反撃の序幕
ルクナス管制所3階に上がり、中央制御室の扉を開けたビティアとベルマウルは言葉を失った。
水晶板では各種情報が表示されており、正面の巨大な立体映像でもルクナスに関する情報がリアルタイムで表示されて流れていた。
ただし、その情報を確認してくれる者は誰もいなかった。
誰もいないことを知ったビティアは、隠蔽魔法を解いてベルマウルの影から姿を現した。
「誰もない。」
ビティアの言葉に、ベルマウルがゆっくりと周囲を見回す。
やはり人どころか、魔力の痕跡さえ残っていない。
「とても静かです。かなり前から使用されていなかったようです。」
ベルマウルは静寂の深さを感じ取り、長期間使用されていなかったことに気付いた。
「一歩遅かったな。」
ビティアは悔しそうな表情を見せる。
ロデンミル内人国の空中に浮かぶ塔の連結体から、黒い波動がさらに強まっている。
「母上、見てください。ついにベルカザードの槍の柄が完成しました。」
ベルマウルが窓の外を見ながら言うと、ビティアも振り向く。
ベルマウルの言葉どおり、ベルカザードはすでに完全な槍の形を成し、空中を横切っている。
長く鋭い穂先から放たれる黒い稲妻の揺らめきは、たとえ空気を引き裂くような轟音がなくとも、その存在だけで恐怖を与えるには十分だった。
「ルクナスの結界に亀裂が発生しました。」
ベルマウルは窓の外の状況を見ながら、さらに一つの事実に気付く。
「確かに結界に亀裂があるな。それは我々にとって良い機会のようだ。ルクナスの結界に隙間ができたのだから、これで師匠と接続できるはずだ。」
ビティアはそう言うと同時に、自分に最も近い水晶板の席に腰を下ろす。
「今、間違いなくロデンミルのすべての魔力エネルギーはベルカザードを媒介として流れているはず。ならば私たちはその魔力の流れを利用し、外人国の管制所へ接続できるかもしれない。魔王はまだ私たちがルクナス管制所の中央制御室にいることを知らないから、ここの接続までは遮断していないはず。」
ビティアの手が水晶板の上でせわしなく動く。
ビティアの声はやや緊張して震えていた。
「もちろん、すぐに気付かれて接続が切られるかもしれないけれど。待って。繋がった!」
ビティアは水晶板から手を離す。
意味の分からない雑音が鳴り続いていたが、やがて静まった。
同じ頃、外人国ガーディアン管制所で、とある水晶板が外部接続を知らせる信号を鳴らす。
「呼び出し信号を検知。内人国ルクナス管制所の中央制御室です。」
水晶板で接続元を確認し、職員が呼び出しを報告する。
「内人国ルクナス管制所?こちらの呼びかけには、まだ応答がありませんか。」
「はい、依然として沈黙しています。」
「妙なことですね。こちらの呼びかけには応答しないのに、むしろ向こうから連絡してくるとは。」
セルベインは報告事項に違和感を覚えるが、何かに気付いたようにすぐ言った。
「接続しなさい。」
やがてセルベインの前にある水晶板に、ビティアとベルマウルが立体映像として映し出される。
懐かしい顔に、セルベインの顔へ安堵の微笑みが広がった。
「ビティア、ベルマウル将軍。無事で何よりです。お二人ともご無事ですか?」
二人の姿を見ながら、セルベインは安堵のため息をつく。
「はい。師匠、ご安心ください。私たちは二人とも無事です。師匠はご無事でしょうか?」
映像の中で、ビティアは心配そうに微笑む。
「多くのことが起きていますが、幸いまだ健在です。」
セルベインが二人を安心させる。
「それなら本当に幸いです。」
ビティアの隣で周囲を警戒しながら、ベルマウルがセルベインの言葉に答える。
「師匠。こちらの状況は良くありません。魔王がベルカザードを完成させました。結局、阻止できませんでした。」
ビティアが内人国の状況を説明する。
「そうですか。ベルカザードの完成については我々側にも問題がありました。しかし、そのおかげでルクナスの結界に亀裂が生じ、二人と話すことができているのですから、悪いことばかりではありませんね。」
セルベインは苦笑を浮かべる。
「ベルカザードは完成しました。すでにすべての塔の制御権は魔王が握っています。ロデンミルのすべての魔力はベルカザードを中心として再編成されました。」
セルベインも現在の状況を共有する。
「では、もう内人国の塔だけでなく、外人国の塔までもすべてベルカザードに吸収されたということですか?」
ビティアの表情が固くなる。
「はい、その通りです。すでに外人国では黒い啓示が発生しており、エルフ軍団シルヴァル・エルトゥアと竜騎士団ドラカン・ナバレスが現在、その黒い啓示と戦闘中です。」
「それでは、外人国の人々は避難を完了したのですか?」
セルベインの説明に、ビティアは魔族国の姫らしく、まず民間人の避難について尋ねる。
「それは心配いりません。すでに避難命令を出しており、外人国の人々は都市の外にある臨時避難所で保護しています。避難しきれなかった人々も引き続き安全を確保しながら臨時避難所へ移動中です。少なくともルクナスの門周辺には、もはや一般人はいません。」
セルベインがビティアを安心させる。
「師匠ならうまくやってくださるでしょう。ところで、私たちはこれからどうすればよいのでしょうか?」
ビティアはセルベインが直接状況を統制していることに安心した表情で、再び尋ねる。
しかしその瞬間、ビティアの映像がぼやけ始めた。
同様にセルベイン側でも映像信号が途切れ始めた。
「ビティア。魔王がこの接続を見つけました。直ちにそこから退避してください。」
接続が切れ始めると、セルベインが慌てて言う。
「これは解放である。間もなくロデンミルのすべての魔力は我が手に入る。支配の黒き稲妻でロデンミルを染め上げ、それを免れる者はもういない。」
セルベインとビティアの双方に、魔王の声が同時に響く。
その後、セルベインとビティアを繋ぐ通信は完全に途絶えた。
魔王の言葉どおり、ベルカザードは闇の波動を徐々に拡大させながら、街に黒い啓示を降り注ぐ。
ロデンミル内人国と外人国を動かしていた魔力エネルギーは、今や黒い魔力を放ちながら、ベルカザードの手足となって動いている。
「急ごう。早くここを離れなければ。敵がまもなく押し寄せてくる。」
ビティアはそう言うと、先に席から立ち上がる。
そしてビティアは目の前の水晶板を持ち上げる。
「ですが、セルベイン様から何の指示も聞いていません。」
ベルマウルが心配そうに言う。
「いいえ。指示事項はこの水晶板の中にあるの。通信がいつ切れるかわからないから、接続した瞬間から師匠がこの水晶板にすべてを記録してくださっていたのよ。」
ビティアが水晶板を軽く振って見せる。
「おお。そこまで考えておられたとは、セルベイン様はやはりすごいですね。」
ベルマウルが感嘆する。
「師匠と私の付き合いがどれだけ長いと思っているの。このくらいは勘でわかるわ。」
当然というようにビティアが言う。
「ガシャーン!」
ベルマウルが窓を割る。
「どうせもう黒い啓示の真似はできないでしょう。積極的に動いても問題ありませんよね。」
ベルマウルが笑う。
「さすがだね。気が合うわ。」
ビティアがベルマウルに続いて外へ出る。
ロデンミル内人国でも都市のあちこちで黒い啓示が現れ、暴走を始める。
そしてそれに従うかのように、ローブをまとった者たちが一般人を襲撃し始めた。
「魔王様に従え! 魔王アスペルハイム様に従え!」
ローブを着た者たちは絶叫し、自らの体を傷つけて血を流しながら、狂気じみた様子で武器を振り回す。
モルジェル。魔王の復活を望む崇拝者たち。彼らはロデンミル内人国と外人国を問わず、都市全域に姿を現し暴れ始める。
モルジェルの突然の出現により、外人国よりも対応が遅れた内人国は急速に状況が悪化していく。
一般市民とモルジェル、黒い啓示、そしてガーディアンまでもが入り乱れ、ビティアとベルマウルが内人国ルクナス管制所の外へ出た時には、内人国の都市全体が地獄のような有様へと変わっていた。
ガーディアンが狂ったように暴れ回り、都市をさまよっていた魔力機械が自爆し、その飛び散った鋭い刃が人々へ向かって飛んでいく。
ベルマウルは自らの足に迅速魔法を付与し、素早く駆け出して、人へ向かって飛んでいく刃を自らの剣で受け止めて弾き返す。
しかしその瞬間、ベルマウルがいなくなった隙を突き、黒い啓示の一体がビティアの背後を狙って襲いかかった。
「っ!」
ベルマウルの短い悲鳴が響く。
「グシャッ!」
そしてビティアを襲おうとしていた黒い啓示は、空から降ってきたマルジャルドの牙によって真っ二つにされ、その場で消滅した。
マルジャルドと魔族国の竜騎士団は、ルクナスに生じた亀裂を通って、すでに内人国の中へ入り込んでいたのだ。
「マルジャルド。」
嬉しさのあまり、ビティアは駆け寄ってマルジャルドの首にしっかりと抱きつく。
普段から強い絆で結ばれている二人だが、ロデンミル内人国で再会したことで、その喜びはさらに大きかった。
マルジャルドは別方向からビティアを狙っていた黒い啓示を軽々と噛み上げ、そのまま遥か彼方へ投げ飛ばす。
巨大な守護竜の体と比べればビティアの体はとても小さいが、その喜びが体格の差によって薄れることはない。
「ベルマウル将軍。竜騎士団に命令を願いたい。」
空からベルマウルを呼ぶ声が聞こえる。
「おお。ルジャド・クリル将軍も来ていたのですね。」
ベルマウルが嬉しそうに相手を見つめている。
「ははは。マルジャルド様がドラカン・ナバレスの出動を命じられました。当然、私も共に来なければなりませんからな。」
竜騎士団将軍ルジャド・クリルが豪快に笑った。
ベルマウルの傍らにベルマウルのパートナーである竜が舞い降り、再会を喜ぶように身を擦り寄せる。
「心強いお言葉です。本当に間一髪でした。」
ベルマウルはそう言いながらパートナーの竜の首を撫で、そのまま手綱を握って背に飛び乗る。
「グオオ!」
マルジャルドの咆哮とともに、ビティアとベルマウルは空へと舞い上がった。




