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念願の給仕

 ルカさまが剣を抜くより早く、ハルバートを振り上げたあたくしは雄叫びを上げながら群衆のただなかへ斬り込みました。


「お嬢さまあっ!」


 重たい刃を力まかせに振り回し、当たるを幸い弾き飛ばします。

 器用に斬るなんてできません。もう力で押し切るだけです。


「殿下あっ!」


 後ろからルカさまと親衛隊の方々も殺到してまいります。不意を突かれた革命軍は混乱し、その隙をぐいぐいと突いて、あたくしたちは敵陣を真っ二つにぶった切ったのでございます。


 お嬢さまの驚いた顔と言ったら! あたくしはやっと安心することができたのでした。お嬢さまの隣には、お嬢さまがずっとずっとお慕いしていた方が、お嬢さまを守るように立ちはだかっていらっしゃいます。なんと頼もしく、嬉しい光景でしょう。あたくしだってこの光景を夢にまで見たのでございます。


 嬉しさのあまり、ハルバートをぶんぶん振り回しながらあたくしは大音声で呼ばわったのでした。


「不肖ヴェロニカ、お嬢さまと未来の旦那さまをお救いするため、参上いたしましたあっ!」

「恥ずかしいこと大声で叫ばないでよ!」


 お嬢さまは真っ赤になっていらっしゃいます。照れているお嬢さまは、まことに愛らしゅうございますわ。


「殿下!」

「ここだよ、ルカ」

「ご無事でようございました。して、未来の奥さまとの首尾は?」

「恥ずかしいこと、訊くな」


 ああ、この光景を、あたくしとルカさまはどれほど待ち望んだことでしょうか。揃って赤くなっているお二人を見ては、胸がいっぱいになります。このまま初心なお二人をいじり倒したいのですけれど、それは後のお楽しみですわね。


 恥ずかしさにいたたまれず喚声を上げて突撃を再開したクラウディードさまとイリーナさま。前にもまして突破力がすごいことになっておりますわ。まるで鬼神が夫婦で降臨し、猛り狂っているかのようです。もう誰もあの二人を止められないのではないかしら。


 血路は若いお二人にお任せして、ルカさまとあたくしは最後尾で剣を振るいます。


「きゃあっ! ルカさまよけてえっ!」

「うおっ!?」


 唸りを上げて飛んでくるあたくしのハルバートの刃を、深くのけぞってルカさまは躱します。なんて反射神経と身のこなし。ますます惚れてしまいそうでございますわ。


「危ないな! おれの首を狩る気か!?」

「ルカさまなら軽くよけられるではございませんか?」


 現にルカさまの後ろに迫っていた四人が、あたくしのハルバートになぎ倒されて向こうに吹っ飛んでいます。

 短いながらも最後の追撃はすさまじく、あたくしたちも全力で応戦したのでございます。鬼神もかくやという激烈な応酬でルカさまの剣は折れ、もう三本目です。あたくしはルカさまの後ろから迫る巨大な盾の男たちを力の限り殴り飛ばし、その衝撃でハルバートの柄もへし折れました。


「死神の刃が折れたぞ!」「押し包め!」


 甘いですわ。あたくしは手近の剣を拾って振りかざします。その隙を補うようにルカさまの剣が走ります。水平に薙ぐあたくしの剣が討ち漏らした敵はルカさまの鋭い突きが仕留め、死神の猛威はまだまだ衰えません。


 剣を跳ね上げ、ルカさまがささやきます。


「終わりが見えた。全力で逃げるぞ」

「はい!」


 ついに陣の切れ目です。しんがりを守っての死戦でしたが、逃げ延びることができそうです。その時。


「あぶない!」


 投げナイフを構えた男がルカさまを狙っているのに気づいたあたくしは飛び出しました。ルカさまに突き立つ直前、あたくしは辛くもナイフを止めることができたのです。


「ヴェロニカっ!?」


 肩に突き立ったナイフをそのままに、剣を振るったあたくしでしたが、ううん、ちょっと動きが鈍りましたね。まずいですわ。あと少しですのに、これではお荷物になってしまいます。


 そのさまをご覧になったルカさまの表情が一変しました。憤怒の形相になったかと思うと、これまで以上の速さと気魄で、あたりの敵を斬り伏せたのでございます。


 ルカさまは鬼の形相のまま、あたくしの腰を片手で掴むと、


「つかまっていろ!」

「え? ちょ?」


 そのままあたくしを抱え上げて走り出したのです。


 ええ? なんて剛腕!

 ですが片手でも勢いは衰えず、振るった剣は触れるもの全てを斬り捨てて最後の包囲を突破してしまったのでございました。


「しっかりしろ、ヴェロニカ、傷は浅いぞ」

「それは死にそうな方に言って差し上げてください。もう大丈夫ですから、降ろしてくださいまし」


 ルカさまは動転しているのでしょうか、なかなかあたくしを下してくれません。場違いな恥ずかしさで、あたくしは顔から火が出そうでした。これではお嬢さまをからかっている場合ではございませんわね。


 ルカさまがあたくしを下してくださったのは、敵から遥かに離れて体力が尽きた頃でございました。


「すまない。きみを助けなければと、我を忘れてしまった」

「もう。落ち着きましたか?」


 怒ったように言ったあたくしでしたが、内心はとても嬉しかったのですのよ。


「だめだ。鬼神と死神が夫婦、それもふた組。人間がかなうわけがない」


 包囲網の誰かがつぶやいたと、のちに耳に致しましてございます。

 夫婦と評してもらえたのは嬉しいことでございますけれど、鬼神? 死神? もっと可愛いのがよかったのですけれど。


 いずれにせよ、あたくしたちの人ならざる働きに、包囲の軍はすっかり追撃を諦めたのでございました。



 ◇



「お茶でございます。どうぞごゆっくり」


 テントの中にいらっしゃるお二人にお茶を差し上げて、あたくしはテントを辞したのでございます。

 中に残されたお二人、クラウディードさまとイリーナさまは視線を合わせずに頬を染めていらっしゃいました。ああ、とても初々しくてございます。やっと敵同士ではなく、普通の男と女として相対することができたのですから、思いはいかばかりでございましょうか。二人きりで、しばしお二人の世界に浸っていただきましょう。


「傷は大丈夫か?」


 下がってきたあたくしに、ルカさまが声をかけてくださいます。


「ご心配なさらず。かすり傷ですわ。それに永年の夢がかなって、あたくしは今とっても幸せなのですから」

「永年の夢?」

「イリーナお嬢さまがクラウディードさまをお迎えして、その席にお茶を給仕することですわ」


 戦場を駆けて武器を振り回したりと、余計なことも致しましたけれど、あたくしの本業は侍女でございますから。

 この時を本当に、本当に、長いこと夢に見ておりました。念願かなって、幸せにございます。侍女の本懐でございますわ。


 そうと察して下さったルカさまは、穏やかな笑みであたくしを眺めているのでございました。いやいや、ちょっと照れますわね。その表情は反則ですわ。


「しかし、すまなかった。嫁入り前の娘を傷ものにしてしまったな。わたしの不覚だ」

「もう娘という歳でもありませんけど……」


 思わずあたくしは苦笑してしまいます。イリーナお嬢さまにお仕えして十五年にもなりますか。お嬢さまの波乱の恋路を支えているうち、三十路もとうに越えてしまいましたわ。


「傷ものとおっしゃるなら……責任を取って下さいます?」


 いたずらっぽく言ったつもりなのですが、心臓がどきどきして破裂しそうです。ハルバートで百倍の敵陣に斬り込んだ時より緊張しますわ。


「こちらもすっかりいい歳だが……こんなのでよければ、喜んで」


 ルカさまのお言葉も少しぎこちなく、やはり緊張していらっしゃるのでしょうか。でも最後に笑みを浮かべながら片ひざをつき、あたくしの手を取ったしぐさは、さすがは王家の侍従どのでございました。とても優雅な振る舞いに、あたくしの胸はときめいたのでございます。


「これからもふたり、ともに主のために」

「……はい」


 こうしてあたくしたちは、今やひとつとなった主たちのために、ひとつになって尽くしていくことになったのでございました。



 ◇



 その後、国の北西に拠点を持ったクラウディードさまとイリーナさまは、十年という年月をともに戦い抜き、共和国を倒して自らの王国を樹立なさったのでございました。

 お二人はどこにあっても共にあり、お互いを敬い、お互いを守り、どんな苦境も乗り越えてこられたのでした。


「きみがいるから、乗り越えられる」

「あなたがわたしを、生かしているのよ」


 そう言って見つめ合うお二人に、侍従と侍女としてともにお仕えできることの、なんと幸せなことでしょう。


「ちょっとヴェロニカ。なにさり気なくのろけてるのよ。妬けるわね」


 お側に並んで控えているあたくしたちに、イリーナさまがじと目を向けてまいります。


「いえいえ、お嬢さまにはかないませんわ」

「そうですね。おはようからおやすみまで存在自体がのろけのお二人には、とてもとても」

「なに仲がいいところ見せつけてるのよ!? それにもうお嬢さまじゃないわ」


 そうでございました。

 今イリーナさまの腕の中では、珠のようなお子――王子さまがすやすやと眠っていらっしゃいます。


「あらためまして、おめでとうございます。お妃さま」

「それであなたたちも律儀についてくるわけね」


 イリーナさまはそうおっしゃって、あたくしの大きなお腹を眺めたのでございます。

 それは恥ずかしいですから、どうかそっとしておいてくださいまし。


「こちらも盛大にお祝いしなきゃね。二人の子だもの」

「いえ、それはどうか、ご無用に」

「何故だ?」


 ルカさまの答えに、主であり王であるクラウディードさまが疑問を投げかけます。


「おまえたちの子ならば、大いに祝ってやりたいのだが」

「そうよ。わたしたちにとっても、とても嬉しいことなんですもの」

「ありがたきお言葉にございます」


 一礼するルカさまに、あたくしも共に頭を下げます。


「ですが我々は主にお仕えするもの。今のお言葉だけで充分でございます。今後は王子さまのためにも、我が妻、我が子ともどもこれまで以上に働いてみせましょう」


 あたくしを見ながら、ルカさまはそうお答えになったのでございます。

 見返すあたくしにも、何の異論もあろうはずがございません。

 共に主のために。今後は家族でお仕えすることになるでしょう。


「やれやれ。ここでまで見せつけるか」

「ほんと。これはもはや王家を巻き込んだ、災害級ののろけだわ」

「ひどいですイリーナさま、だいたいイリーナさまも人のこと言えないと思います!」

「はいはい、全部わたしのせい。元はと言えばわたしが二人を巻き込んだんだからね」


 いたずらっぽく笑った笑顔に、あたくしは遠い昔の少女の、興味津々な瞳を思い出したのでございました。


 その瞳はこう言って、扉を開いたのでございます。


「ねえヴェロニカ、可愛くなろうと頑張るって、何をどうすればいいの?」




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