白に染まる未来
右側にあるファスナーを下げて。
赤いドレスを脱ぎ、真っ白なワンピースに着替える。
たったそれだけのことで、心が生まれ変わったような、晴れやかな気分になる。
見慣れなくてむず痒い自分の姿は、だけど鏡の向こう側でしっかりと顔をあげ、私を見据えている。
正直、似合っているのかそうじゃないのか。
自分ではまったく判断がつかない。
少なくとも、腹を抱えて笑えるほどではないかな。
でも、これをルカに見せるのは緊張してしまう。
まるで劇場にはじめて立ったときのことを思いだすほどには緊張して、体のなかに冷たいものが駆け巡る。
小刻みに脈打つ心音が、鼓膜を叩く。
一度だけ深呼吸をしてから後ろを振り返り、一気にカーテンを開いた。
瞬間、途切れていた白い明かりが目に飛び込む。
そのなかで待っていた空色と目が合った。
数秒、互いに何も言わないまま。
視線だけを交わすだけ。
不意に、ルカがにこりと笑った。
「やっぱり、思った通りだ」
確信をもった音がそう言う。
「すごく似合ってる」
「そう……なの?」
自分の格好を改めてよく見てみる。
足首がかろうじて見えるくらい長いスカート。
胸元は開いていない。
唯一、二の腕が空気に触れているだけだ。
ふわふわとした生地も心地がいい。
そうして私がいつまでも下を向いて確認していると、ルカが近づいてくる気配がした。
そして体を横に倒すような格好で、下から私を覗き込んできて。
「きっと今、世界でいちばんマリアが可愛いよ」
などと、囁く。
どうしてそう簡単に、そんな言葉が言えるのか。
顔に熱が集まって、一気に暑くなる。
ルカは呑気にクスクスと笑っている。
ほんとにもう。
彼はどこまでも素直な人なのだと思う。
大切な言葉を躊躇いもなく伝えられる人。
生意気だけれど。
でも、思い返してみれば、ルカの言葉はいつだって優しいものだった。
「アリッサ。これにするよ」
ルカが後ろを振り返り、正面を向く。
信じられないことに、まだ固まっていた女性は、ようやくはっと我に返ったようで。
途端、笑顔を作ってみせる。
だけどそれは引きつっていて、とても不自然。
「彼女が着ていたものは、処分してもらえる?」
「ええ。分かりました」
ぴくぴくと頬が痙攣している。
ルカが修道服の内側に手を入れ、黒いカードを一枚取りだして、アリッサと呼んだ人へ手渡した。
レジへ向かう彼女の背中を見送ってから、「なんで、カード?」つい、疑問が口をつく。
それでもルカは笑うこともなく、バカにすることもなく。
「ここじゃあれが通貨なんだ」
淡々と教えてくれる。
スラムでは到底、考えられない。
コイン一枚を奪い合うような場所で暮らしてきた私にとって、あんな薄っぺらいカード一枚で買い物ができるなんて。
いったいどういう仕組みなのか。想像もつかない。
レジについている、細長い電光掲示板のようなものに表示された数字がちらっと目に入った。
心のなかで数えて、思わず両目をひん剥いてしまう。
すかさずルカへ近づき、隣に並ぶ。
「ほ、ほんとにいいの? こんな高価なもの」
小声で早口。慄いてる私をちらりと見上げ、空色はなんでもないことのように答えた。
「いいよ。今まで貯めるばかりで使い道がなかったんだ。むしろちょうどいいくらい」
「………」
使い道のないお金が存在するのか。
鈍器で頭を殴られたような衝撃だ。
「ありがとうございました」
今度は私が固まっている目の前で。
女性がカードを両手で包むようにして持ち、受け取ろうとしたルカの右手ごと握って手渡した。
けれどなぜかルカは、右手を開かず手元を見つめたまま動かない。
どうしたんだろう。
気になって声をかけようとしたとき。
「ごめん」
ふと、低い音がぽつりと溢れた。
「もうこういうのはやめたんだ」
きっぱりとした響きをもって、形にされた言葉と共に、二つ折りにされた小さな紙を彼女に返す。
それを受けとった彼女の顔から笑顔が消えた。
「そうですか」
冷めた声音に混じる落胆。
「行こう、マリア」
うって変わって柔く明るい音が、私の右手をとった。




