破砕の鐘
2026-4-30
「よお。みのり」
「おはよう。鴫谷君」
「お前今日放課後ヒマ?」
「ヒマだよ。何かあった?」
「カラオケ行かね?クーポン貰ったんだよ」
「いいね。行こう。待ち合わせは校門前でいい?」
「ああ。いいよ。なんかあったら連絡してくれ」
「わかった。楽しみにしてるね。それじゃあ。数時間後~」
「待て。お前誰だ?」
「誰って、ちょっと~。冗談はよしてよね?鴫谷君の幼馴染で、爆裂最強無双美少女のみのりちゃんだよ?」
「先週のこと気にしてる?」
「な、何のことかな~?」
「え、お前が貫いてきた口調がSM嬢由来だってことが判明したの気にしてる?」
「…」
「学校サボってイオン行ったら偶然俺に遭遇して、そして偶然が重なって今の自己の由来がSM嬢だったっていうカスエピソード気にしてる?」
「気にしてないよ?」
「口調。めっきり変わっちまったじゃねえか」
「私はずっとこうやって喋ってたよ?鴫谷君、もしかして忘れちゃった?」
「前のほうがよかったけどなぁ…」
「…」
「前のほうがさ、キャラも立ってたし。それに今のお前ただのボッチだぜ?しかも、説得力のないボッチ。なんかこう、本気出したら全然誰とでも話せるけど、あえてやってませんよ?みたいな雰囲気を醸し出してる、イタいボッチ。ジダラクボッチだ」
「…うっさいわね。鴫谷君、純情な乙女の傷ついた心をえぐるのはやめてくれないかしら?」
「うわ戻った」
「やっぱり落ち着かないわ。存外、人間って同じ口調を数年単位で続けていたら、簡単に馴染んじゃうものね」
「やっぱこっちのほうが安心感があるな。そっちのほうがいいぞマジで」
「私は、私が定義づけるの。鴫谷君。あなたじゃなくて」
「ごめんな」
「いいわ。不問にしたげる。ただね、次やったら鞭でシバくわよ」
「ホンモノだ…」
「で、カラオケって駅前の?」
「おう」
「鴫谷君は行ったことあるの?」
「いや。初めてだな」
「あそこはすごいわよ。美味しくないアイスクリームが無限に食べれるの」
「美味しくないアイスクリーム?」
「そう。一切美味しくないの。甘くもない。極限まで薄めたカルピスみたいな味がするわ。でも追加料金なし。鴫谷君も一度食べてみるといいわ」
「…遠慮しとく」
「あら。遅かったわね」
「遅れてすまんな。ホームルームが長引いて」
「なんてことないわ。私もさっき来たところだから」
「なあ。アレってやっぱ郡山のこと引きずってるよな」
「はて?」
「え?」
「私はホームルームの間、なぜあのカラオケ店は不味いアイスクリームを我々の料金に勝手に組み込んでいるのかについて批判していたの」
「は?」
「追加料金なしって言っているけれど、アレって考えようによっては、基本料金に入っているってことじゃない?あんな不味いアイスクリーム料が、よ?こんな暴挙、私は許せないわ」
「どうでもいいが、人の話くらいちゃんと聞いたほうがいいと思うぞ」
「くらいちゃん?あなたずいぶん変わった友達がいるのね」
「え?何お前俺の言葉を文章で読んでるの?聞いてるんじゃなくて?」
「くらいちゃんと言うくらいだから、常に泣いているのかしら。難儀なお友達ね」
「ああそうだ。難儀な友達だよ全く。人の話は聞かないわ、高飛車なくせして実は無能寄りだわ、そのくせ自意識だけは無駄に高いわ、中二病を今でも引きずっているわ、人に言われて口調をころっと変えちゃうわ、今こうして鞭を持って俺をシバく準備を始めているわ、俺の首に…って。痛いですごめんなさいマジで調子乗ったごめんほんと」
「分かればよろしい」
「解像度上がってるし。躊躇もなくなってるなお前。この一週間であの漫画読み返しただろ絶対」
「たまたま目に入っただけよ。で、アレってなに?」
「ああ。いや最近さ、学校来なくなった奴多いじゃん?うちのクラスじゃ8人が来なくなった。郡山と仲良かったサッカー部のやつとか、まあ繋がりはなさそうなやつもいるか」
「言われてみれば。私のクラスも人が減ったように思えるわ。名も知らぬ人間の数が減ろうが増えようが、実のところどうでもよいのだけれど」
「名前覚えてないんだ…。まあいいか。やっぱさ、この歳でって言ってもアレだけど、人が死ぬのって慣れるようなモンじゃないじゃん?」
「漫画やら映画やらで、何人も死ぬシーンを見ているけれど?」
「それとこれとじゃあ話が違うだろ。フィクションで人が死ぬのと、姿かたちを知っている人が死ぬの、実感としてかなり違うものがあるぜ?」
「私はその国郡君の姿も形もうっすらとしか知らないし、私にとって彼の死はフィクションみたいなものだわ」
「郡山、な。なあ。みのり」
「どうしたの?」
「怖いんだ。死ぬのが」
「どうしてかしら?」
「この世界に、俺が、いなくなることが」
「でも、あなたを知らない人なんて山ほどいるじゃない?例えば私とか」
「知らないんだ…。いや違うんだ。違う。なんだろうな。誰かの視界から、認識から、記憶から、消えるのが怖い。知らなかったよ。こんなに怖いんだな」
「古郡君がいなくなったのが、よっぽどショックだったのね」
「郡山、ね。ショック…というほどでもないと思っているんだけどな。実際、俺と郡山はほぼ絡みないわけだし。でもな、なんだろう。これまで当たり前に存在した人が、コロッといなくなっちゃった。そして、もう絶対に二度と会えない。でも、俺らの日常は続いていく。まるで、郡山の死なんか大したことなかったみたいに。俺が死んでも、たぶんきっと、そうなる。俺はそれが怖い。怖いと知ったんだ」
「鴫谷君」
「なんだ?」
「私はあなたが死んだら泣くわ。絶対に。それもかなりめんどくさく。そしてあなたを覚え続ける」
「あぁ。そりゃどうも」
「それで満足じゃない?」
「…」
「それに、死んだら終わりよ」
「『終わり』か」
「ええ。『終わる』の。もうこれ以上何も感じない・考えられないと思うの。もちろん、恐怖でさえもね」
「そういうもんなのかな」
「歯切れが悪いわね。うじうじ悩んでる鴫谷君なんか見ててられないわ。悩むなら、一人で悩みなさい」
「お前は、強いな」
「強くなんかないわ。普通よ。とりあえずカラオケに向かいましょう。あの不味いアイスクリームを、鴫谷君にも食べてもらわなくちゃ」
「…遠慮しとく」
「鴫谷君は、カラオケってよく行くの?」
「よく行くって程じゃないけど、まあ打ち上げとかで行くことはあるかな」
「打ち上げ?花火でも打ち上げるの?なかなかアヴァンギャルドじゃない」
「んなわけあるか。お疲れ様会だよ」
「へぇ。初めて聞く言葉だわ」
「え?そんなわけないだろ。文化祭終わりのクラス打ち上げ会なんか、どのクラスもやるだろ。そんで、どのクラスも全員来るだろ」
「初めて聞く概念だわね」
「嘘だろお前。ボッチとしての格が違うな」
「平民はひれ伏しなさい」
「じゃあお前、カラオケなんか来る機会ほぼないだろ」
「あるわ。私はヒトカラが基本の楽しみ方だと思っているもの」
「二人以上でのカラオケってお前にはどう見えてるんだ?」
「歌う時間を減らす悪手」
「ひでぇ」
「ところで、私は最初に必ず『丸の内サディスティック』を入れるのだけれど構わないかしら?」
「ああ。構わないけどお前やっぱ筋金入りの…」
「ここは密室よ」
「すいませんでした」
「ふぅ。満足したわ。あら鴫谷君、暇そうな顔して何飲んでるの?」
「ジンジャーエール。ってかお前。何一人で二時間歌ってんだよ。狂ってんのか?」
「平常運転よ。私からしたら、あなたのほうが狂っているわ」
「なんだよ」
「なんでカルピスソーダを飲まないの?」
「は?」
「カラオケって言ったらカルピスソーダじゃない。なんでジンジャーエールなんて得体のしれないもの飲んでるの?」
「あ?」
「大体ジンジャーエールほど軽薄な飲み物なんてないわ。絶対雰囲気で好きって言ってるでしょ。浅いわ」
「えぇ…?」
「その、口でうまく説明できない味してるものを好きって言っている人間、頼むから関わってこないでほしいわ」
「はい…?」
「それは置いておいて」
「んん…?」
「あなたも何か歌わないの?」
「歌いたいのはやまやまなんだけどな。時間がねえんだわ。どっかのバカのせいで」
「なんてひどいやつなの。とっちめてやりたいわ」
「お前だよ」
「あら。これは盲点だったわ。尾崎の『遠い空』みたいなことね」
「全部違う」
「『原色の孤独』だったかしら」
「違う」
「『LOVE WAY』?」
「違う」
「『失くした1/2』?」
「違う」
「椎名林檎の『幸福論』だったかしら?」
「ちょっと合ってるけど、ほぼ全部違う」
「DEAD ENDの…」
「全部違う。お前もっと女子高生らしい選曲しろや」
「私はね鴫谷君。花の女子高生である前に、超究極完全体最終爆発美麗妖艶美少女なの」
「うわ…。あ、時間」
「帰りましょう」
「今日、ありがとな」
「はて?私は何もしていないわ」
「いやいや、俺を励ましてくれたろ?」
「私は、何もしていないわ」
「…そうか」




