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怪異収集録~本当に怖いのは怪異か、人間か。一話完結の現代怪談~  作者: もろ


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6/10

【のっぺらぼう】

『必ず見返してやる!』




夜のオフィスビル。


誰もいないフロアを、一人の女が清掃していた。


小太りな体。


丸い背中。


深く被った帽子。


顔の半分以上を覆う大きなマスク。




女は常に俯いていた。


人と目を合わせない。


話しかけられても小さな声で返事をするだけ。


高校時代から変わらない。


変われなかった。


男子たちは女をブスと呼んだ。


豚。


化け物。


侮蔑する笑い声。


陰口。


卒業式の日まで続いた。


だから……女は空気に徹した。


誰にも見られないように。




卒業後と同時に、地元を捨てた女。


誰も自分を知らない都会へ逃げた。


けれど――。


鏡の中の顔だけは追い掛けてくる。




その日の帰り道だった。


駅前の大型ビジョン。


そこに流れていた広告に、女は足を止めた。


【美容整形モニター募集】


【理想の顔を手に入れませんか?】


【費用は満足した後で結構です】


女は目を見開いた。




数日後。


細い路地裏。


古びた雑居ビル。


看板もないクリニック。


装飾の無い、真っ白な部屋。


受付には白衣の女医が座っていた。


目尻の垂れた、柔和な顔。


不思議と魅入ってしまう。




「本当に後払いなんですか?」


恐る恐る確認する女。


「ええ」


女医の静かな声。


「満足していただいてからで結構ですよ」


優しい笑みが向けられる。




女医が契約書を差し出す。


女がサインをする。


「当院では、契約の証として、血判を頂いてます」


プチ。


女医が女の親指に針を刺す。


親指の腹に血が滲む。


『絶対――綺麗になってやる!』


女は意を決して、血判をした。




最初は目だった。


腫れが引いた翌日。


会社へ行く。




「あれ?」


同僚の中年の女が首を傾げる。


「なんか雰囲気変わった?」




女の胸が高鳴った。




次は鼻。


その次は口元。




顔を上げ、街を歩く女。


いつの間にか、猫背も直っている。




「あの子可愛くない?」


すれ違う男女の声。


浴びる視線。


昔とは違う、羨望の眼差し。




生まれて初めてだった。


褒められた。


認められた。


たまらなく嬉しかった。




自撮り写真をSNSに投稿。


『いいね』が大量に付く。


悦に浸る女。


高まる承認欲求。




整形は止まらなかった。


顎。


輪郭。


耳。


頬骨。


小顔矯正。




鏡を見るたび幸福になった。


周りの見る目が変わった。




ある日。


会社の同僚に告白された。




「カナさん。前から好きでした」


 


夢みたいだった。


有頂天になった。 




ある日。


母から連絡が来た。


「同窓会の通知が来てるけど参加するの? その時は、実家にも帰ってきてね。久し振りにカナの顔が見たいわ」


「分かった。参加にしといて」


女は笑った。


『見返してやる。私を笑った奴らを――』




同窓会当日。


居酒屋の個室。


着飾った女が、扉を開く。




ざわめきが止まった。


全員がこちらを見る。


 


女は胸を張った。


「久しぶり」




しかし。


誰も反応しない。


「……誰?」


空気が凍った。




「 カナ! 相変わらずブスだな~」


奥の席から声がした。


息が止まった。




そこには――昔の顔の自分が座っていた。


酔った男に絡まれている。


女の脳裏に、過去のトラウマが甦る。




女は震えた。


「誰よ……」


昔の自分に詰め寄る。


「……カナ」


昔の自分が、にやりと笑った。




女は逃げ出した。


タクシーに飛び乗る。


実家へ向かった。


『家族なら気付く…… 家族なら……』


自分に言い聞かす。




玄関を開く。


居間から笑い声。




父。


母。


弟。


食卓を囲んでいた。




「ただいま……」


女が声を掛ける。




母が振り返った。


「どちら様ですか?」




怪訝な表情の弟。




父が立ち上がる。


「勝手に家に上がり込むなんて、出て行け!」


女に怒号を浴びせる。




「……カナだよ」


女は弱々しく告げる。


「カナなら、後ろに……」


母が答える。




背筋がぞくりとした。


女が振り向くと、昔の自分が立っていた。




世界が崩れた。


女は家を飛び出した。




深夜。


陰湿な路地裏。


女は、あのクリニックへ向かった。




「返して……」


女は叫んだ。


「私の顔を返して!」




女医が立ち上がる。


ベリベリ


女医は、自分の顔の皮膚を剥ぎ取る。


特殊マスクのように。


その下には――顔がなかった。


平らな皮膚。


目も鼻も口もない。


のっぺらぼう。


 


 


「返してほしい?」


声だけが響く。


「それは無理です」


のっぺらぼうは棚を指差した。




無数の人間の顔。


まるで仮面のように並んでいる。


その中に。


女の昔の顔があった。




「あなたは捨てたでしょう?」


のっぺらぼうが言う。


「その顔が嫌だった」


「その人生が嫌だった」


「その過去が嫌だった」


「だから――私が貰いました」




女は崩れ落ちた。


待合室のテレビが映る。


 


ニュース速報。


【一家三人の変死体を発見】


【身元確認中】


規制線の張られた実家が映る。


防犯カメラ映像。


映っていたのは――


昔の自分。




「お母さん……」


女は震える。


のっぺらぼうは静かに告げた。


「整形代金は頂きました」




――数年後――




別の街。


小さなアパート。


一人の女が暮らしている。


美しい顔。


誰もが振り返る容姿。


けれど。


その女を知る人は誰もいない。




家族は、いない。


友人も、いない。


故郷も、ない。


本名さえ失った。




鏡の前に立つ。


美しい顔が映る。


だが、女は時々思う。


鏡の向こうの自分が、本当に自分なのか。


鏡の中の顔が笑った気がした。




女は振り返る。


誰もいない。


しかし。


耳元で声が聞こえた。


「その顔、気に入ってますか? 気に入らなければ、交換しますよ」




部屋の陰に――


顔のない女が立っていた。 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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これからも『怪異収集録』をよろしくお願いいたします!

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