲する。
「ククク……」
すると黒き啓示たちが笑い始める。
笑いの合間にはすでに、黒き啓示たちの身体から黒い波動が体の外へと噴き出し始めていた。
「下がれ。」
何を意味するのかすでに知っているかのように、ルガルマは眉一つ動かさず自然に部下たちを後退させる。
青き狼のハウリング部隊は軽く跳躍し、統率の取れた動きで黒き啓示から十分な距離を取る。
「ドカーン! ドカーン! ドカーン!」
そして黒き啓示たちから3度の爆発が続く。
黒き啓示がいた周囲は黒い炎の光に染まり、真っ黒に焼け始める。
「浄化の光。」
ルガルマが言葉とともにまず口を開く。
「ゴオオオ。」
12頭の青き狼が低い音でハウリングを始めると、その音が共鳴しながら黒い炎を浄化し始めた。
「バチッ! バチッ!」
黒い炎は響き渡る音の共鳴によって浄化され、やがて力を失って消滅し始める。
青き狼たちのハウリングが終わった時には、黒い炎も黒く染まった大地もすべて浄化され、元の姿に戻っていた。
「ギルド長。周囲を捜索しますか。」
別の部下がルガルマに尋ねる。
「いや、撤収する。まずはバルカノス王に報告する。」
ルガルマはそう言うと、自ら先に向きを変えて駆け出し始める。
再び11頭の青き狼のハウリング部隊がルガルマの後に続き、素早く走り始めた。
草原を駆ける12頭の狼たちは、やって来た時と同じほどの速さで草原を横切り、遠ざかっていく。
セルベイン一行はロデンミルから獣王国バルエルまで一般的な冒険をすることにした。
冒険者等級は、エクスバークが目立たないよう適度に低い等級へと調整しておいた。
セルベイン、アイオレン、ビティア、ベルマウルの冒険者等級はS級だったが、そもそも4人全員とも身分から見れば一般冒険者として活動するには不適切だった。
世界の管理者として、エルネドの記憶の継承者として、魔族国を治める統治者として、巨大な脅威から皆を守る盾として、それぞれに使命があったからである。
もちろん今回もその使命のための一般冒険ではあるが、平凡を満喫するのは非常に久しぶりのことだった。
だからこそ、久方ぶりの一般冒険に皆の表情はむしろ楽しそうだった。
エクスバークは念入りにロデンミル冒険者ギルド所属の正式な身分証まで用意する。
「それではセルベイン様、良い知らせを期待しております。」
ロデンミルの城門前で、エクスバークがセルベイン一行を見送っている。
「ルガルマギルド長は師匠のことは見分けられても、私たちのことは分からないでしょう? 私も初訪問ですし。」
アイオレンが興味深そうに言う。
「なぜだ? 身分を隠してこっそり接近するつもりか?」
エクスバークはアイオレンのいたずら心を見抜く。
「可能でしょうか?」
アイオレンが期待する。
「本当にルガルマギルド長とイベントをやりたいのなら、私は後から出発しましょう。」
「師匠が手伝ってくださるんですか?」
セルベインの言葉にビティアとアイオレンが喜ぶ。
「ええ。ただ私は一週間後に行かなければなりません。」
セルベインが笑う。
「えっ!? 一週間も後ですか?」
ビティアとアイオレンが驚く。
「獣人族の嗅覚がどれほど敏感か考えれば当然だろう。おそらくセルベイン様が草原に入った瞬間、その存在はすぐにばれるぞ。いや、ルガルマギルド長なら一か月後に出発してもセルベイン様の存在に気付く気がする。」
「ああ、まさか。一か月はさすがに大げさですよ、おじ様。」
ビティアは誇張だと思い、信じられない様子だ。
「ふん! 私が今どれだけ説明しても意味はないだろう。青き狼のハウリングを敵として相手にしないことを幸運だと思え。まあ、新米たちだから手加減して見てくれるだろうがな。」
そう言いながらエクスバークはセルベインの方へ向き直る。
「本来ならば、この未熟なエクスバーク、最後までセルベイン様を護衛すべきでした。ご一緒できない私をお許しください。」
エクスバークが丁寧にセルベインへ謝罪する。
「いいえ、エクスバーク様。今でも十分によくしてくださっています。それではロデンミルをよろしくお願いします。何か知らせがあればすぐにお伝えします。」
セルベインは頼もしいドワーフを温かな目で見つめる。
「ビティも体には気を付けて、困ったことがあったらすぐ知らせるんだぞ。」
「もう、おじ様。私は子供じゃないですよ。」
心配そうな目でエクスバークがビティアを見ると、ビティアはもうそんな年ではないと手を振る。
「まだまだだ。」
しかしエクスバークの心配を和らげるには、まだ足りなかった。
「それから残り連中は、セルベイン様に失礼のないよう気を付けて、問題を起こさずに行ってこい。」
エクスバークは残りの面々を見回す。
「まさか、その残りの連中に私は入っていませんよね?」
すると衝撃を受けたアイオレンとベルマウルがむっとして同時に叫ぶ。
「それは二人で相談して決めろ。」
エクスバークはあまり関心がない。
「いや、これはあんまりでしょう。私もそれなりにエルフ社会では名のある存在なんです。それに師匠とビティアにはちゃんと見送りの挨拶をしたじゃないですか!?」
アイオレンが抗議するが、エクスバークは気のない表情で、すでに体を向けて遠ざかり始めている。
「どうしてこんなことに!」
結局、ロデンミルの城門前で目に火花を散らすアイオレンをセルベインがなだめ、ベルマウルをビティアがなだめながら、しばらくして4人は冒険への第一歩を踏み出した。




