伽藍の筵
2026-4-22
「あら、鴫谷君じゃないの。こんにちは」
「よ、よぉ。みのり」
「あら、何をうろたえているのかしら。どうかしたの?」
「どうかも何も、俺は今めっちゃ驚いてんだよ」
「驚いている?何に?」
「みのり。ここはどこだ?」
「イオンシネマね」
「今日は何曜日だ?」
「水曜日ね」
「今の時間は?」
「昼前ってとこかしら。鴫谷君はお昼ご飯、もう食べた?」
「そんなことはどうでもいい。みのり。なんでいるんだ?」
「まったく同じことを鴫谷君に聞きたいわね。なんでいるの?」
「…家が宇宙人のミサイル攻撃で燃えてだな。避難してきたんだ」
「あら奇遇ね。私もちょうど、バミューダトライアングルから飛び出てきた未知の怪物に襲われていたの」
「やっぱりか。最近物騒だもんな。本当に気を付けないといけない」
「で、お昼は食べたのかしら?宇宙人に襲われたのだから、バタバタしていたでしょう?」
「ああその通り。朝から何も食べていなくてな。空腹で死にそうなんだよ。みのりは?怪物からの襲撃を耐え忍んできたんだから、お腹がすいているんじゃないか?」
「ええ。私も朝から飲まず食わずで戦い尽くしだったの。もう大変よ。空腹にも殺されそうだわ」
「じゃあ」
「ええ。食べましょうか」
「映画、何見たんだ?」
「何も見ていないわ。ただ、怪物が映画館のにおいを嫌っていたのよ」
「へぇ。随分とまあ、局所的な弱点を持ったバケモノだな」
「鴫谷君は?何か見たの?」
「いや。宇宙人もさすがにイオンモールを爆撃することはできないだろうと踏んだんだ。で、ただイオンにいるだけじゃつまんないから、イオンの中で一番面白いところに来た」
「むしろイオンを見かけたら喜んで爆撃するんじゃないかしら」
「今助かっているということは?」
「イオンを攻撃できないってわけね。さすがイオン。宇宙人対策もしているのね」
「お前、昼から登校するつもりある?」
「全くないわ。いつ襲われるか分かったもんじゃないもの。映画館から離れるのも怖かったのよ?でも、このフードコートにいないってことは?」
「安全ってことだな。さすがは天下のイオン様だ」
「ちなみに、答えは完全に知っているけれど、鴫谷君は午後から登校する気がありま…?」
「せん」
「当然よね」
「ああ。俺は今命がけなんだよ」
「心中お察しするわ」
「ところで、お前今何食べてんだ?」
「長崎風ちゃんぽん」
「まあそうなんだけどさ。それって一日の一発目に食うものか?」
「ええ。ピッタリね。ところで、鴫谷君のお椀の中には?」
「ざるうどん」
「あら。一日の一発目としてふさわしいものじゃない」
「まあその通りになるな」
「ちゃんぽんで思い出したけど、あの映画見た?」
「『死してなお、私は貴方を愛しています。』のことか?いや見たけどさ。ちゃんぽんで思い出すことか?」
「今年の映画のチャンピオン候補だから…」
「うーわ。百番煎じどころの騒ぎじゃないぜ?それ。ちゃんぽんとチャンピオンを掛け合わせるやつ」
「愛のない私も、流行りには乗っておきたいタイプなの」
「それは流行りでもなんでもないだろ」
「で、そんな流行の最前線はどうだったの?」
「んーまあ。期待通りかな。既視感たっぷりの恋愛映画って感じ」
「いつものパターンってこと?」
「いつものっていうと?」
「病弱な美女が若くて清潔感のあるイケメンと出会って、結局片方が死んで涙で終わるパターン。ハッピーデッドエンドと呼んでいるわ」
「まあ大体そう。これは戦時中の話だから…」
「じゃあ戦争で男が死ぬのね。もしくは、死闘を生き延びて生還してきたらヒロインはもうすでに死んでいた、か」
「お前映画見るの向いてないよ、たぶん」
「ラストシーンは知っているわ。どうせ女が生まれ変わるのよ。そして好きだった男に似たような顔の男に偶然出会うの。そしてこう言う。『私たち、どこかで会ったことがありませんか』って」
「ありがちだな」
「実際これ言われたらかなり恐怖じゃない?」
「典型的逆ナンだろうけど、可愛い女の人に誘われるなら悪い気分じゃないっしょ」
「しかし現実に浜辺美波はいないわ」
「いるよ?」
「いないわ。街歩いている女で、浜辺美波くらい可愛い女いる?」
「いねえな」
「超究極最強最終兵器美少女たるこの私が見えていないの?」
「自己認識いかついなお前。何が言いたいんだ?」
「浜辺美波くらい可愛い女はいないから、私が言ったラストシーンは現実だとすごく怖いよね、という話をしたかったのだけれど、そんなことを言ったら、私が浜辺美波くらい可愛い女じゃないことを認めることになってしまう。あっちを立てればこっちが立たない。まさにディレンマね」
「ジレンマって言え。読んでて腹が立つ論説文かお前は」
「心苦しいわ。私が私たるキャラクタを確立させているのは、この言葉遣いだっていうのに」
「キャラクターって言えや」
「あなたは私からパーソナリティまでも奪ってしまうのね」
「パーソナリティーって言えや。そういやお前、いつからそんなキャラだったっけ?昔はそんなんじゃなかったよな?」
「あれは私が悪鬼羅刹の類を討伐するのを生業としていたころの話になるわね」
「なかった。そんな時代は」
「つまり中学二年生のころの話になるわ」
「ごめん、千手先を読めちゃったかもしれない」
「ちょうどそのころ、いたくハマっていた漫画があってね。いたくというのはイタいっていうことじゃないわよ。断じて。その中に出てくる、深窓の令嬢様にいたく憧れたのよ。あ、いたくってのは…」
「分かった分かった分かったから」
「その中で、好きなセリフがあるの。『ノブレス・オブリージュなんてクソですわ!』っていう」
「ん?」
「こんなことも言っていたわね。『バイオレンスも奥深いですの。殴る蹴るなどもバイオレンスですが、なじる罵倒するなどもバイオレンスの仲間ですの』と」
「ん?」
「そしてこの言葉に感銘を受けたのよ。『サルの優劣など、ヒトには分かりませんわ。ヒトの優劣など、神には分かりませんわ』っていう」
「どういう漫画とどういう憧れ?」
「タイトルは『密着!白髪美少女お嬢様の根源的恐怖な毎日』だったわね。お嬢様は丁寧なお嬢様言葉で喋る、まさしくお嬢様なキャラクタで、敵に精神的屈辱を与えることを至上としていたわ。とても憧れたものよ」
「本当にお嬢様なのかそれは」
「ええ。右手に鞭を持っていて、仮面をかぶっていたけれど、まごうことなきお嬢様よ」
「女王様じゃん」
「え?」
「女王様だよそれ」
「え?」
「SM嬢だよそれ」
「え?」
「鞭もって仮面被ったサディスティックな女でしょ?」
「ええ。まあそうなるわね」
「じゃあやっぱ女王様だよ」
「え?」
「他になんか、こいつのセリフ覚えてない?」
「ええと…『もっと鳴きなさい。豚は泣いて喚くのが仕事なの』とか」
「じゃあ女王様だよそれ」
「え?」
「多分それ、四つん這いの男にまたがって言ったセリフでしょ?」
「よく知っているわね」
「じゃあ女王様だよ」
「え?じゃあなんていうの。私はこの四年ほど、漫画で見たSM嬢に憧れてなりきって生活していたっていうの?」
「うん。お前は自認SM嬢で中学二年生から今の今まで過ごしてきたってことになる」
「…」
「とんだバケモノじゃねえか。よくもまあぬけぬけと生活できたもんだな」
「…」
「恥ずかしいよ俺は。ある日を境に、幼馴染が変わっちまったと心配してたのにさ」
「…」
「昔のお前は、あんな純粋無垢な乙女だったのにな」
「…」
「そうだお前。小学生の頃に書いた『十年後の私に向けての手紙』になんて書いた?」
「…『周囲から尊敬されて、真面目に真っ当に生きる女性になっていますか?』とかそんなよ。詳しく覚えていないわ」
「SMじゃん」
「…」
「S(周囲から尊敬されて)M(真面目に真っ当に生きる)じゃん。筋金入りじゃん」
「…帰るわ」
「おう。しっかりとモンスターに気を付けて帰るんだぞ」
「…」
「おう。しっかりとモンスターに気を付けて帰るんだぞ」
「…」




