消失点
2026-4-15
「よお。みのり」
「あら、鴫谷君じゃないの。どうかした?」
「郡山のこと。聞いたか?」
「郡山?福島の?」
「違えよ。Ⅲ組の郡山だよ」
「ちょっとご存じないわね」
「まじかお前。あのサッカー部のエース。高身長イケメンの郡山だよ」
「ああ、あの男のこと?成人式で再会したら確実に金髪送りオオカミになっているであろう男?」
「わからん。お前の価値観が」
「で、その人がどうしたの?」
「自殺したんだってさ。一昨日。屋上から飛び降りて」
「へぇ」
「サッカー部のエースが、だぞ?何かあったのかな」
「別に。興味ないわね」
「なんでさ。学年中、この話題で持ちきりだよ。てか何で知らないんだよ」
「知らないものは知らないのよ。そう。まず学校の話題についていく方法から知りたいわ」
「あ…。忘れてた。お前、衝撃的なボッチだったな」
「失礼な。栄光ある孤立というの。ボッチなんかじゃないわ」
「ちなみに、昼食は誰と召し上がられて?」
「ほかでもない。アンガス・ヤングとよ」
「はあ。何をお話になって?」
「彼ったら情熱的なメロディーに乗せて私に言うのよ。『あなたに俺の愛を注ぎたい』って。困っちゃうわね。私はただ遊んでいるだけなのに」
「つまり、AC/DCの『Let Me Put My Love into You』を聞きながら一人で飯食ってたってことだろおい。あと、アンガスは言ってねぇだろ。ブライアン・ジョンソンだろ」
「解釈は自由よ」
「みのり、いい加減俺は心配になるぞ」
「なんで?」
「いや。だってもう高校も二年生が始まったぞ?それなのに、話す人間が一人もいないなんて、なかなか狂ってるぜ?」
「違うわ。なんであなたが私を心配するの、って」
「いやそれは…。そりゃお前、心配くらいするだろ。何年一緒にいると思ってんだ?」
「あらやだキュンとしたわ。ヒロインだったら落ちていたところよ」
「モブキャラで心底助かったよ」
「私は私のこと主人公だと思って生きているわよ?」
「じゃあ落ちろよ」
「主人公なの。ヒロインじゃないの」
「あぁそういう…」
「ともかく、鴫谷君が心配する必要はないわ。だって私の高校生活、あなたが思っているよりずっと面白いわよ?」
「そうかい。たまに見かけるお前、いっつも絶望みたいな顔して寝てるけどな」
「ほら、楽しんでいるじゃない」
「まじかお前。あれでか?」
「ええ。あれほど楽しい出来事はないわ」
「…まあ。楽しさは主観だしな」
「こうやって鴫谷君と話す時間も、結構楽しいのよ?」
「そりゃどうも」
「で、最初の話に戻りましょう」
「最初の話って何の話だ?」
「自殺。蒲郡君が死んだんでしょ?」
「ああそうだ。違うけどそうだよ。郡山が死んだんだ。コオリヤマ、な」
「半分正解だわね。でも、それは聞いた。自殺なんてよくあるじゃない。わざわざ私に話すくらいなんだから、相当おかしいのでしょう?」
「そう。これは郡山の友人から聞いた話なんだけどな、どうやら自殺したその日、そいつは郡山と会っていたらしいんだ。でもな、とても自殺するようには見えなかったそうだ。いつも通りの明るい郡山だった、ってさ」
「よくある話じゃない。取り繕っていたんでしょう?」
「いやお前…。いつも通りだった、って言っただろ?」
「だから、その『いつも』が取り繕っていた姿だった、って言っているのよ」
「なるほどね。でもなんで自殺なんてしたんだろうな」
「弱かっただけよ」
「弱かったって、お前」
「弱かったから死んだんでしょう?この世は弱肉強食なのよ。結局その男は、強そうな皮をかぶった軟弱者だったのよ」
「お前な。死んだ奴に言いすぎだろ」
「死者に口なんてないの」
「はぁ…」
「遺書とかはなかったの?」
「あった。でな、ちょっと面白かったんでな、メモってきたんだ。えっと…『始終。終わりは始まり。始まりは終わり。輪廻。希望。絶望。ウロボロス。メビウス。短い生涯?誰が決めた?観測者。その他。すべての人間に生の呪いを。解放者より。郡山百鉾』だってさ」
「ふぅん。鴫谷君、あなたはどう思うの?」
「いや…よくわからない。ただまあその、なんだ?自己陶酔的だな、って思うね」
「私も同感。ダサくてつまんない男ね。郡山ってのは」
「お前には意味わかってるのか?」
「分からないわ。いえ、分かるというべきでしょうね」
「どっち?」
「真意は測り損ねるけれど、概念は分かるということよ」
「へえ。その概念ってのは?教えてくれる?」
「いや」
「えぇ…」
「だって、不快だもの。言葉になんてしたくないわ」
「そこをなんとか」
「はぁ…仕方ないわね。つまるところ、『終わりという概念は始まりと対であり、死んだら終わりというのは、観測者が勝手に決めているだけ。僕の人生は短く映るけども、それも観測者が勝手に決めているだけ。僕は観測者から解放された』ってことよ」
「そうなのか。まあでも、一理はあるんじゃないか?」
「何もないわよ。一理どころか、零理よ」
「いやいや。つまり、郡山は『観測者』に悩んでいたってことだろう?『観測者』ってのは、まあたぶん周囲の人間だろうな。人気者の悩みっていうのかな。ホラ。って言っても知らないか。郡山って人格者ってことでおなじみだったのよ。周りから多くを求められ続けて。おまけにサッカー部のエースだ。想像を絶するプレッシャーだろう。だからやっぱそれが辛かったんだろうな…」
「辛いなら辞めればいいじゃない」
「だからそれができなかったんだろ」
「なんで?」
「なんでって言ったって、うん。そうだな。積み木やったことあるよな?」
「積み木?ええ。あるけれど」
「高いとこまで積み上げた積み木を、下から思いっきり崩すのって怖いじゃん。それも、高ければ高いほど。多分同じようなことなんじゃないのかな」
「つまり、これまで培ってきた信頼を失うのが怖かった、と」
「そういうことだ」
「理解しがたいわね」
「なんでだよ。お前にもあるだろ?」
「ないわ。一体誰が、この私を信頼しているっていうの?」
「これだから無敵の人は怖いんだよ」
「私は無敵なんかじゃないわ」
「はいはいそうですか」
「そもそも、これって不条理じゃない?」
「なんでさ」
「善行やらなんやらを積んで、勝手に積み上がってしまった信頼。そして結果としてそれに殺される。まったく不条理だわ。これなら、善い行いなどしないほうがマシじゃない?」
「それはモラルの問題だな」
「生死の関わる場面で、モラルなんか言ってられないわ。生きてこそ、よ」
「それはそうだな」
「で、どうやって自殺したんだっけ?」
「ん?ああ。飛び降り。校舎の屋上から」
「あら。じゃあ集団殺人みたいなものね。きっと、積み上がった信頼がもっと低ければ、死ぬことはなかったでしょうに」




