アイテルノスの帰還
エノルにおいて冒険は大きく二つに分かれる。
一つは命を担保にして功績を積む一般冒険である。
そしてもう一つは高い身分の者たちが利用する特使冒険である。
一般冒険の場合、冒険者たちはエノルの大陸で仲間たちと共に剣と魔法を振るいながら実力と名声を積み上げる。
しかし国と国との間の公式業務で移動するのであれば、移動そのものには実のところ大きな意味はない。
そのため特使冒険が存在する。
魔族国の首都カルバルオンに突然巨大な城が現れる。
もちろん首都カルバルオンと同じ大きさではなく、それより小さい規模の城である。
雲の中に隠されていた城は空にその姿を現し、まっすぐに降下してカルバルオンの隣の空き地に着地する。
城の下部の丸い部分の底面が地面と接しているが、城の重さによって地面を押しつけてはいなかった。
地面より高い位置にある城の入口から跳ね橋が下ろされ、地面に触れる。
驚くべきことに、巨大な質量を持つ城が地面に触れる時も、跳ね橋が下ろされる時も、繊細な魔法制御によって塵一つ舞い上がらない。
この城の名はアイテルノス。
人族の賢者の国、ローデンミル外人国所属である。
アイテルノスはセルベイン専用に設計された宿所であり、セルベインがローデンミル外人国を訪問する際に居所として使用する場所である。
セルベインがローデンミル外人国への訪問を要請すると、ローデンミル外人国は城を送り魔族国まで迎えに来たのであった。
ローデンミル外人国には、国の貴い客人が訪問する場合、その客人が使用する城規模の宿所全体が迎えに行くという伝統がある。
これはローデンミル外人国を訪問する他国の客人に最大の快適な宿所を提供するという表向きの理由もあるが、人族ではない他種族を警戒する文化が依然として残っているため、万が一の不要な事故を防ごうという本音もあった。
魔族国もまた、エルフ国の公式業務でセルベインとアイオレンが魔族国を訪問する際には、魔族領を守護する強力な灰色の古代守護竜マルジャルドをエルフ国へ派遣する。
「アイテルノスはいつ見ても素晴らしいです。エルフ国も一つくらい作ってもいいほどです。」
魔族国の首都カルバルオン、その灰色の城塞のバルコニーでアイオレンが言う。
「作れないのではなく、作らないのです。」
セルベインがただ一つだけ訂正する。
「人族の寿命は百年余りです。他の種族と比べればあまりにも短い生命期間であるため、未練もまたそれだけ大きくならざるを得ません。もしかすると、人族の大きく華麗で見事な魔法には、そのような限界性への惜しさが込められているのかもしれません。百年後に自分が消えたとしても、いつまでも皆の記憶の中に残れるように、ということです。」
セルベインは人族に対する痛ましい気持ちを込めて説明する。
「いわば、人族が作ったエルネドですね。エルフは長く生きるので、炎を見ても穏やかに長く続くものが好きです。しかし人族は、自分が見ることができる間に最も華やかで見事な炎を見たいという、そのような願いを持っているだと思います。」
アイオレンは理解した内容を改めて整理してみる。
「人族は、記憶に残ることさえできれば、実際よりも大きく、実際以上のどんなことであってもできます。だから私は、その心がいつも極端にならず、行き過ぎないことを願っています。」
セルベインは懸念される部分を思い浮かべながら心配する。
「本当にローデンミルの賢者たちが城全体を飛ぶように作ったのですか?」
ベルマウルが今自分の目で見ても信じられない表情で言う。
時折、親善を目的としてローデンミル外人国から送られてきた小さな城に乗って、ビティアが業務のためにローデンミル外人国へ行くことがある。
ベルマウルはビティアが利用した小さな城を見て、その程度なら浮遊魔法で浮かべられるのだろうと理解していた。
しかし今、ベルマウルの目の前にあるアイテルノスは、ビティアが利用した小さな城よりその大きさは10倍以上大きい。
その大きさに圧倒されて、浮遊魔法では無理だという表情をしている。
「もちろん。実際に目の前じゃない。」
ビティアが何をそんなに驚いているのかという表情で応えた。
「敢えて表現するなら、翼なしで空を歩くということです。」
セルベインが微笑む。
「以前に母上がお乗りになった城とは比較になりません。その時の大きさ程度の城なら空を移動できるのだろうと思いましたが、アイテルノスは常識外れの規模です。」
ベルマウルはアイテルノスから目を離せず、感嘆しながらなおも天空城に心を奪われている。
するとビティアがベルマウルの右腕をつねる。
「いたっ! 急にどうしたのですか。」
突然我に返ったベルマウルが驚いてビティアを見る。
「ベルマウル。アイテルノスを見ながら、師匠より私のほうが劣っていると思っただろう?」
ビティアが確信を持って訊く。
「ええと、実際に大きさについて考えはしましたが、だからといって比較したほどではありません。」
図星を突かれたベルマウルが、ぎこちない表情と慌てた顔で答える。
「ふーん…ベルマウル将軍は追い詰められると変な理屈をおっしゃるのですね。」
慌てるベルマウルを見ながらアイオレンが笑う。
「もういいわ。ただ言ってみただけよ。師匠が大きな城を持っているのは当然でしょう。それにこれから天空城に乗るのに、もう今から平静を失っていてどうするの? 昔みたいにマルジャルドの背中でお漏らしでもするつもり?」
ビティアが赤ん坊の母親だけができる言い方でベルマウルをからかう。
「母上!いつの話なのにまだ覚えているのですか!」
先に歩き始めたビティアの後を、動揺を隠せないベルマウルが慌てて追いかけていく。
「漏らしたのですね。」
セルベインとアイオレンが笑いながら同時に言う。
しかし、すでに去ってしまった二人には聞こえなかった。
セルベイン一行がアイテルノスに乗り込むと、アイテルノスは降り立った時と同じように、塵一つ舞い上がらせることなく自然にその場から浮かび上がる。
そして空高く飛び上がると、そのまま姿を消した。
アイテルノスが空を飛んで移動している間も、その周囲では風が止み、アイテルノスの外側は光を屈折させる魔法秩序を持つ神秘的な霧に包まれている。
そのため外からはアイテルノスを見ることができず、また風の精霊の加護によって、アイテルノスは移動する時に飛行音を立てず静かに移動する。
ローデンミルへ向かって飛んでいく城の姿を見た魔族たちは、人族の繊細な魔法制御能力に驚きを隠せない。
「ローデンミル外人国へのご訪問を歓迎いたします。アイテルノスにて楽しく快適な旅となりますことをお祈りいたします。」
アイテルノスの儀典案内官がメインホールで丁重な礼法によりセルベイン一行へ挨拶する。
「ローデンミル外人国の儀典上のご配慮に感謝いたします。」
セルベインは微笑みながら頷いた。
「セルベイン様のご自宅ほど快適ではないかもしれませんが、どうかローデンミル外人国ご訪問の期間中はご自由にお使いください。私どもができる限りお手伝いいたします。」
儀典案内官は笑いながら、アイテルノスについてセルベイン一行へ説明し始める。
飛行中、ベルマウルは好奇心に満ちた目で城の内部を見て回っている。
その時、応接室でお茶を飲んでいるアイオレンと目が合う。
「ベルマウル将軍はアイテルノスをご見学中なのですか?実はアイテルノスはエルフの教育機関アルカリオンを手本として内部が造られているのです。入学することはできませんでしたが、この機会にここでアルカリオンの姿を間接的に見ることもいいですね。良い機会だと思います。」
アイテルノスに何度も乗った経験があるアイオレンが、先輩として後輩に助言している。
「そうですか。ありがとうございます。」
アイオレンの言葉にはエルフ自慢と自分自慢が混じっていて、なぜか純粋には聞こえなかったが、ベルマウルには、そうした繊細な意図を察する能力がなかった。
しかし言うまでもなくベルマウルの目にもアイテルノスは間違いなく素晴らしい場所だった。
窓の向こうに人工的に広がる春と夏の間の季節の風景は、現在のローデンミル外人国の天候をリアルタイムで反映したものである。
これはローデンミル外人国の賢者たちが、特使がローデンミルに到着する前に現地の天候を知ることができるよう細やかな配慮をしたためである。
また壁面ごとにローデンミルの都市風景を描いた絵画が展示されている。
「城の中の時間はゆっくり流れているようです。」
ベルマウルの言葉にアイオレンが頷く。
「まったく間違った表現ではありません。一般冒険なら早くても三か月はかかる旅ですからね。特使冒険で数時間のうちに行けるのであれば、相対的に時間がゆっくりだという表現もまったく間違いではないのです。」
「なるほど。」
アイオレンの言葉に、今度はベルマウルが頷いた。
「風の精霊が空間の魔法秩序を調律しているので、移動しながらでも疲労が蓄積しないよう調整しているのですよ。」
ベルマウルの後ろに静かに現れたセルベインが説明を付け加える。
「どの国もセルベイン様をこのように迎えに来るのですか?」
ベルマウルが興味を示す。
だがベルマウルの質問にセルベインは答えず、いたずらっぽく再び音もなく動いてベルマウルの横を通り過ぎた。
そしてアイオレンの向かい側に腰を下ろす。
すでにその席にはセルベインのためのお茶が一杯置かれていた。
「この程度なら尊敬に近いと言えるな。ローデンミル外人国の立場ならなおさらだ。」
ビティアが現れて代わりに答える。
「ですがローデンミル内人国はそうではないので問題なのです。」
アイオレンが悔しそうな表情を見せる。
「待っていれば、いつか理解してくれる日が来るでしょう。」
セルベインがアイオレンをなだめる。
「他国のことですから立場を述べるのは難しいですが、私も師匠が正しいと思います。」
ビティアが真剣な表情でセルベインを支持する。
「ビティア。言ってくれてありがとう。どうやらローデンミル外人国に到着したようですね。」
セルベインが言った通り、アイテルノスは再び地上へ降り始める。
アイテルノスはローデンミル外人国の城壁を越え、元あった場所へ向かって飛んでいく。
そこにはアイテルノスの下部とぴったり合う精巧な半球形のくぼみがある。
アイテルノスはゆっくりと降下し、そのくぼみに寸分違わず接続される。
接続部分は目を凝らして見てもその隙間が分からないほど精巧に結合されている。
そしてアイテルノスは、まるで最初からそこに存在していたかのように自然にローデンミルへ溶け込む。
「考えてみれば、本当に久しぶりにローデンミル外人国へ来ましたね。」
セルベインは窓の外を見ながら静かに言った。
アイオレンも同じ方向へ顔を向ける。
「はい、師匠。私もローデンミルへの訪問は好きです。ただ……」
アイオレンの視線が止まった場所に、結界の門ルクナスが見える。
ルクナスはローデンミルの内人国の人族の賢者たちが造り上げた完全封鎖型魔法門である。
ルクナスの条件に適合しなければ、誰一人として通過することはできない。
それどころかゴキブリですら通さないことで有名な結界の門である。
アイオレンはため息をついた。
「アイオレン。私たちが無理にローデンミル内人国へ入らないのは、彼らの文化を尊重しているからです。時には力で解決しないほうが良い場合もあります。」
セルベインが微笑みながらアイオレンをなだめる。
「はい、師匠。問題ありません。ルクナス、あの潔癖症の門を今日初めて見たわけでもありませんから。」
しかしアイオレンの言葉には依然として棘があり、セルベインは苦笑を浮かべる。
ベルマウルは目を輝かせながらローデンミル外人国の市街を歩いている。
通りは輝く魔法装置で飾られ、賢者たちの象徴である旗があちこちで翻っている。
ベルマウルはもう立派な大人ではあったが、それでも初めて訪れる都市であるため、道に迷った子供にならないようビティアがしっかりと腕を組んだまま彼を監視している。
「ここは魔族国ではないのだから、余計な騒ぎを起こさないように、」
「はい、分かっています。ですがローデンミルには本当に不思議な物がたくさんあるのですね。」
ビティアの取り締まりにもかかわらず、ベルマウルは珍しそうにあちこちを見回している。




