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二度目の贈り物

 ルカに手を引かれて歩いていく。

 ここへ来てからもう何度も目にしてきたはずの景色だ。

 ついさっき、劇場を飛びだし、走ってここまで来たときも、目にしていたはずなのに。

 映るものすべてがこんなにも新鮮に感じるのは、どうしてなんだろう。

 今思えば、こうしてゆっくりと辺りを見回すほど余裕がなかったし、常に警戒していたから。

 それ以外の感情は、はなから閉めだしていた。

 空にいちばん近い場所は、憧れであり、敵地。

 ずっとそんなふうに身構えていたんだ。

 だけど一つずつ改めて見ていくと、ここはずいぶん落ち着いた場所なのだと思った。

 劇場がある中心地は人も多く、乗り物も多かった。

 飲食店を中心に店も所狭しと立ち並んでいたし。

 でもこの辺りは人も少なく、乗り物もほとんど通らない。

 緑よりも赤やピンクといった本物の花が、道沿いでその香りを揺らしていて。

 綺麗な場所だ。

 と、今さらながらに思う。


「ねぇ、どうしてそんなに楽しそうなの?」


 私の一歩ほど前を歩く金糸へ、ふと疑問を投げかけた。

 足が止まることはなかった。

 その変わり、顔が半分こちらへ向く。


「そんなの決まってじゃん。はじめてのデートだからさ」

「デート?」

「知らないの?」

「知ってるけど。でも、これがデート?」

「そうだよ」


 ルカが唇に微笑を乗せる。


「覚えておいて」


 路地へ入った。

 途端、元々少なかった人の姿は途切れ、左右にぽつぽつと店らしき建物が並んでいるだけになった。

 控えめな看板があるから店だと分かるけれど、いったい何を売っているのか、表からでは中身が分からない。

 だけどルカは慣れた様子で、その一つのドアを押した。


「あら! ルカ様。いらっしゃいませ」


 なかへ足を踏み入れた瞬間。

 色めきだった艶のある女性の声が飛び込んできた。

 六畳ほどの小さな箱のなかは一見、スラムの店よりも狭く見えるけれど。

 奥行きがあるためか、窮屈には感じない。

 男物や女物の服がずらりと並び、小物まで陳列してある。

 思わず手を離した私を振り返ったルカが、少し不服そうに唇を歪めた。

 けれどもすぐに微笑へと変わる。

 上品なブルーのワンピースに身を包んだ──────豊満な体の線を見せつけるような、ぴったりとした服だ。

 女性が、ふと私へと視線を流して、確かに鼻白む。

 さっきまでルカを見ていたときの嬉々とした表情から一変。

 両目を細め、数秒、私に視線を留めたあと。

 すぐにルカへと視線を戻す。


「今日はどんなご要件でしょうか?」


 聞き間違えかもしれない。

『ご要件』を、強調して言ったような気がするのは。

 でも、今ならはっきりと分かってしまう。

 その黒い瞳には、決して商売人としてじゃない、特別な色が混ざっていることに。

 年齢は私よりも上かしら。

 ずいぶん大人っぽい。

 ルカ様と言っていたから、それなりの付き合いがあるんだろう。

 必要以上に近寄り……ほとんど胸を押し当てているじゃない!

 まるで愛でるような眼差しで彼を見下ろしている。

 ……おもしろくない。


「彼女に似合う服を探しにきたんだ」


 特に気にした様子もないルカが私を見遣る。


「彼女? ……ああ、こちらのお嬢様ですか?」


 さっき絶対に目があったのに。

 今はじめて気づいたかのような態度で私を見て、「ルカ様のお姉様?」一段下がった声音が尋ねる。

 するとルカが鼻で笑い、肩を竦めた。


「なに言ってんの?」


 それから離れた手を握り直す。


「僕の彼女だよ」


 当たり前だというように。

 きっぱりと言い切るルカ目の前では、彼女が両目を見開いたまま固まってしまった。

 ……これは勘だ。

 もしかしたら彼女は、ルカの抱き枕にされたことがあるんじゃないか。

 そう疑ってしまうほど、醸しだす空気が普通ではなかった。

 ほんとに罪深いヤツ。


「マリア」


 もやもやした気持ちを一人で飼い慣らしていると。

 柔らかい音に名前を呼ばれ、視線を彼女の隣へ移す。


「好きな服、選んでいいよ」

「好きな服って言われても」


 軽く店内を見回してみる。

 どれも一目見ただけで分かるくらい上品で、高級そうな服ばかりだ。

 照明が当たっているからなのか、キラキラと輝いているのだ。

 とても私に似合うとは思えない。

 それに、これはいちばん大事な問題。

 私は一歩、足を踏みだして。

 ルカの耳元へ唇を寄せる。


「私、今は持ちあわせがないのよ」


 秘密を打ち明けるみたいにそう伝えると、ルカが不思議そうな表情で私をまじまじと見つめてくる。

 それから、小さく息だけで笑った。


「これはプレゼントだよ。あとは──────」


 空いた手で手招きをされ、その場で膝を屈める。

 すると今度はルカが少し背伸びをして、私の耳元へ唇を寄せてきた。


「他の男からもらった服なんて、一秒でも早く脱がせたいんだ」


 離れた唇。

 かち合う視線。

 呆けた顔をした私が空色のなかにいる。

 ルカがにこりと笑う。


「だから協力して」

「…………」


 頷くしかできなかった。

 満足そうな笑みはそのまま手を引き、服がぶら下がった目の前まで連れて行く。


「特に好みがないなら僕に選ばせてよ」

「ありがとう。そうしてもらえると嬉しい」

「分かった」


 スラムではいつも、衣装が私服だったし。

 生地が少ない分、安く手に入れられるから選んでいただけで、露出の多い格好が好みだったわけじゃない。

 でも、抵抗もなかったし、着慣れているだけあって、ニクスに用意されたドレスも特になにも思わなかった。

 逆に、生地が多い服のほうが戸惑ってしまう。

 手を離してゆっくりと丁寧に、一枚ずつ服を見ているルカは、なんだか楽しそうだ。

 斜め後ろで突っ立ったままの彼女をそっと盗み見る。

 よっぽど衝撃的だったのか。

 瞬きもせず一点だけを見つめて、微動だにしない。


「これなんてどう?」


 その言葉に視線を戻せば、ルカが見せてきたのはあの日と同じ真っ白なワンピース。

 今度はスカートが長くて、透かし模様が可愛いらしいデザインだった。


「それはちょっと」


 あまりにも清楚すぎない?

 私には絶対、似合わないと思う。

 でもいくら渋い顔をしていても、ルカは譲る気がないようだ。


「絶対に似合うよ。僕を信じて」


 自信たっぷりにそう言われてしまい、服とルカを交互に見ること数秒。


「ほら、一度着てみなよ」


 気まずそうにぶら下がっていた私の手を引き、半ば強引に服と一緒にカーテンがついた個室へと押し込まれてしまった。

 何がなんでも着替えろということか。

 服を抱えて立っている私が、鏡に映っている。

 その目にはひとかけらの自信もない。

 確かにルカは、笑わなかった。

 あの日も真っ白なワンピースを着た私を見て、「似合ってるじゃん」と、言ってくれた。


「僕を信じて、か」


 一人溢した言葉はだけど、私に覚悟を決めさせた。



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