独占欲
一方的に私が抱きしめている格好だったけれど。
ほんとに華奢な体は大人しく、されるがままでいてくれた。
いつもは意識したことがなかった。
でも、すごくいい匂いがする。
こうしているだけで落ち着く、優しい匂いだ。
どれくらいそうしていただろう。
このまま永遠に抱きしめていられるな。
と、ぼんやり考えていたとき。
「あのさ」不意に溢れた音が、ゆっくりと起き上がった。
互いの膝が触れあう距離で、空色がひどく真剣に私を見据える。
「ずっと思ってたんだけど。その服、マリアに全然似合ってないよ」
「え?」
突拍子のない言葉に思わず間の抜けた声が洩れた。
「あんたの良さを殺してる」
そんなに?
改めて自分の格好を確かめてみる。
胸元から下を包む赤いドレス。
鎖骨と腕は空気に触れていて、胸元は少しだけ深く、谷間が覗いているデザインだ。
「あんたの趣味だって言うなら仕方ないけど。でも、そんなに肌を見せなくたっていいじゃん」
その表情はものすごく不服そうで、拗ねた視線が逸れるのを見て、そういえば……と、思い当たることがあった。
ルカはいつも私の格好を見て、なにか言いたげな様子だったし、「あんたの趣味?」と、不満そうに聞かれたこともあった気がする。
そんなふうに意識を逸らしていたら、ぽつりと落ちた音が鼓膜に当たった。
「それにその服。兄さんが用意したものだろ」
いつまでも戻ってこない視線。
もしかして。
これが、そうなんだ。
ルーシーの恋愛話を聞いていたとき、彼女がときどき口にしていた感情。
私が抱くことも、ぶつけられることも。
一生、縁のないものだと思っていた。
「妬いてるの?」
からかうつもりはなかった。
ただ純粋な気持ちで尋ねた自分の音は、柔らかくほどけていて。
弾かれたように戻ってきた視線が、「は……?」また信じられないといった様子で私を見た。
数秒の間があった。
「……悪い?」
じとっとした目で私を睨む。
「ううん。なんだか嬉しい」
「嬉しいって……」
呟いたあと、はぁ。と、肩を落として短く息を吐いたルカが、真下を見て声を落とす。
「可愛いすぎる」
それはきっと、この距離でなければ届かなかった。
それくらい小さな音だった。
途端、心臓はまだ、喜びで飛び跳ねる余力をもっていて、それから驚く。
「そんなこと、はじめて言われた」
素直にそう伝えれば。
ルカがふふっと笑い、顎を少しだけ上げる。
「それじゃあ、僕がはじめての男ってこと?」
いつもの生意気な顔だ。
だけど今は、懸命にそう装うとしているようにしか見えなくて。
これほどの愛おしさが、いったいどこからくるのか見当もつかない。
尽きることを知らず、あとからあとから絞りだしたみたいに滲んでくるんだ。
「そうね。全部、ルカがはじめての男になるわね」
「全部?」
「そう。恋をしたのも、キスをしたのも、歌を認めてくれたのも、名前を褒めてくれたのも、可愛いって言ってくれたのも。全部、ルカがはじめて」
「…………」
なぜか黙り込んでしまった。
そして深く俯いて顔を隠してしまう。
私からは彼の長い睫毛しか見えない。
「からかっていい話じゃなかった。ごめん」
どうして謝るのか分からない。
ただ、何かに耐えているみたいだ。
ルカは二度、ゆっくりと深呼吸をしたあと、顔をあげた。
「服を買いに行こう」
気を取り直した、すっきりとした声音。
「え? 服?」
「そう。今から買いに行こう」
言うが早いか、ぼうっとしていた右手を掴まれた。
引き上げられるまま、立ち上がる。
そうして手を引かれて、部屋をあとにした。




