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緋色の記憶

 海にいると日差しを強く感じる。

 潮のせいか?

 遠くに小さく見えるいくみは飽きずにずっと海の波を見つめている。

 …俺は飽きた。

 そろそろ帰るか…

「あれ?正人?」

 帰ろうと思って腰を少し上げた瞬間声をかけられた。

 振り向くと見慣れた、しかし最近は見ていない顔があった。

「おいおい。

 オレを忘れた?

 健治だよ。伊沢健治」

 …そんなこと、言われなくても分かっている…

「覚えてるよ」

「…相変わらずだな」

 健治は微笑むと俺の隣へ座った。

「…お前、学校は?」

「お前が言えんのか?

 不登校の正人くん」

「………」

 嫌なやつ。

「なーんて…

 腕の治療の為に、病院行った。

 今日は学校休んだ」

 自分の左腕を軽く小突いて健治は説明した。

 つい最近まで、ギプスがついていたはずだ。

「…復帰できそうか?」

「いや、無理だな。完全復帰は…」

「お前なら、ベスト8ぐらいまでまた上りつめることくらい、できるだろ?」

 健治には空手で全国大会三位になるほどの実力が"あった"。

 そう…あった。

 半年前に、交通事故で左腕を複雑骨折をするまでは―…

 その上、骨の破片が神経を傷つけ、腕としての機能を失うかもしれないと医師に言われた。そう言われながらも、奇跡的な回復を見せたが、それでも元のようにはならなかったようだ。

「駄目なんだよな…八位じゃ…」

「?」

「せめて前と同じ、もしくは前より高い実力になんなきゃ…」

「…そうか…」

 俺が次の言葉を言おうとした時に、

「まさとー!貝殻貝殻!」

 いくみが走ってきた。

 手には拳大の巻貝が握られている。

「何あの子。彼女?小さいなー」

 なぜそうなる。

「あ…」

 いくみが健治に気づき、足を止める。

 健治は右手を上げて「よっ」と短い挨拶をした。

「はじめまして。まさとのお友達?」

「ん。いざわけんじ。よろしく」

「よろしく。あたし、いくみ」

「いくみちゃんかー。いい名前だ」

 いくみの頭を撫でて健治は笑った。

「けんじくんは優しいね。

 まさとと大違い」

「じゃ、健治の家に行け」

「おいおい…それはちょっと…」

 健治が苦笑する。

 その間にいくみは俺の前に貝殻をおいてくとまた海の方へ走って行った。

 子供好きの健治は楽しそうにいくみを見ていた。

「で、なんなんだ?あの子」

「居候」

「いそうろう?なんだそりゃ?」

「他人の家に世話になり食べさせてもらうこと。また、その人。食客」

 辞書に書いてあるとおりのことを言った。

「嫌な奴だな」

「………」

「そうじゃなくてだな…なんでこのご時世に居候なんか居るんだ?

 たしか、おまえんとこは両親共々兄弟いねえから従兄弟とかいねえよな?

 再従兄弟か?」

「住所不明。苗字不明」

「はあ?」

 はあ?はこっちだ。

「”歩くイカ”とやらを探してるんだとさ」

 説明するのが嫌になってくる。

 さすがに健治も笑うしかない、という様子。

 そしてその笑顔も消え、真剣な表情になった。

「…学校…どうするんだ?」

 姉貴から何度も言われている言葉を、今また健治に言われた。

「受験は…」

「…二ヶ月行ってねえんだぜ?」

 二ヶ月…もっと長かったような気もするが…

「お前、頭はいいからさ…まだ間に合うかも…」

「無理だね。

 数学や英語はもう未知の領域に入ってるだろ」

「高校の問題も解けるお前が言う言葉とは思えないけど」

 いつも、健治に口論で勝ったことはない。

 今のが口論と言えるかどうかは、わからないけど。

「教えてやろうか?どこまでやってるか」

「いい」

「数学はアレだ…二次関数…が終わったな…あと…」

「いいって」

「英語が〜…なんてんだっけ…”フーム”とか”ホワイ”とか使う…ああ、関係代名詞」

「いいって言ってるだろ!」

 俺が大声を出すと健治は黙った。

 驚いた様子もなく、先ほどまでと同じように遠い一点をただ見ていた。

 俺も、何も言えなくなる。

 そういう時は、決まって健治が口を開く。

「…辛いとは…思うけどさ…」

「………」

「今耐えれば…そのうちいいことに巡り会えるって」

 いいことってなんだよ。

「よくお前…耐えられるよな」

「バカにはなに言ったってわかんねえよ。

 忘れようとするしか、逃げ道ねえだろ?

 コンクリに頭ぶつけてでもさ」

 最後の言葉を、健治は冗談っぽく言ったが俺は知ってる。

 校舎の裏で、悔し涙を流しながら、何度も何度もコンクリートの壁に頭をぶつけていたことを。

 額に血がにじむほど、ぶつけていた。

 狂っているように見えたかもしれない。

 でも、健治には他の逃げ道がない。

「片腕でも、相手ふっとばすくらいのこと、できるだろ…」

「手を出したら負けだ」

「そうして、”勝った”と自己催眠をかけんのか?」

「…ああ」

 健治は微笑んだ。


 なぜ健治はそれで耐えられる?


 話している間にも、”あの頃”のことが思い出される。


 同級生に言われた言葉。


 親や教師に言われた言葉。


 だれも、なにも、しらないくせに。


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