苦しみの中で咲いた勿忘草
2026-5-29
「もしもし?」
「もしもし。どうした?こんな朝から」
「葬式のセトリを考えてるの」
「は?」
「葬式のセトリを考えてるの」
「え?」
「だから、葬式のセトリを考えてるの」
「何言ってんの?」
「いやだから、葬式のセトリを…」
「ハナから理解できねえよ。一から説明してくれ」
「前の土曜におじいちゃんの三回忌があったのよ」
「そっか。もう二年になるのか」
「でね、その時に美空ひばりの『川の流れのように』が流れてたの。おじいちゃん美空ひばりのこと好きだったから」
「そりゃいいな」
「ところで知ってた?『川の流れのように』って秋元康が書いたのよ」
「マジ?え、あの?」
「ええ。あの秋元康よ」
「あの人何でもできんだな」
「『恋するフォーチュンクッキー』と同じ人間が書いたのよ?信じられないわよね」
「やっぱ秋元康ってすげぇんだな」
「私は秋元康の顔を思い浮かべる時、必ず真中満の顔が出てくるのだけれど、鴫谷君はどうかしら?」
「全く分からん」
「結構似てるのよ。一度調べてみるといいわ」
「結構です」
「そうだ。でね、人生最後の時に好きな曲流してもらえるのいいな、って思ったの」
「ああ確かに。そりゃいいな」
「でも、人なんかいつ死ぬのか分かったもんじゃないでしょう?」
「まあ、そうだな」
「だから、葬式のセトリを考えてるの」
「なるほどね」
「もし考えずに死んじゃったら大変よ。別に対して好きじゃない曲に合わせて、私の思い出を泣く泣く語られるのよ?地獄だわ」
「さすがにお前地獄行くだろ。どっちにしろ」
「失礼ね。アイム・イン・ザ・ヘブンよ」
「それは何?」
「知らないわ。ただの思い付きよ」
「うわダルっ」
「鴫谷君はもう葬式のセトリ考えてる?」
「考えてるわけねぇだろ。初見の概念だわ」
「あらそう。今日一日で考えてみなさい。私も考えるから」
「また変な話を…。まあいいけど。暇だし」
「それじゃあまた学校で」
「おう。じゃあな」
「あら鴫谷君。こっちよ」
「やあ」
「さて、葬式セトリ発表会を執り行うわよ」
「待ってました」
「ちゃんと考えてきたかしら?」
「もちろん。完璧な構成が完成したぜ」
「それは期待できるわね」
「いったん確認いい?」
「ええ。いいわよ」
「入場待ち→僧侶入場→読経→弔辞→僧侶退場→花入れ→出棺っていう流れで問題ない?」
「ええ。各パート一曲のみ。曲が終わったらループすることにするわ」
「よし。じゃあまず入場待ちからいこう」
「じゃあ私から。私が入場待ちで流す曲はBlasterjaxx & Timmy Trumpetの『Narco』よ。鴫谷君は?」
「…俺はナナヲアカリ『ドラマ』」
「あらおしゃれな選曲ね。意図を聞かせてもらおうかしら」
「ああ、まあ俺の一番好きな曲だからな。落ち着いた感じで、こう、何?悲しい夜を包み込んでくれるみたいな…ってちょっと待てお前」
「え?」
「今日こういう感じ?」
「どういうことかしら?」
「え?真面目にやる感じじゃなかったの?」
「はて?私は真面目よ」
「エドウィン・ディアス来ちゃうじゃん」
「え?」
「『Narco』流したらディアス来ちゃうじゃん」
「来ないわよ?」
「『あれ?今日はディアス投げる日かな?』って思っちゃうじゃん」
「思わないわよ。何を言ってるの?」
「え?待って。何お前。メキシコ?」
「はて?」
「めっちゃ賑やかなメキシコの葬式イメージしてる?」
「してないわ。あくまで、みんなが知ってるようなあの葬式よ。続きいきましょう」
「えぇ…。まあいいか。次なんだっけ?」
「僧侶入場よ」
「僧侶入場あんまピンとこなかったから、多田葵『Brave Song』で」
「何の曲かしら?」
「『Angel Beats!』のエンディングテーマ。やっぱりさ、これから葬式本番が始まる訳じゃん?だから一回気持ち入れてく、みたいな感じ?歌詞もいい感じだし」
「あらいいわね。私も同じようなものよ」
「じゃあ何、尾崎の『Forget-me-not』とか?」
「惜しいわね。尾崎でも『Scrambling Rock'n'Roll』の方よ」
「バカなの?」
「失礼ね。ちゃんと考えてるわよ」
「え?お前僧侶入ってきたら急にロックナンバー流すつもり?」
「ええ。今宵はロックにいかせてもらうわ」
「どこが同じなの?」
「気持ち入るじゃない」
「確かに入るけどさ。戦闘開始的な気持ち入るじゃん」
「そうかしら?」
「僧侶が木魚じゃなくてドラム持ってこないといけなくなっちゃうよ?バンドマンに憧れていたあの時期を思い出しちゃうよ?」
「ならないわよ。あなた何を言ってるの?」
「例え話だわ」
「次いきましょう。次は読経ね。鴫谷君は何を流すのかしら?」
「さすがに無音。あんまこう、木魚とかお経とかの邪魔しちゃいけないっしょ」
「私もさすがに弁えるわ」
「お。まあさすがにな」
「オルゴールバージョンのドラクエのテーマを流すわ」
「は?」
「バックグラウンドミュージックに最適じゃない?」
「いや実際そうだけどさ。ザオラル唱えちゃうじゃん」
「はて?」
「はてじゃねえよ。生き返っちゃうじゃん」
「死んでるわよ」
「その、生き返らせる術があるゲームのテーマ曲って、根本的に葬式向いてないんじゃない?」
「でもパパスは死んだわよ?」
「確かに死んだけどさ」
「ドラクエもたまに生き返らないヤツいるじゃない。それと同じよ」
「まあそうか…」
「次ね。次は弔辞よ。鴫谷君はいったい何を選ぶのかしら」
「俺はReoNa『雨に唄えば』だな。正直あんま思いつかなかった。こう、人が思い出をしゃべってたりしている裏で流す曲って、あんまないじゃん?」
「確かにそうね。それで、『雨に唄えば』ってどんな曲かしら?」
「もういない人への想いを歌う曲、だな。懐かしみながらも、それでも前に進んでいく、っていう強さもある。いい曲だぞ」
「へぇいいわね。今度聞いてみるわ」
「そういうみのりは何を選ぶんだ?」
「伊藤賢治『決戦!サルーイン』よ」
「は?」
「『決戦!サルーイン』よ」
「え?あの?」
「ええ」
「ゲームの?」
「ええ。ロマサガのラスボス戦BGMよ」
「いいわけなくない?」
「はて?」
「はてじゃねえよ。いいわけないじゃん」
「どうしてかしら?」
「どうしてもなにも、お前さ。弔辞だぞ弔辞。故人を偲んで遺族を慰めるやつだぞ?」
「BGMくらいなにやってもいいじゃない」
「その裏でテクノサウンド流れていいわけないだろ」
「でもその方がかっこいいわよ?」
「葬式にスタイリッシュさいらねぇよ」
「なんとまあ。新たな知見を得たわ」
「もういいわ。次いこう次。僧侶退場だな」
「これはもう簡単じゃない。決まってるわ」
「へぇ。何?」
「魔王魂『シャイニングスター』に決まってるじゃない」
「決まってないよ?」
「はて?」
「はてじゃねえよ。フリーBGMじゃん」
「ええそうよ」
「YouTubeの動画一本終わったのかな、って思っちゃうじゃん」
「え?」
「あまりにもエンディングすぎるって」
「ちょうどいいじゃない。僧侶退場って僧侶にとってのエンディングよ。ホスピタリティみたいなものよ」
「僧侶のホスピタリティって初めて聞いたな」
「啓蒙が浅いわね」
「なんだお前」
「そう言う鴫谷君は?」
「『G線上のアリア』。バッハの」
「あら。あなたも人のこと言えないじゃない」
「は?」
「来ちゃうわよ」
「誰がだよ」
「殿馬一人よ」
「誰?」
「明訓高校の二番セカンドよ」
「は?」
「俊足好打で小柄な二番打者よ」
「え?」
「ピアノの才能もあって、よく音楽に乗せたバッティングを披露するわ」
「は?」
「その殿馬の秘打の一つに『G線上のアリア』があるわ。塁線上に止まるセーフティーバントを打つ必殺技よ」
「はあ」
「それを打ちに来るじゃない」
「来ないんじゃない?その、誰か知らないけど」
「あ、もしかしてあなた『ドカベン』読んでないの?」
「もしかしても何も、今の高校生は『ドカベン』知らないし読んだことないよ」
「…衝撃的だわ」
「多分『タッチ』くらいしか昔の野球漫画知らないと思うぞ」
「信じられないわ。じゃあこれから私が披露する、犬神了とはいかに許しがたい男であるかについての熱弁は聞かなくても大丈夫?」
「大いに結構です」
「張り合いがないわね。いいわ。次いくわよ」
「次は花入れだな。もうほんとに最後の最後のお別れになるな」
「これは珍しく苦戦したわ」
「いやもうお前信用できないわ。まあ一応聞くけど、何?」
「Superfly『愛をこめて花束を』よ」
「うわっ」
「何よ。失礼ね」
「尾崎豊『禁猟区』とか言いそうだったのに」
「『禁猟区』が花入れに合うわけないじゃない」
「で、理由は?」
「花入れるじゃない。花といえば花束じゃない。花束といえば『愛をこめて花を』じゃない。それが理由よ」
「え。浅っ」
「え?」
「いやてっきり、入れる花の一つ一つに愛をこめて。そしてこのことを覚えていてほしい、とかそんな理由かと」
「浅いわね。過ぎたるは及ばざるがごとしなの」
「それ説明にも使えるんだ…。てか、『愛をこめて花束を』って祝福の歌だろ」
「そうなの?」
「あれ結婚式で流れるやつだろ」
「いいじゃない別に。冠婚葬祭だし」
「あれ別に同じようなもんだから括られてるわけじゃねえだろ」
「で、鴫谷君は?」
「尾崎豊『Mama, say good-bye』」
「それは…判断に困るわね。確か尾崎が母親を追悼するために作った曲よね」
「そう。いや俺もこれ使っていいのかなって思ったけどさ、いいこと言ってんのよ」
「確かにそうだけど。まあでも、ちょっとあなたの最後っぽくていいんじゃない?」
「悪口?」
「誉め言葉よ」
「よし。じゃあラストだな。出棺だ」
「私はもう心に決めたものがあるから、先に鴫谷君どうぞ」
「嫌な予感しかしねぇよまじで。俺はゆず『サヨナラバス』にする」
「正気?」
「正気でしかねえよ」
「車に引っ張られすぎじゃないかしら」
「否定はしづらいんだけどさ。いやでもエモいじゃん」
「残される側の悲しみの曲よね。アレって」
「ああ。離れ離れになってどっか行っちゃう曲」
「本当にあなたの最後はそれでいいの?」
「と、言うと?」
「他人が、あなたに対して抱く最後の感情が悲しみでいいの?って」
「…うわ。考えたこともなかった。いやでも俺は惜しまれたいかな」
「そういうものなのね。私は違うわ」
「お前はどう思われたいんだ?」
「笑われたいの」
「は?」
「『ああ、杉丘みのりという女は、こんなにも面白い奴だったんだな』って思われたいの」
「…なるほどな」
「私の死をエンタメにしないでほしいの。エモーショナルなイベントにしないでほしいの。ただ、この世界からかくも面白い人間が一人消えたんだ、程度に思ってほしいの」
「そういうことか。この選曲は。で、出棺で何流すんだ?」
「DEAD ENDの…」
「いいわけなくない?」
「はい?」
「ツラツラ言ってたけどさ、DEAD ENDはさすがにマズいっしょ」
「え?」
「葬式がDEAD ENDすぎるから」
「どういうことかしら?」
「そのまんまだよ。DEAD ENDの後に葬式があるじゃん」
「〝CRAZY”COOL- JOE の演奏後に葬式が行われるということかしら?」
「誰?その人」
「DEAD ENDのベースよ。とってもクールでセクシーなの」
「今DEAD ENDの話はしてない」
「え?でもあなたさっき葬式はDEAD ENDだって…」
「DEAD ENDなんだけどDEAD ENDじゃないのよ」
「え?ちょっと分からないのだけれど」
「『死亡エンド』としてのDEAD ENDの話はしてる。お前がたびたび話題に出すロックバンドの方の話はしてない」
「なるほど」
「で、葬式は死亡エンドすぎるのよ。だって死んでるから」
「確かにDEAD ENDというバンド葬式には少し合わないわよね。でもこの曲なら絶対に合うと思うの」
「何?」
「それはそれはとても素晴らしい楽曲よ。DEAD ENDというバンド名から想像できないほどに」
「だから何?」
「それはね…『DEAD MAN'S ROCK』よ」
「はい。解散」




