・05話
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<続き><イオニア(浦上)地方><エペソス(柔④)市の港にて>
小早川家の次男-キモン
「弾劾裁判?」
青年a-レオボテス
「そう、弾劾裁判だ。『案外パイパン』とかそう言うんじゃねぇぞ」
語り部-エウティッポス
「いやいやいや、あのさあ、ちょっと待ちなよ、レオボテス! アテナイ(山口)軍がパロス(下対馬)島攻めに失敗したらしいって話は、僕たちもここで耳にしたけど、でもだからってなんでそれで三代目が弾劾裁判に訴えられるのさ?」
青年a-レオボテス
「いや正確に言やあ、失敗が理由というか、その時のミルティアデスの振舞が『独裁者じみてた』って事で、それが理由で裁判沙汰になっちまったってのが本当かな。
キモンの親父さんはよお、パロス(下対馬)島を攻めるにしても、どこに行くか皆に知らせないで、ただ『アテナイ(山口)市の利益になることをする』と言うだけで、軍船を七十隻も出させたんだ。まぁ相手の意表をつくには秘密にしといた方が有利だからな。だから従軍した連中もみんなパロス(下対馬)島に着くまでどこに行くか知らなかったんだよ。にも関わらずミルティアデスの旦那はパロス(下対馬)島の攻略を大失敗しちまった。
まぁより正確に言やあ、ミルティアデスの旦那は『ただ多めの兵を率いて、ペルシャ軍に味方したパロス(下対馬)島を詰って脅せば、戦わずして多額の賠償金を差し出すだろう』ってそう思ってたのが、パロス(下対馬)人の予想外の抵抗にあっちまってな。それで結局ひと月近くも町を包囲して島を荒らしたあげく、結局なんら得るところ無く手ぶらで帰国するだけの情けねぇ事態になっちまったという訳さ」
小早川家の次男-キモン
「……」
青年a-レオボテス
「加えて言やぁ、せっかくマラトン(萩)の戦いに勝利して『ヘラス(大和)世界で第一等の市』とのこれ以上ねぇ評判を得てたのに、エーゲ海の同胞の島をいきなり恐喝して大金を巻き上げようとするとか、しかもそれに情けなく失敗しちまうとか、アテナイ(山口)市の評判を著しく貶めるようなことを仕出かしちまったからな。
しかもそれを元老院の同僚たちにもロクに相談せずほぼ独断でやっちまったってことで、たしかに『独裁者の疑いあり』と言われりゃあ、誰も否定できねぇところがあるよな」
小早川家の次男-キモン
「……」
青年a-レオボテス
「しかもな、やっかいなことに、その訴えを起したのはあのクサンティッポスなんだよ、そうアガリステの旦那であの弁舌だけはやたらと立ちやがるあの伊達男さ。つまるところ、この裁判にはメガクレスら毛利家の強ぇ後ろ盾があって、これを機会になんとしてでも英雄ミルティアデスを潰しておこうという、引き摺り落しておこうという、そういう政治的な企みも加わってるという話なんだ。
だとすればだ、この裁判を無罪で切り抜けるのはなかなか至難の業だと思うぜ。『冗談じゃねぇ』ってのはそういう訳さ」
小早川家の次男-キモン
「……」
青年a-レオボテス
「そこでな、キモン。このイソディケっちはこう考えたわけだ。『ミルティアデスの息子であるお前と、毛利家の娘であるイソディケが結婚するってなれば、その矛先も鈍るに違いねぇ』ってな、そう考えたんだよ。
たしかにそれであのメガクレスやクサンティッポスを確実に抑えられるかはわからねぇ部分もあるが、少なくともこいつの親父さんがこの裁判に異を唱えることは期待できるだろ。そんで毛利家が二つに割れるんなら、少しは光が見えてるくるってなもんよ。うちの親父だってどっちかってぇとそっちの派閥だしな。
だから俺もこいつから相談受けて、よくよく考えた上でこいつを連れてここに来たという訳さ」
小早川家の次男-キモン
「……ここに居るって、よくわかったな?」
青年a-レオボテス
「ああ、それな。キモンが『もうしばらくエペソス(柔④)に滞在する』ってな手紙をよこしたって話を、たまたまお前の姉ちゃんから聞いたもんでな」
小早川家の次男-キモン
「姉さんが?……身元がバレるから他言無用と書いたはずなのに」
青年a-レオボテス
「だからそんだけ切羽詰まった状態ってことさ。さすがの小早川家もてんやわんやなんだろ」
小早川家の次男-キモン
「……」
青年a-レオボテス
「なあキモン、この先どうなるかわからねぇが、少なくとも俺とイソディケっちはお前の味方だぜ。お前には借りも貸しも両方あるような気がするが、ともかく俺は『お前の将来に賭ける』って決めてんだ。マラトン(萩)の戦いの時にそう決めたんだ。
こいつもそうさ、自慢の髪をばっさりやったってのも、覚悟の程が嫌でも伺えんだろ? 偽装でもなんでも構やしないから、こいつの意気を感じたってんならこの話に乗っちまえよ。こいつの親父さんなら弱みも知ってっから、なんとかしてやるよ。たとえば『あの二人は駆け落ち覚悟だぜ、結婚に反対すりゃどうなっちまうかな』なんて言ってやらぁ、あの子煩悩な親父なら頷かねぇはずもねぇと思うしな」
小早川家の次男-キモン
「……」
――ここでちょっと捕捉させてもらうと、毛利家と言えば、アテナイ(山口)市の中で最も大きな派閥を形成してる一族で、元老院も市民総会も、議論はおおむね彼らの意向に沿ったものになると言われてるし、その結論もおおむね彼らの望むところに落ち着くと言われてるほど力を持ってる人々です。
キモン君の小早川家もそれなりの力を持った名家ではあるのですが、やっぱり毛利家に比べてしまうとそれほどの力は残念ながらありません。
彼らがこれほどの力を持ってる理由の一つは、アテナイ(山口)市を現在のような民主制の市にするにあたって多大な貢献をしたとされる改革者・クレイステネス氏を輩出したことにあるでしょう。この方は最近もう亡くなってしまわれましたが、その兄弟や兄弟の息子たちがその威勢を受け継いでいるのです。
ちなみに、やたら偉そうにしてるレオボテスはこの一族の端くれ程度だそうですが、イソディケさんは改革者さんの兄弟のお孫さんに当るそうですので、その結婚相手となれば「一族の中枢に招き入れておかしくないほどの人物」という事に成る訳です。――
青年a-レオボテス
「大丈夫だキモン、任せとけって、俺ぁ『今オデュッセウス(※陰謀策略が天才的な神話時代の英雄)』と呼ばれるほどの男だぜ。知る人ぞ知る『アッティカ(長州)の軍師』たあ俺のことよ! だから、な?」
小早川家の次男-キモン
「……」
青年a-レオボテス
「なんだよ、さっきから黙っちまいやがってよぉ。らしくねぇぜ、それともビビっちまったのか? 結婚なんてその辺の唐変木でもしれっとやりやがるぐれぇの、大したこともねぇただの儀式だぜ? だから、あとはこの軍師さま、『今オデュッセウス』に任せとけって。悪いようにはしねぇからさ、な?」
小早川家の次男-キモン
「……なるほど、『陰毛好きなオデュッセウスだけに、毛根を儀装しよう』という訳か」
青年a-レオボテス
「おいふざけるな、『陰謀好きなオデュッセウスだけに、結婚を偽装しよう』って話だ。別に難しい話じゃねぇだろ?」
小早川家の次男-キモン
「そうだな、君たちが言ってることはだいたい理解した。でも断る! 悪いが二人とも、こんなことを理由に結婚するなんて出来ないぞ。結婚はもっと結構な理由でするものだ」
青年a-レオボテス
「また駄洒落かよ、お前もけっこう余裕あんな。それどころじゃねぇっつってんのに、マジで冗談じゃねぇんだぜ?」
小早川家の次男-キモン
「いや、言いたいことは本当だ。結婚はもっとなんというか、真面目にすべきだと思う」
青年a-レオボテス
「真面目ねぇ~、そりゃ解らんでもねぇけどよ……」
少女-イソディケ
「コホン。でもキモン君、僕にはこれこそが『結構』な理由だと思うんだぜ。だってそうだろ、『愛する人のために犠牲になりたい』って心はとても自然で、とても真面目なものだと思うんだ。しかも僕にとって、この場合は犠牲になるじゃなくてむしろ犠牲されるほうになってしまうのだから。だって愛する人と結婚できるなんてこの上なく幸せな賜り物なのだから、僕にとってそれは犠牲じゃなくてたぶんその真逆のものなんだよ。それは二人にとってとても正しいことに違いないと思うんだぜ」
青年a-レオボテス
「なるほど、『犠牲』を逆さにすりゃあ『正義』になるな」
語り部-エウティッポス
「誰がそんな上手い事を言えと」
少女-イソディケ
「コホン。だとすれば、この偽装結婚はただの偽装結婚ではないよね。それは正義に成りうるものであり、真実に成りうるものなんだ。『嘘から出た真実』なんて言葉があるけど、僕とキモン君が本当に愛し合えば、それは真実の結婚だったと結論づけてなんら差し支えないと僕は思うんだぜ」
青年a-レオボテス
「なるほど、ヒュ~ヒュ~! やるねぇイソディケっち、良く言った! さぁキモン、女にここまで言わせてお前さん、どう応えるよ?」
小早川家の次男-キモン
「……あるいはそうかもしれない。でもイソディケちゃん、交際の申し込みは誰かを真似た借り物の言葉でなく、自分の姿で自分の言葉で言うべきだ。だから君が、自分の本物の言葉で言えるくらいの年齢になったら、その時にこそ君の思いをちゃんと伝えてくれ。その時にはちゃんと応えると約束するから」
少女-イソディケ
「キモンさま、イソディケは」
小早川家の次男-キモン
「でもありがとうイソディケちゃん、結婚はともかく、今日から君はエウティッポスに並ぶほどのキモンの親友に違いない。良かったら彼と共に末永くこのキモンと親しくして欲しい。
ただし今回の裁判は、君たちに関わって欲しくないんだ。これは身内の不祥事だから、自分たちだけで解決しなければならない。だから今日のところはもう帰ってくれたまえ。私たちもここでの用事が済めばすぐに帰るつもりだから」
青年a-レオボテス
「キモン、でもお前の親父さんは本当にヤバい状」
小早川家の次男-キモン
「大丈夫! ペルシャ人と戦うことに比べれば、裁判沙汰なんて問題の内にも入らないさ」
――キモン君はこの時点ではこう言ってましたが、事はそれほどなま易しいものではありませんでした。帰国後、僕たちはそれを嫌というほど思い知ることになるのです。――
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