桜色の貝殻
「まさと、暇」
俺だって暇だ。
「火曜日だよ。どっかいこう?」
”火曜日”に何か意味があるのか?
いくみの文句を、昨日買った雑誌を読みながら聞き流していた。
…今週はどれも展開がつまらない…
「ねえ…」
はやく明日になんねえかな…
明日の雑誌は展開が面白いだろうし。
「ねえ!まさと!」
「うるっさいな!」
「どっかいきたい!」
あー…なんでコイツは怒鳴られても平気なんだよ。かわいくねえ。
「ねえ暇だよ。どっかいこうよ!」
「んじゃあ帰れ!」
「だから、”歩くイカ”を見つけるまで帰らないもん!」
「分けわかんねえこと…!」
「正人!うるさい!」
隣の部屋でレポートを書いていた姉貴が、扉を勢い良く開けて怒鳴る。
「連れて行ってあげなさいよ!どうせ暇でしょ!?」
ぶつぶつ言いながら姉貴は自分の部屋へ戻った。
「ねえ、まさと…」
「…帽子とってこい」
「はーい!」
嬉しそうにいくみは姉貴に帽子を借りに行った。
ああ、俺のお人よし…バカみて…
『他人に優しくできるのって、人間だけなんだよ』
バカ言ってたな、俺…
いくみを連れて出たはいいけど…どこへ行けばいい?
ゲーセンに連れて行くわけには行かない…
遊園地に連れて行く金は無い。
コイツが喜びそうなところに連れてかなきゃ…だめなんだよな。
「いくみ、どこ行きたい?」
「アメリカ!」
「真剣に答えろ」
「…遊園地!」
「却下」
「動物園!」
「それも却下」
「水族館!」
「同じく却下」
「………」
…仕方ねえか…
「海、行くか?」
ぱっといくみが目を輝かせる。
「うん!」
「んじゃ、ちょっとママチャリ借りてくる。待ってろ」
俺は家のほうへいったん戻った。
いくみはしゃがんで俺のほうをじっと見ていた。
自転車は古くはなっていたが、パンクもしていないしブレーキもきく。
車輪が空回りするような音をたてて自転車は進んだ。
いくみはじっと同じところで待っていた。
「ほら、後ろ乗れ」
「届かない」
「努力しろ」
「無理」
仕方ないからいくみを抱き上げて後ろに乗せる。
俺が乗ると腹に手をまわしてきた。
「落ちてもしらねーからな」
「うん。自己責任だよね」
「………」
思いっきりペダルを踏む。
暑い日差しで出てきた汗が風で冷やされ、身体を冷やす。
十分も走ると風に潮の匂いが混ざってきた。
「わーすごーいひろーい!」
自転車から降ろすといくみははしゃいで走っていく。
「海に落ちんじゃねーぞ」
「はーい」
まあ、とりあえず見晴らしがいいから落ちても分かるけどな。
…海なんて…いつ以来だろ。
目の前を小さな子供が走りぬける。
「お母さん!貝殻!」
『お母さん!美雪姉ちゃんが貝殻くれたよ』
「耳に当ててごらん。
海の音が聞こえるよ」
『正人、耳にあててみて。
海の声が聞こえるよ』
「!…ホントだ!」
『すごい!ほんとだ!
お母さん物知り!』
…嘘みたいだな。
俺にも、あんな日々はあったんだ。
あのガキみたいに、母親に甘えてた日々もあったんだ。




