槍の境界
ベルマウルはさらに練習が必要だったが、だからといってただ待っているわけにもいかなかった。
結局、ビティアはベルマウルの怪声の演技が最低限の期待値をほんの少し上回ったところで、そのまま作戦を開始した。
ビティアは自分の魔力を利用して、ベルマウルの周囲に黒き啓示と似た雰囲気を演出した。
その後、ビティアは別の魔法の呪文によってベルマウルの影の中に溶け込み、姿を消す。
「ベルマウル。始めて。」
ビティアがそう言いながらベルマウルの肩を叩く。
「はい。」
するとベルマウルは短く答え、覚悟を固めた。
状況は非常に切迫しており、言い争いを続けている余裕などないことをよく理解していたからだ。
ベルマウルはロデンミル内人国のルクナス管制所の前に堂々と姿を現した。
すぐに管制所の前を守っていた人々がベルマウルの方を振り向いたが、ベルマウルを黒き啓示だと勘違いして警戒するような視線ではなかった。
「怪声。」
ベルマウルが台本通りに動けるよう、ビティアが監督として指示を出す。
「ウウオ。ウォォォォ。ウォッ!」
だが演技力の乏しいベルマウルは、怪声のステップを踏み外してしまう。
初心者の役者は練習よりも本番に弱かった。
「この馬鹿。何をやっているの!」
ベルマウルが上げた黒き啓示らしくない怪声に、ビティアは慌てる。
しかしすでに実戦状況であり、取り繕うことは不可能だった。
「ん?」
ルクナス内人国管制所の前を守っていた者の一人が首を傾げる。
「黒き啓示様。大丈夫でしょうか?」
そしてそう言うと、ベルマウルの方へ近づき始めた。
遠くから見れば黒き啓示のように見えるが、ベルマウルは偽物の黒き啓示であるため、本物の黒き啓示が持つ圧倒的な黒い波動を放つことはできない。
そのため、相手がベルマウルを黒き啓示だという先入観で見ている間は黒き啓示だと信じさせることができるが、疑いを抱き始めれば正体が露見する危険があった。
「しまった。もう見破られるなんて。」
管制所の前を守る者が徐々に近づいてくると、ビティアは攻撃態勢を取る。
「やめろ。私たちのような末端が、どこに黒き啓示様へ話しかけるなどということがあろうか。」
その時、別の人間の声が聞こえた。
「それもそうだな。申し訳ありません、黒き啓示様。どうぞお入りください。」
するとすぐに納得し、黒き啓示にも頭を下げて挨拶した後、先に動いて元の持ち場へ戻って立った。
人々はベルマウルへの関心を解き、再び周囲の警戒を始めた。
「アイアオ。」
ベルマウルは感謝の気持ちを込めて怪声で答えたが、やはり練習量が不足していた。
「その怪声はもうやめろ、あと早く入りなさい!」
見かねたビティアがベルマウルの影の中から、台本で殴りつけそうな勢いでベルマウルを睨みつける。
ビティアの目に鬼火が燃え上がると、ベルマウルは後頭部がひりつき、気まずくなった。
しかしすぐにベルマウルは肩を堂々と張り、まるで黒き啓示が歩くかのように傲慢に顎を上げ、のそのそと管制所の中へ入っていった。
「聞いたか?」
警備に立っている者が別の者に問う。
「ああ! はっきり聞いた。黒き啓示様が私たちを直接褒めてくださったんだろう。こんな栄誉があるか!」
ベルマウルの後ろで人々が喜び、歓声を上げる。
そして、自分たちが少し浮かれすぎていると思ったのか、すぐに自重した。
それでも顔には笑みが満ちていた。
「黒き啓示に負けないくらい変な連中ね。」
ビティアがベルマウルの影の中で呆れながら舌打ちする。
ベルマウルが廊下へ入ると、ルクナス管制所内で勤務している人々は黒き啓示を見て、通れるように左右へ身を避けた。
人々の目には黒き啓示への憧れの気持ちがはっきりと浮かんでいた。
「ルクナス管制所の中央制御室を探さなければ。」
ビティアは初めて入った建物の中で、自分たちの位置を把握できる手がかりを探してあたりを見回したが、これといった手がかりは見当たらない。
「ウオオオ。」
するとベルマウルは、この気まずい状況でビティアに時間を稼いでやろうと立ち止まり、黒き啓示らしいあの怪声をできる限り似たような感じを込めてもう一度上げてみた。
「おいベルマウル。お前、何をやっているんだ。」
ビティアは自分の耳に聞こえてくるベルマウルの拙い怪声に戸惑った。
「あ。黒き啓示様。賢者様でしたら中央制御室でお待ちになっております。中央制御室は建物の3階へ上がり、廊下の一番奥にございます。」
通路の脇へよけて立った人々のうちの一人が、黒き啓示に方向を教える。
その者は、黒き啓示が当然のようにルクナス管制所の所長に会いに来たのだと思っていた。
「ウオオ。」
するとベルマウルは、知っている唯一の怪声をできるだけ黒き啓示らしく発音し、再びのそのそと歩き始めた。
「聞いたか? 今日の黒き啓示様はご機嫌が良いみたいだ。」
人々が喜ぶ。
「でも黒い波動をお受けになったのに、どうも歩き方が不自然すぎる気がする。」
ふと別の人がベルマウルの歩き方に関心を示す。
「聞いただろう? 速やかに歩き方を修正しろ!」
ビティアがベルマウルの影の中から歩き方の修正を強要する。
だがベルマウルは、一度たりとも黒き啓示が歩くところをまともに見たことがなかった。
当然の話だが、黒き啓示と戦う時も黒き啓示は飛び回ったり跳躍したりしていたため、ベルマウルには黒き啓示の歩き方を詳しく見る機会が一度もなかった。
そのため結局ベルマウルの頭の中でエラーが発生し、ベルマウルの歩き方はさらにおかしくなる。
「黒き啓示は魔王様から授かる大いなる祝福ではないか。あれほど献身し、その身を大きく犠牲にされたのだろう。」
幸いにも、ベルマウルの非常に奇妙な歩き方を見ながら、人々は感動の涙を流し、都合よく解釈してくれた。
「私が考えた作戦だけど、ある意味では二度とやりたくないわね。」
ビティアはベルマウルの影の中で、今の状況に首を左右へ振った。
一方、エルフ精鋭軍団シルヴァル・エルトゥアは、瞬間移動魔法によってロデンミル外人国の外側にある巨大な水晶石の前へその姿を現す。
「エルネドの秩序を復元せよ!」
エルフ軍団長エラリアンがそう言うと同時に、自らの剣を高く掲げた。
エラリアンの言葉が響くと、精霊エルフたちは右手に光の剣を、左手に浄化の盾を持ち、背には精霊の弓を背負って隊列を整える。
そしてシルヴァル・エルトゥアの進軍が始まった。
雲の上ではマルザルドがビティアのいる方向へ向かって高速飛行中だった。
風の精霊たちがマルザルドと竜騎士団の翼に力を添える。
先頭はマルザルド、その後ろを竜騎士団長ルザド・クリルが続く。
マルザルドの加護と風の精霊の力による高速飛行によって風景は目まぐるしく変わり、竜騎士たちはあっという間にロデンミルへ到着する。
「ロデンミルのルクナス、その結界の門が目的地ですな。」
ルザド・クリルがうなずく。
マルザルドは自分の考えを言葉にせず、直接ルザド・クリルの頭の中に描き出した。
「結界の門がビティア姫様の行く手を阻むなら、ドラカン・ナバレスは姫様のための槍となり、どのような門でも貫いてみせる。」
ルザド・クリルは自信に満ちて、後に続く竜騎士たちへ叫んだ。
風の精霊たちはルザド・クリルの声を集め、竜騎士たちの耳へ届ける。
「うおお!」
すると竜騎士たちは自らが持つ槍を高く掲げ、歓声を上げた。
天空と大地の戦士たちが一つの地点へ集まりつつあった。
だがロデンミル内人国の上空で、魔王の槍ベルカザードがその巨大な姿を先に現す。
魔王アスペルハイムによる先制攻撃である。
まだベルカザードは完全ではなかったが、魔王はセルベインの戦闘準備に対して先制攻撃で応じた。
すでに結界門ルクナスを黒く染めた黒い波動が、ロデンミル外人国側でも黒い波動を揺らめかせながら黒き啓示を吐き出し始める。
同時刻、ロデンミル外人国の管制所でセルベインは攻城砲による攻撃を命令した。
「外人国塔3基、魔力同期完了。出力良好。ベレクトゥル攻城兵器、魔力エネルギー充填開始。」
外人国管制所の上空に巨大なエネルギーが集まり始める。
ベレクトゥルと呼ばれるロデンミル外人国の攻城兵器である。
外人国塔3基も基本的には内人国にある塔と同じ魔力を使用している。
しかしベレクトゥルは外人国が独自に研究して作り上げた攻城砲である。
ロデンミル外人国のベレクトゥル開発計画は以前から存在しており、ルクナスと同じ属性の魔力を利用してルクナスを破壊する意図のもと開発された。
ロデンミル内人国が最後まで持ちこたえた場合、結界の門を強制的に開くために準備された外人国の決戦兵器というわけだ。
「座標固定完了。ベレクトゥル発射準備完了。」
担当職員が発射命令を待つ。
「発射しなさい。」
セルベインは間を置かず発射を指示した。
すると高密度に圧縮された魔力エネルギーが外人国管制所上空から一直線に伸び、ルクナスへ命中する。
「ドォン!」
巨大なエネルギー同士の衝突が発生し、ルクナスから黒い稲妻が飛び散る。
ルクナスはベレクトゥルにしばらく耐えるかに見えたが、やがてそのまま引き裂かれ、亀裂が発生した。
二つの魔力エネルギーの衝突によって、ルクナスが完全に消滅したわけではなかったが、ベレクトゥルによって引き裂かれた部分は修復されず、内人国へ通じる隙間を作る。
「警告。ベレクトゥルの制御権限が移行中です。」
その時、外人国管制所職員の切迫した叫びが聞こえた。
「すぐにベレクトゥルの機能を停止しなさい。」
セルベインが命令する。
「だめです。ベレクトゥルが反応しません。」
慌てて緊急停止命令を入力するが、ベレクトゥルは反応しない。
「もう遅い。自ら門を開いてくれるとは感謝する。」
外人国管制所全体に不吉な声が響き渡る。
「アスペルハイム。」
セルベインは、まるで目の前に相手がいるかのように相手を睨みながら、その名を口にした。
そして内人国にあるベルカザードの姿に変化が生じる。
今やベルカザードは、その槍の柄の部分がさらに長く伸び、完全な姿を見せ始めた。




