↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/49

 部屋のなかはしんと静かだった。

 ラジオも鳴っていないし、斜めになったテーブルの上にはもう、お星さまがなかった。

 しばらく固まっていたルカを、私は特等席からいつまでも眺めていて。

 不意に、のろのろと右手で口元を覆い、視線を落とした彼を、やっぱり眺めている。


「なんで」


 私に問いかけているわけじゃない。

 ただ、疑問を溢す。

 大切なことは、きっと言葉にしなければ伝わらない。

 そのために言葉があるんだとしたら、私は伝えようと思う。


「好きだからよ」


 ルカが弾かれたように、視線をあげた。

 また、信じられないとでもいうような。

 いや、幽霊でも見たような顔をしてる。


「ルカ。私、あんたのことが好きみたい」

「…………」


 ぱたっと、口元を覆っていた手が落ちた。


「……あんた、ほんとにあのマリア? 頭でも打ったんじゃないか」


 芯の抜けた言葉がぽつりぽつりと溢れている。

 それを一つずつ掬いあげ、私は吹きだす。


「そうね。そうかも。気分はそんな感じだし。私も自分でびっくりしてる。あんなに大嫌いだったのにね」


 そこでようやく瞬きをする空色を、目に焼きつける。


「劇場は捨ててきたの」

「え……?」

「誤解しないで。歌は捨ててない。私はマリアと違って強欲だから、大事なものは全部選びとりたい。歌も、あんたも」


 そこまで言い切って、だけど不安になる。


「といっても、あんたに振られたら、私には歌しか残らないけどね」


 ずっと早鐘を打ち続けている心臓が。必ず訪れる、ほんの先にある未来を想像して、怖くて泣いてるみたいに震えている。

 ルカが深く、ゆっくりと息を吐きだした。

 華奢な両肩が上下する。

 それから俯き、「ほんと、敵わないな」と、小さく洩らす。

 そして意を決したように上がった顔は、真剣そのもので。

 立ち上がったルカが歩を進め、私の目の前までやってきた。

 それではじめて目線が揃う。

 空色が真っ直ぐ、私を射抜いた。


「先に言うとか、やめてくれよ」


 拗ねたように不満を洩らす音に、微笑を贈る。

 でも心のなかは頼りなさげに揺れ続けているんだ。

 はじめて、こんなふうに怖いと思った。

 誰かの言葉を聞くのが怖い。

 答えを知るのが怖くてたまらない、と。

 空いたもう片方の手で、ドレスのスカートを握りしめる。その指先が震えてしまう。

 それに目ざとく気づいたのか。

 空色の瞳が落ちた。

 でもそれは数秒のできごと。

 すぐに戻ってきたそれは、「聞いて」私に刻み込むよう、ゆっくりと言葉にした。

 そして、続ける。


「こっちはもう、とっくに惚れてるよ」

「…………」


 え。

 と、言葉にしたつもりが形にはならなかった。


「初めて会った夜、マリアの歌を聞いたときからずっと、マリアのことが好きだった」


 言葉は視線と同じで真っ直ぐだった。

 いつもの生意気な態度も、余裕ぶった姿もない。

 瞳はなんだか必死に、私を見つめている。


「ていうか、結構分かりやすかったと思うけど?

 僕の態度は」

「え」


 今度は形になった。

 分かりやすかった。そう言われて色々と思いだそうとするけれど、特にどれが分かりやすかったのか、それが分からず黙り込んでしまう。


「好きでもない人に、服を贈ったりなんかしないよ」

「でも、私以外を抱き枕にしてたんでしょう?」


 口から滑ってしまった言葉を聞き、ルカが露骨に動揺を見せた。

 痛いところをつかれてしまった。とでもいうみたいに。


「そういう所だけ覚えてるのはズルいだろ」


 そう吐き捨てて。

 まだ震えている私の左手を、そっと掬うみたいにして、指先を軽く握ってきた。

 ルカの冷たい手が、上がった体温には心地がいい。


「正直に言う。確かにマリアと出会う前は、色んな人を抱き枕にして眠ってたよ。そうしないと眠れないから。でも、マリアと会った夜からもうやめたんだ。お陰で毎晩寝不足だよ」

「…………」

「あんたがあまりにも抱き心地がいいからさ。他の人じゃ満足できない体になったんだよね」

「……ふざけてるの?」


 ルカがふふっと笑う。

 それから握った手を持ち上げ、指先に軽いキスを落とした。

 その場所を見つめて誓うよう、優しい音が溢れ落ちてくる。


「大切にする。絶対に、大切にするよ。僕のこれからの人生を、全部マリアにあげる」

「全部?」


 ルカの視線がふと私を捉える。


「今、重いって思った?」

「そんなこと……」

「でも残念だね」


 指先を掴んでいた手に、ルカは指を絡めて。

 それを自分の頬にあてて言った。


「もう逃がしてあげられないよ」


 生意気に笑う。

 だから私はその手を引き寄せる。

 最初は微動だにしなかったけれど、きっとルカが察して力を抜いてくれたのだと思う。

 私の体に覆い被さるよう、倒れてきた彼を両手でめいっぱい抱きしめた。


「私も、逃がしてあげられないけど。いいの?」


 右肩の辺りにある頭がもぞもぞと動き、私の顎の下に唇をよせて言う。


「上等じゃん」


 それは、愛を囁くみたいな音だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。