月海。それと終末
2026-5-21
「デカいわね」
「マジでデカいな」
「マンションみたいなデカさしてるわね」
「何百人も余裕で住めるよな」
「アレが海に浮かんでるのよ?」
「信じられないよな」
「アレで世界一周するのよ?」
「ロマンの塊だよな」
「ここ、来てよかったわね」
「マジでそう。なめてたわ。正直」
「『くじらのせなか』なんてネーミングじゃ凡そ期待できないものね」
「マジでそう」
「眺めもいいし、風は気持ちいいし。そして何より…」
「デカい船が見れる」
「そう。デカさってやっぱり正義よね」
「もはや何も言えなくなるよな。圧倒的」
「というか私海久しぶりに見たわ」
「俺も。千葉にも海あるとは言え、そんな見る機会ないもんな」
「海辺が工業地帯なのが悪いわね」
「そうだな。あんまなんか、海で泳ぐっていうのがピンと来ないね」
「けっこう南のほうに行かないと泳げないんじゃない?」
「たぶんそうじゃね?あ、でも木更津で潮干狩りはできるぞ」
「まず木更津自体がピンと来ないわ」
「まあ確かに。アウトレット以外で何がある?って言われたら困るよな」
「キサラピアがあるじゃない」
「それ何?」
「あのデカい観覧車がある遊園地よ」
「そんな名前なんだ…。全然知らなかったわ」
「潮干狩り自体もあんまピンと来ないわよね」
「いやマジで。みんなでアサリとって、それで?って感じ」
「そうよね。しかも、そんなに苦労してまで食べたいほど好きじゃないのよ。アサリ」
「美味いのは知ってるんだけどな」
「美味いのは知ってるのよ。でもね、アサリの美味いには限界があるの」
「確かに。アサリのめっちゃ美味いは、焼き肉のまあまあ美味いだもんな」
「それにしても船デカいわね」
「ホントにそう」
「デカいと言えば。鴫谷君」
「なに?」
「子供の頃、あなたデカいもの好きだったでしょう?」
「そうだったな。デカけりゃデカいほど良かったよ」
「知らないサイズの消しゴム使ってなかった?」
「うわ懐かしいな。使ってたわ。あのクソデカ消しゴム。みんなの四倍くらいのサイズの」
「え、なんか鉛筆縦に長くなかった?」
「そう。長い鉛筆の下のほう持って書いてたんだよ」
「大道典良みたいじゃない」
「それは知らないけど」
「定規も30cmのヤツ使ってたでしょ。あの竹のヤツ」
「いやもうもちろん。長けりゃ長いほどいいんだから」
「実際、けっこう活躍してたわよね」
「だいぶ活躍したよ。マジで」
「あと確か筆箱もめちゃくちゃデカかくなかったかしら?」
「もちろん。文房具全部デカいんだから。そりゃ筆箱もデカくなるわな」
「今もそれ使ってるの?」
「いや。アレは捨てた。中学の時に穴空いたんだよ」
「それは悲劇だったわね」
「でさ、小さいのに買い替えたんだよ。文房具一式ね。そしたらもう使いやすいったらありゃしない。その日から俺は、デカいもの信仰をやめたね」
「まさしくコペルニクス的転回ね」
「それにしても船デカいな」
「ええそうね」
「デカいと言えば。みのり」
「何かしら?レデーにデカいと言うのは失礼でなくて?」
「レディーって言えや。昭和か」
「私ほどのモガはなかなかいないわよ」
「大正だった…。じゃなくてさ。お前背まだ伸びてない?」
「ええもちろんよ。私は上だけを見据えているの」
「今いくつ?」
「168よ。2cm伸びたの。鴫谷君は?」
「172だった」
「前々回は?」
「173」
「縮んでない?」
「縮んだ。マジで。わけわからん」
「じきに追いつくわね」
「マジやめてほしい」
「というか、厚底履いたら逆転できるわね。積極的に履いていこうかしら」
「一番やめてほしい。こう、二人並んで歩くときに、『あ、女の子のほうが背高いんだね』って周囲に思われるのマジ嫌だもん。しかも俺そんな低いほうじゃないのに」
「オランダだと低身長よ」
「背高い奴が謙遜するためだけに使うセリフだろそれ」
「私もまだまだよ。この高さじゃ世界に通用しないわ」
「お前は何と戦ってるんだ」
「ホセ・アルトゥーベとよ」
「は?」
「私ね、アルトゥーベと身長で勝負してるの」
「は?なんで?」
「なんでって、え?なんで鴫谷君は戦わないの?」
「え?ん?何?」
「だからアルトゥーベよ」
「アルトゥーベは分かんのよ。アストロズのだろ?」
「ええそうよ」
「なんで戦ってんの?」
「逆に鴫谷君は何で戦わないの?」
「戦う理由がないからだよ」
「そういう人もいるのね。勉強になったわ」
「お前には戦う理由があんの?」
「あるわ。そこに身長があるから」
「身長の戦闘民族じゃん」
「アルトゥーベの身長が約168cm。今年ついに並んだの。長きに渡る戦いに終止符を打つ時が近づいているわ」
「まあどうでもいいけど。勝てたらいいな」
「ええ。何としてでも勝利を掴み取ってやるわ」
「はあ…」
「ところで鴫谷君」
「何?」
「船デカいわね」
「もういいってマジ」
「そう?まだ二時間半も経っていないけれど」
「二時間は経ってんだよ。ここあんまずっといるとこじゃないだろ」
「そうかしら」
「デカ船前二時間会話は無理あるって」
「あら鴫谷君」
「何?」
「船、行っちゃったわね」
「あ、ホントだ。どこ行くんだろな」
「きっと、私たちの知らないどこかよ」




