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怪異収集録~本当に怖いのは怪異か、人間か。一話完結の現代怪談~  作者: もろ


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8/10

【餓鬼玉】

煌びやかな高層ビル。


最上階に構える五つ星レストラン。


贅を尽くした内装。


輝くシャンデリア。


ピアノの生演奏が流れる。


ブランド服に身を包む男女が、ディナーを楽しんでいる。




「雰囲気も最高ですし、何より凄く美味しくて感動しました」


若い女が目を輝かせる。


テーブルには芸術品のような料理が並んでいた。




「それは良かった。私は、この味に少々飽きていてね。君の口に合うか心配だったんだ」


向かいに座る、中年男が微笑む。


高級時計。


仕立ての良いスーツ。


指には宝石が嵌められていた。




男はスマホを取り出す。


慣れた手つきで飲食店評価サイトを開いた。


★★★★★


迷わず最高評価を付ける。


店のオーナーが見れば泣いて喜ぶだろう。


男は“有名レビュアー”だった。


フォロワー数は数十万人。


男の評価一つで店の運命が変わる。




「実業家で有名レビュアーなんて、凄いですね」


女が媚びる。


「まあね」


男は得意げに笑った。


――その金の大半が特殊詐欺で得たものだとは誰も知らない。




――数か月後。


「不味いな」


男は皿を押し退けた。


ミシュラン常連店。


予約半年待ち。


それでも満足出来ない。




「申し訳ございません」


料理長が頭を下げる。


「肉が硬い」


「ソースも凡庸だ」


「金を取る価値があるのか?」


男は吐き捨てる。




帰宅後。


評価サイトに最低評価を書き込んだ。




★☆☆☆☆


『人生で最悪の店でした。二度と行きません』




送信。


男は満足げに笑う。


店が炎上する様子を見るのが好きだった。


必死に努力する料理人。


人生を懸けた店。


それらが自分の評価一つで崩れていく。


その光景は何より美味だった。




だが。


男の舌が肥えたのか、次第に全ての料理が色褪せていった。


フランス料理。


中華料理。


寿司。


ジビエ。


珍味。


何を食べても感動しない。


「不味い」


「不味い」


「不味い」


男は料理を残した。


高級料理も。


庶民の食事も。


全てゴミのように扱った。




――ある夜。


いつものように評価サイトを眺めていた。


新規レビューを投稿し終えた瞬間。


画面が暗転する。


広告だった。


【餓鬼玉】


赤黒い文字。


【食に満足できていますか?】


男の指が止まる。


【空腹は最高の調味料】


【どんな料理も至高の味に変わる】


【本当の味を知りたくありませんか?】


男は鼻で笑った。


「胡散臭い」


だが――


気付けば、購入ボタンをクリックしていた




――数日後。


餓鬼玉の小箱が届く。


中には、黒い飴玉のような球が一粒。


説明書は無い。


男は躊躇なく口へ放り込んだ。


ガリ。


奥歯で砕く。


飲み込む。


全く、味がしない餓鬼玉。


「やはり、詐欺品だな」


男は、最初から期待などしていなかった。




冷蔵庫から天然水を取り出すと、口直しに流し込んだ。


「!!」


男は驚いた。


天然水の柔らかく、仄かに甘い、身体に染み入るような味に。




コンビニのおにぎりを掴む。


確かめるように、一口食べる。


具材と米が、見事に調和した、幸福の味。


「旨い……!」


涙が零れる男。


感動した。


何年ぶりだろう。


本当に美味しいと思えたのは。




――あれから。


男は狂喜した。


高級料理。


ファストフード。


カップ麺。


全てが至高の味。




食べる。


食べる。


食べる。




だが――


数日後。


異変が起きた。


幾ら食べても、満腹にならない。


一日中、食べても。


腹が減る。




――数週間後。


食費は数十倍に増えた。


冷蔵庫は常に空。


宅配サービスを毎日呼び。


深夜に何度もコンビニへ向かう。


それでも足りない。




――数ヶ月後。


男は、食べることにしか興味を示さなくなった。


詐欺グループからの連絡も無視する。


会議にも顔を出さない。


騙し取った金が、底を尽きた。


コンビニの裏に捨てられた賞味期限切れの弁当を食べた。


レストランのゴミ箱から食材を頬張る。


それでも。


全てが美味かった。




ぐしゃぐしゃの髪。


ボロボロの服。


汚れた顔。


スーパーで万引き。


飲食店で食い逃げ。


フードコートの残飯を漁る。


男は、満たされぬ腹を抱え、食べるためだけに生きた。




そして――


特殊詐欺の捜査が男に及ぶ。


逮捕。


懲役。


刑務所へ送られた。




――刑務所――




規則正しい食事。


決められた量。


男には地獄だった。




腹が減る。


腹が減る。


腹が減る。




胃が捩れる。


鳴り止まない腹。


眠れない。




食べたい。


食べたい。


食べたい。




――数日後。


深夜。


巡回中の看守が足を止めた。


バリ。


ボリ。


グチャ。


グチャ。


何かを噛み砕き、咀嚼する音。




看守は顔を顰める。


「おい」


鉄格子を覗き込んだ。


そして――凍り付いた。


房内の床は血塗れだった。


男が座り込んでいる。


膝から先が無い。


自分の足だったものを。


骨ごと。


肉ごと。


一心不乱に食べていた。


「な、何をしている!」




男がゆっくり振り返る。


その姿は、既に人間ではなかった。


髪は抜け落ち。


腹だけが異様に膨れ上がる。


首は細い。


皮膚は黄色く乾き。


目だけが爛々と光っている。


まるで――寺の絵巻に描かれた餓鬼。




男は血塗れの口を開いた。


砕けた骨が零れる。


「腹……減った……」


看守が後退る。




男は笑った。


そして――


ベキッ!


残ったもう片方の足を折り、千切る。


躊躇なく齧り付いた。


バリ。


ボリ。


グチャ。


グチャ。




足が無くなると、今度は拳に齧り付く。


骨を噛み砕く。


肉を噛み潰す。


異様な咀嚼音は――


朝まで響いた。




――




その後、全国の飲食店評価サイトに同じ広告が確認される。




【餓鬼玉】


【食に満足できていますか?】


【空腹は最高の調味料】




そして――


広告のレビュー欄には、




★★★★★


『何を食べても美味しいです。まだ足りません。』




★★★★★


『旨すぎて、全てが食材に見える』




何故か、投稿者名は存在しない。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


「続きが気になる」「面白かった」と感じていただけましたら、感想・レビュー・評価・ブックマークで応援していただけると、とても励みになります。


これからも『怪異収集録』をよろしくお願いいたします!

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