黄色い教科書
今日は特にやることは無い。
仕方が無いから今週買った雑誌をくり返しくり返し読んでいた。
「まさと」
いくみが話しかけてくる。
面倒くさいから無視する。
「…まさと」
うるさい。
「………」
しばらくするといくみは諦めて俺の勉強机に向かった。
ずっと使われていない勉強机。
引き出しには一つ一つ鍵がついているが、必要が無いからかけていない。
いくみは並べられている教科書に興味を持ち、背表紙を人差し指でなぞっていった。
ぴくり、といくみの指が止まる。
指が止まったのは、
「ねえ、まさと。これ読んでいい?」
「…英語?」
中学二年の英語の教科書。
五歳児が読めるはず無い…が。
まあ、どうでもいい。
「ああ…」
「へへっ」
嬉しそうにいくみは教科書を広げる。
紙面に並べれた異国の文字が面白く見えるのだろうか。
とりあえず、これで静かになるのなら、文句は無い。
俺はいくみへの視線を雑誌に戻した。
ぱらぱらと、ページをめくる音だけが聞こえる。
「ねえ、まさと」
「ん?」
やば…
思わず返事をしてしまった…
「韓国では、食べてる時にお椀持ち上げちゃ駄目なんだね」
教科書をみながらいくみは言った。
おい、ちょっとまて。
なんでそれを今………あ。
ベットからおりていくみの見ている教科書を覗き込む。
<you must not bring the bowl up to your mouth.>
……こいつ、これ読めんのか?
「ほら、ここ……ユゥ マスト ノット ブリング ザ ボウル アップ トゥ ユア マウス…"お椀をあなたの口まで持ってきてはなりません"だって」
…読めるんだな。
「へへっ!すごいでしょ!」
驚いている俺に得意そうな顔を見せる。
「ちっちゃい頃から習ってたんだよ。
教室では一番だったんだ」
ああ…英才教育ってやつか…
お受験組の一人か?
「いい学校はいって、就職する時に楽なようにだって」
こんなちっちゃい頃からそんな風に言われてんのか…
どっちにしろ、こいつにはそこまでしてくれる両親が居るんだ。
さっさと帰れ。
「でも…止めちゃったんだ」
五歳児に似合わないしんみりとした表情でいくみはつぶやいた。
詳しく聞くと、多分面倒くさいことになる。
俺は聞こえないフリをした。
俺がベットにもう一度座り、雑誌を読み始めると、いくみはまた教科書をめくり始めた。




