茶色の飲み物
「”歩くイカ”探してるの。知らない?」
意味不明の言葉をはいて、女の子はいつまでもついてくる。
ついに家までついてきてしまった。
「お兄ちゃん」
「っるせぇな!!」
顔も見ずに俺は怒鳴った。
静かになったので見てみれば、何事も無いようにキョトンとこちらを見上げている。
「ねえ…」
……知的障害者か?
とにかく放っておこう。
関わるとろくなことが無い。
『最低…』
ふとよみがえる自分自身の言葉。
『最低だよ。他人の事なんか、やっぱり関係ないんだ』
………ああ、そうだよ。
”あいつら”と、何にもかわんねえよ。
省みれば、奇麗事ばかりぬかしてたんだな、俺は。
俺は扉を勢いよく開け、乱暴に閉めた。
アイツが入ってこれる隙なんてものは無い。
しばらく時間がたてばどっか行く。
放っておけ…少しばかりでかい猫だとでも思えばいい。
扇風機を回し、俺は買ったばかりの雑誌のページをめくった。
やることが無くて、いつの間にか眠っていて、テレビの音で目を覚ました。
<―次のニュースです。滋賀県大津市の連続放火事件…―>
毎日の夜七時に放送しているニュース番組。
五時間は…寝たのか?
寝心地は決してよくないソファのために、体中が痛い。
姉貴が帰ってきてる。
「……姉貴?」
「あ、起きた」
姉貴とは違う、でも聞いたことがある声。
飛び起きて向かいのソファを見れば…アイツがいた。
「お”そ”よう!お兄ちゃん」
「おま……なんで…」
「玄関の前で座ってたのよ」
夕飯の支度を一通り終えた姉貴が麦茶を入れたコップを三つ持ってきた。
「聞いてみたら『お兄ちゃんについてきた』だって」
ありがと、と小さな声で女の子はコップを受け取る。
本当においしそうに麦茶を飲んで、姉貴に「おいしい」という。
「ちゃっちゃと帰せよ。そんな得体の知れないガキ」
本当に、さっさと帰れ。
図々しく人の家にあがりやがって…
「それがさ…家を聞いても『無い』っていうのよ」
姉貴の言葉に合わせて「うんうん」と女の子はうなずく。
なにが「うんうん」なんだよこのガキ。
「それじゃあ警察にでも連絡して…」
「したわよ」
次の言葉が思い浮かばない。
姉貴が軽くため息をついて言う。
「それでね、身元が分かるまで…ウチで預かることになったから」
「は!?何でだよ!?」
「仕方ないでしょ!?警察で預かるわけにはいかないって、そう言われたの!」
俺と姉貴が口論をしている最中も、女の子はポカーンと見ているだけ。
さすがに我慢の限界。
「おいガキ!」
「なに?」
「ここにいられると迷惑なんだよ!家に帰れ!」
「”歩くイカ”を見つけるまで帰らない!」
「はあぁ!?ふざけんなよ!」
「正人!いい加減にしなさい!
まだ五、六歳の女の子よ!」
姉貴に一喝されて黙り込む。
「とりあえず…アンタが拾ってきたんだから、あんたが面倒みなさい」
ご飯は作るけどね、と姉貴は付け加えてキッチンに戻った。
居間に残されたのは、俺とこのアマガキと、飲み乾したコップ一個と、全く口がつけられていないコップが二個。
「まさとっていうんだね。よろしくね」
にっこりと笑って女の子は言った。
「あたし、『いくみ』」
『いくみ』は俺のほうへ手を差し出してきたが、俺はそれをあっさり無視した。
なんで、俺が…?
自分のことで、精一杯なのに。




