ルクナスの虚飾
暖かな午後の日差しがロデンミル外人国を包んでいる。
夕暮れへと続く時間の狭間で、一日を締めくくろうとする人々の足取りが慌ただしい。
ロデンミル外人国の議政機関で賢者たちとの会議が終わると、セルベインとアイオレンはすぐにルクナスへ向かった。
ルクナス、その結界の門でビティアとベルマウルに会うためである。
セルベインがゆっくりと周囲を見回す。
隣ではアイオレンもビティアとベルマウルを探すために、注意深く周囲を見渡している。
「ビティアとベルマウル将軍はどこにいるのでしょうか。」
セルベインが引き続き二人を探してきょろきょろする。
アイオレンはさらに首を突き出し、角を曲がった路地の隅まで改めて注意深く確認した後、慎重に自分の意見を口にする。
「師匠。どうやら二人はもうここにはいないようです。」
アイオレンの言葉に、セルベインは小さくため息をつく。
「そのようですね。それでは魔法の呪文で探してみましょうか。」
言葉とともにセルベインは魔法の呪文を準備しながら右手を上げた。
「師匠。なんだか正しくないことをしている気分になります。二人の身辺を守るためには仕方のないことですが。」
アイオレンはビティアとベルマウルに申し訳ない気持ちになる。
「ほほほ。アイオレンがそう言ってくれると、なんだか堂々としていられますね。」
セルベインがアイオレンの言葉に微笑む。
「ハルカ。」
セルベインが魔法の呪文を唱える。
空気が静かに歪む。
そしてルクナス、その結界の門の前に黒い点が二つ生み出された。
やがて黒い点はその大きさを増し、暗い精霊の姿へと変わる。
セルベインが闇の精霊ハルカを召喚する。
闇の精霊ハルカには攻撃能力がない。
闇の精霊ハルカの唯一の能力は、指定した対象を対象に気付かれず静かに追い続けることである。
闇の精霊たちはルクナスの門の前を漂いながら、内人国の方を見ている。
ハルカの視線を追うように、セルベインの視線もルクナスの門を越えて内人国の方へ向かう。
「ハルカ。ビティアとベルマウル将軍はどこにいるのですか?」
セルベインが闇の精霊ハルカに尋ねる。
ハルカたちは同時に手を上げ、一方向を指し示す。
闇の精霊たちが示した場所は、間違いなくルクナス内人国の方向である。
「師匠!? 二人は内人国にいるようです。どうやってルクナスの門を通過したのですか? あり得ないことです。」
アイオレンは見ても信じられず、目を大きく見開く。
セルベインはアイオレンの問いに答える前に、別の魔法の呪文を唱える。
「イマレル。」
セルベインの指先から柔らかな光が生み出される。
やがてハルカが見ていた記憶が、そのままセルベインとアイオレンの頭の中へ移された。
ハルカが見せた場面では、ベルマウルが先にルクナスを通過し、その後ビティアもベルマウルに続いてルクナスを越えていく。
二人ともルクナスの結界に阻まれることはなく、まもなくビティアとベルマウルはルクナスから遠ざかりながら、内人国のさらに奥へと姿を消した。
「師匠。これはいったいどういうことなのですか……?」
アイオレンが驚く。
「どこまでも可能性の話です。ひとつ心当たりがあるのですよ。」
セルベインがゆっくりと口を開いた。
「ベルマウル将軍が赤ん坊だった頃、ビティアは自らの心臓血石で彼を生き返らせたのです。」
「はい。魔族領でビティアが話してくれました。」
セルベインの言葉に、アイオレンは覚えているという意味でうなずく。
「その時、私たちはそれを単なる生命の分かち合いだと考えていました。しかし、もしかすると二人とも互いに影響を与えていたのかもしれません。これは非常に珍しい事例です。」
セルベインから見ても、今の出来事は非常に例外であった。
「まさか、ビティアが人族になったのですか?」
アイオレンは意味を理解できず、再び尋ねる。
「ビティアは魔族です。その事実は変わりません。ただ、ルクナスがビティアをベルマウル将軍の影として認識した可能性があります。影にしてはかなり長かったでしょうが、ルクナスの規則ではベルマウル将軍とビティアをそのように解釈したようです。しかし今ごろはその矛盾を自ら修正し、自動的に規則へ反映したでしょうから、二度目は通用しないはずです。それでもハルカたちはルクナスの門を通過できませんから、結局二人を追いかけていたハルカたちだけがルクナスの壁に取り残されたのです。」
セルベインは正確に状況を見抜く。
「本当にそんな突拍子もないことがルクナスの規則の中に存在し得るのでしょうか?」
アイオレンは、そんなに杜撰なはずはないと呆れている。
「あるかもしれませんし、ないかもしれません。規則というものは、いつだって解釈次第ですからね。」
セルベインがいたずらっぽく答える。
そしてセルベインはハルカたちに言う。
「闇の精霊ハルカ。ご苦労さまでした。」
セルベインはビティアとベルマウルにつけておいた闇の精霊ハルカを解除する。
するとハルカは軽く頭を下げて挨拶すると、その場から姿を消した。
呪文を解除しなければ、ハルカたちはいつ戻ってくるとも分からないビティアとベルマウルをただひたすら待ち続けなければならなかった。
「師匠。私たちはルクナスの門を通過できませんが、ではこれからどうするのですか?」
実のところ、セルベインの説明を聞いても、アイオレンはまだすべてを理解できたわけではなかった。
ただ、すべてのエルフがそうであるように、エルフ特有の研究熱心さによって、後になってからでも今のことを思い返しながら答えを見つけるだろう。
アイオレンはひとまず浮かんだ疑問を再び頭の中に押し込み、現実に集中する。
研究心と探究心の強いアイオレンが自らを抑えると、その姿が感心で、セルベインは微笑む。
「そうですね。ハルカも帰したことですし、ここにこれ以上残る必要はないでしょう。」
セルベインが弟子の頭を撫でる。
「まずはビティアとベルマウル将軍を信じて待ちましょう。ビティアはきっとこの機会を逃さないでしょうから。」
そう言うと、セルベインは先にルクナスから身を翻し、その場を離れていく。
「えっ!? このまま帰るのですか。」
アイオレンが慌てながらセルベインの後を追う。
「そうです。アイテルノスへ戻って、ビティアからの連絡を待つのが良さそうです。今回のロデンミル訪問にビティアとベルマウル将軍も一緒に来てくれて良かったですね。二人を見ていると、なんだか良いことが起こりそうな気がして、とても楽しみなのです。」
セルベインは嬉しそうな表情で笑った。
よく考えてみれば、ロデンミル外人国の議政機関で賢者たちと交わした会話の重みよりも、ビティアとベルマウルが引き起こした騒動の方がはるかに大きな大事件なのに、まったく心配にはならなかった。
「私まで期待させるなんて。ビティアとベルマウル将軍は、どうやらとても悪い魔族たちだったようですね。」
セルベインは歩みを止め、期待に満ちた表情を浮かべながら再び振り返り、ルクナスの門の向こうにある内人国の方を見つめた。




